15話 巻き込まれる
「おっちゃん。酒くれ」
「はい。一番度数が低いものをお持ちいたします」
「ええ…」
色々あった日曜日の朝。ニホはあの二人組と王都観光をしに行った。俺も誘われたが、世界のお菓子百科事典を読まないといけないので断った。
その本も読み終わったので今は王都で働いていた時代に通っていた居酒屋に来た。
「どうぞ」
「今日は度が高いやつ飲みたい気分なんだけど」
「貴方下戸でしょう。やめておきなさい」
「…」
この人はバーの店長だ。いつも度数が弱い酒しか持ってきてくれない。
「今日だけだからさぁ」
「...あなた、昔泥酔してそこら辺の道で寝てしまったでしょう」
「女性じゃないから誘拐される心配ないし、死ぬこともないって」
「いや身ぐるみはがされて第三騎士団に通報されたでしょう。これ以上ごねるなら保護者呼びますよ?」
「はーい」
この店長は俺関連で困ったらすぐ眼帯の青年を呼ぶ。確かにアイツが来れば大体のことが解決するけど、単純にアイツのことが気に食わないので呼んでほしくない。
出された酒を一杯仰ぐ。うん。いつもの味だ。
「それにしても会うのは久しぶりですね。ついに酒の味に飽きてしまわれたのかと」
「ちげーよ。仕事が忙しかったんだよ」
遠征任務に連続で送られたり、学園に生徒として潜入させられたり...。王都に戻ることすら厳しい状況が続いていた。
「そうですか。いつもお疲れ様です」
「そう思うなら強い酒を...」
「もう酔っておられるのですか?会話がループしかけていますよ?」
「ちくしょ―」
いつものようになんの意味も腹の探り合いもない雑談をしながら酒を飲んだ。気づいたら知らないおじさんたちとも会話していたけど、まあ楽しかったので気にしないことにした。
「そんじゃもう戻るわー」
「おー。未成年飲酒はほどほどになー」
「いや未成年ちゃうわ!」
特に意味のない言葉には適当にいなしながら会計をする。そのタイミングで女性がこの店に入ってきた、が、そんなことは誰一人として気にせずに周りは会話を続ける。店長だけが、俺に向けて手を振っていた。
そして俺が店を出ようとして女性とすれ違った途端、
「きゃ〜〜〜!!!」
女性は俺の股間を全力で蹴り上げた。
「うぐっ!!!」
これまで感じたことのない激痛が全身を駆け巡る。意識が飛びそうになったのもつかの間、地面に膝をついて蹲った。先ほどまで騒がしかった居酒屋は一瞬にして静寂に包まれる。
「シンクルド?どうしたんですか?」
「めっちゃ痛い」
「!?!?」
俺の言葉に店長はその場で固まってしまった。いつも優雅に物事を受け流せる店長の動揺ぶりを見た常連客は、異常事態が起きているのだと瞬時に察する。この場がざわつき始めた頃、
「先ほど悲鳴が上がったのはこの店か?」
女性の甲高い悲鳴を聞きつけたらしく、第三騎士団所属の人が、二人やってきた。多分、たまたま見回りをしていた人達だろう。女性は泣く振りをしながら騎士団員に近づこうとしていたため、俺は反射で地べたに蹲りながらも忠告をした。
「お前ら気を付けろ!その女は通りすがりに俺の玉を割った玉割り女だ!」
「ふっ」と、どこかから鼻で笑うような声が聞こえた気がした。第三騎士団は俺に軽蔑の目線を送ってくる。しゃーないだろ。その通りなんだから。
「何があったんだ」
「すれ違いざまにこの人が胸を触ってきたの!助けてくださ~い!」
「...何?本当か?」
「やってねーよ」
俺はガチですれ違っただけだ。そんな冤罪をかぶせられた挙句、こんな苦痛を与えられる筋合いはない。なんだよこの痛み。崖から落ちたときもここまで痛くなかったんだけど。
「店員は見てましたよね!!私、触られてましたよね!?」
「いいえ。貴方がわざわざこの男性に近づいて、玉を蹴っていました」
「どうして味方してくれないのよ!私が嘘ついているって言いたいわけ!?」
「はい」
「何よ!この前来店したときは楽しく会話したのにどうして味方してくれないの!?」
「あなた...さっきから何を言っているんですか?」
俺が悶えていることなど気にも留めていない女性は、店長を必死に味方につけようと頑張っていた。しかし店長は女性の言動にドン引きしつつも普通に対応している。他の人も店長の言葉を聞いた辺りから俺に憐れむような目線を向けて来た。
そんなカオスな状況の中、第三騎士団の一人が、
「お前、もしかして”シンデレラ”か?」
と聞いてきた。どうやらこの人たちは俺のことを知っていたらしい。
「ああそうだよ」
本当は立場を隠した方がいいが、こればかりは仕方がない。第一騎士団が一般人に玉蹴られた挙句、痴漢の容疑を掛けられているんだ。俺が頷くと"騎士団員に暴力行為を働いた"という理由でこの女性は極刑となりかねないけど、出会い頭に玉を蹴ってきた相手を庇おうとは1ミリも思えなかった。
俺の返事を聞いた第三騎士団の2人は一気に青ざめる。
「!コードネーム”シンデレラ”が...」
そして周りにいた人たちの何人かが「絶対あの女が悪いだろ」「アイツがそんなことするわけねえ」と好き好きに話し始めた。
それはどうやら全ての元凶の女性にも聞こえていたらしく、一瞬表情が強張った。しかしすぐにまたウソ泣きの演技を再開し始める。
「騎士様!さっさとあの男を捕まえて下さ~い!」
「ひい!」
「これ以上近づくな!」
「...え?」
第三騎士団の二人は近づいてきた女性から一瞬で距離を置き、俺を庇うかのような立ち位置に移動した。
「ちょ、ちょっと!私は被害者なのよ!?早く助けてよ!」
「あのシンデレラをこんな...」
「誰か第一騎士団を呼んできてくれ!!」
「こんな化け物、俺たちじゃ手に負えない!多分触れただけで複雑骨折とかするぞ!」
「え?え?」
大事になっている現場はそっちのけで俺は与えられた苦痛に耐えていた。
「やばい変な汗出て来た。ちょっとの衝撃で気絶しそう」
もはや気絶した方が楽に感じるくらいの痛みが一向に引かない。なんなら酷くなっている気がする。そんな俺を見た第三騎士団の二人と店長は情けないぐらいに動揺し始めた。
「うそだろ....あのシンデレラが...?」
「第一騎士団員の到着はまだか?」
「あ、あの」
「!!」
女性が第三騎士団に近づこうと一歩足を出すと、第三騎士団の一人が震えた手つきで女性に剣を向ける。
「近づくなと言っただろ」
「!その男は私の胸を触ったのよ!?私が被害者なのに...どうして私を悪者にしようとするわけ!?」
「…まずいな。これじゃあ、いつ暴れ始めるか分からんぞ。おい!早く逃げてくれ!俺たちじゃ1秒持たせれるかもわからない!」
「さっきから何なのよ!どうしてそいつを庇うのよ!」
異様な状況が広がる中、誰かの通報によって第一騎士団の人たちがやってきた。
「シンクルド~!!!!どうしたんだよお前~~!!!!」
「体調悪いのか?おい!なんとか言ってくれ!!」
バカでかい声とともに、数人の団員が俺を囲った。それを見た女性は「なんでなのよ!!」と言いながら地団駄を踏み始めた。第三騎士団の2人は完全に怯え切っている。
「呼ばれて来たんだけど...これはどういう状況?」
「ミズガネ様!」
眼帯の青年も騒ぎを聞きつけてやってきたらしい。慌てて来たらしく、かなり息が上がっている。
「この女が!シンデレラをこんな目に...!」
第三騎士団の人のその言葉に、第一騎士団の人間は一斉に元凶の女性の方を向く。自分がさらに不利な状況になったと理解した元凶の女性は負けじと騒ぎ出す。
「この男が私の胸を触ったの!正当防衛よ!!」
誰かのため息が聞こえた。周りの人たちは元凶の女性に冷たい目線を送っている。
「君が、あの男に攻撃をしたの?」
眼帯の青年が、先ほど話していた声よりもかなりトーンを下げて質問した。あまりの声色の変わり様に女性は一瞬、怖気づいた。
「あの男に傷を負わせたのは君かって聞いてるんだけど」
「し、仕方がないじゃない!正当防衛なんだから!!」
元凶の女性がそう言うと、眼帯の青年はきれいな笑顔を見せた。誰がどう見ても作り笑いだった。柔らかいほほえみに反してどこか冷たさを感じさせる。そんな眼帯の青年の表情を見た女性は一歩下がった。
嫌な予感がする。
それは誰もが感じたことだろう。何せ、普段から人当たりがよくて優しい人ほど怒ると手に負えない。この場の全員が覚悟したその瞬間、眼帯の青年は口を開いた。
「ぜひ、第一騎士団に入団してほしい」
それは...人によっては泣いて喜ぶような言葉だった。
「は、はあああああああ!????」
女の汚い叫び越えが頭に響き、ついに辛さが限界突破して嘔吐してしまった。