23話 商談
「さあ。遠慮せず席におかけになって!」
「し、失礼します」
「そう緊張しないで大丈夫よ!」
大和さんはこの商談のために部屋を借りてくれたらしい。確かこの部屋は、本来なら学園外部の方がやってきた際に使用される客室だ。テーブルやソファなどの家具以外にもよくわからん置物が飾られているため、扉の外とは切り離された空間であるかのように感じる。
「さて。早速本題に入らせていただくわね」
「は、はいっ」
「貴方が描いた"料理の絵本"の著作権の利用許諾を頂きたいの」
「流石に条件を聞いてからじゃないと何とも言えないです」
「3つ用意いたしました」
大和さんはその返答を予想していたかのように、スラスラと条件を話し出す。
「まずはあの香水。今の分が無くなったら新しいものをお渡ししますわ。
その次に出版。書庫化から販売まで全てこちらが負担した上で行いますわ。その代わりに絵本に文字を付け足し、それを我が大和家で独占的に販売させていただきますけど。
最後に大和家との独占契約。今後も本を出版される場合、我が大和家が全力でサポートいたしますわ!」
「え、あ、その内容ならいいですよ」
ニホは「もちろん売れたときの利益の割り当ては要検討ですけど」と文を付け加えたが、それにしても決断が早すぎる気がする。
「やけにあっさりと承諾するわね」
「そうだぞニホ。こんな好条件怪しすぎんだろ」
あの香水を追加で貰えるだけでも贅沢すぎるくらいなのに。ニホの"料理の絵本"とやらがどんなものかは知らないが、こんなに好条件な商談を怪しまないわけにはいかない。
何かこの条件には抜け道があるんじゃないか?そう思って思考を巡らせる俺に、大和さんはまるで当然のことのように言い放った。
「それはもちろん、こちらにとっても利益があるから、その分条件をよくするのは当たり前じゃない」
「そりゃあ、そうだろうけど」
あくまでも商談なんだ。自分にとって都合がいい条件であることはもちろん、相手に頷くレベルのものにしているのだろう。初めにわざと無理難題な条件を出すやり方もあるが、少なくとも今回はその手の手法を使われているわけではない。では相手は何を企んでいるのだろう。
考え込んでしまった俺を見た大和さんは一つ、大きなため息をついた。
「少なくともニホさんにとって何か不利益になるものはないでしょう?出版のサポートだって、ニホさんに拒否権がありますもの。どうするかはそのときに話せばいいだけの話ですわ」
「...」
「僕はこれでいいですよ」
ニホは俺の様子を伺うかのように、目線を漂わせながら言った。大和さんはニホのその一言を聞いた瞬間に立ち上がり、満面の笑みを向けてきた。
「商談成立ですわね!ではこの契約書にサインを!」
大和さんの従者の人が一枚の紙をニホに渡した。その紙には家紋の押印がされていて微量の魔力を感じることから、法的に拘束力を持つ本物の契約書であることが一目で分かった。文章も先ほど言われた条件と同じ内容が記載されている。
ニホはスラスラと書き終えた後、大和さんに書類を返した。
「それでは原本の受け取りと文字を書いていく作業は別日にいたしましょう。詳しいスケジュールはいつごろ決めます?」
「あ、えーっと、僕は今からでもいいですよ」
「あらごめんなさい。私はこの後わんわんのお世話の時間ですの」
「なら明日か明後日のこの時間帯は空いてますか?」
「ええ!明後日なら大丈夫でしてよ!」
この後は何事もなく解散した。俺が参加した意味は何にもなかった気がする。




