推しの中の人は私⁈
あたりうまこ先生のその作品、週一回の更新だけを楽しみに日々を乗り越えていた私は、推しの死亡に加え突然の作品終了という衝撃に耐えられず気絶してしまったらしい。
重たい瞼をゆっくりとあけると、眩しいくらいの光に包まれた。全方向真っ白な世界、そこは病室でもなく、ましてや自分の部屋でもなかった。
「へ?どこ、ここ?」
「あぁ、気がついた?はじめまして、私はノベル世界の神様です」
やばい、やばい奴だ、自分の事を神様って言っちゃう人は十中八九やばい人に決まってる。(個人の意見です!)
「やばい人ではありませんよ。本当に神なのです」
え?今私声に出してたっけ?
「ここは、あなたの心象世界。考えている事は全て丸見えです」
「私の心象世界?ってことは私の妄想??」
頭を抱えて狼狽えていると、そっと温かな手のひらで頬を包まれた。
「あなたは、お気に入りの小説が打ち切りになったショックで脳内の血管がブチ切れて死んでしまったのです」
血管がブチ切れた?
自称神様は見惚れるくらい美しい顔で微笑むと、その表情からは想像できないようなセリフを告げる。
し、死んだ?誰が?あっ、私か、、、。
えっ?私?私が死んだの?
推しの死と小説終了のショックで?
「って、そんな事ある?」
「はい、実は私も驚きました。まさか、たかだか一つの作品、一人のキャラクターにこんなに思いをかけられる人がいるなんて、、、」
自分の死を告げられて、頭の整理が追いつかないけれど、神様が言った推しに対する言葉を聞き流せなくてつい反乱してしまった。
「たかがじゃないです!ヴィクターは私の全てだった。辛い毎日もヴィクターがいたから頑張れた。主人公じゃなくても、どんなひどい仕打ちを受けても、どんなに報われなくても、健気に生きていたヴィクター。彼が幸せになる未来、それだけが生きがいだった、、、」
それなのに、、、。
小説の一行だけで片付けられた。推しの死。
好きな人を庇って魔物に殺されたヴィクター。
目の前が暗くなり、吐き気がする。
「そうか、、、死んだんだ私も。推しがいない世界では生きていけると思えないもの、、、」
やっと自分の死を受け入れられた。
ヴィクターと一緒に死ねるならそれはそれで良いかもしれない。
「あなたに思われたキャラクターは幸せですね」
「幸せなのは私の方です。でも、やっぱりヴィクターには幸せになって欲しかったな」
作品が終わってしまった事により、もうそれは叶わない願いになってしまったけれど。
「私が神様になってから、小説を読んでショック死する人は初めてだったのです。しかも、この作品はまだ、終わる予定ではなかった。作者も、あなたの好きなキャラクターを愛していた、、、この終わり方は作者の意図ではないのです。だから、もし、あなができるのならば、作者の代わりに彼を幸せにしてあげて欲しいのです」
あたりうまこ先生もヴィクターを愛してくれていたんだ。たんなる当て馬、脇役キャラじゃなかった。じゃあ、なんであんな不幸な終わり方をしたの?
だったら、やっぱりヴィクターは幸せになるべきだ!!
「はい!できます!やります!私が絶対ヴィクターを幸せにして見せます」
差し出された白い手のひらを掴んで立ち上がる。
「では、目を瞑って10秒数えて下さい。あなが小説の世界で幸せになる事を願っています」
推しの世界に行ける!信じられない事だけど、どうせ死んでいるならば、大好きなヴィクターのいる世界を見てみたい。
神様に言われた通りに目を瞑り10秒数える。
瞼の先が明かりが消えていくように暗くなる。
8、、、7、6、5、4、3、2、1、、。
「ゼロ」
最後のカウントを声に出して、目を開く。
「ヴィクター?気がついた?」
目を開けてあたりを見渡すよりもすぐ、一番聞きたかった名前が音になって耳に届いた。
転生成功!ヴィクターがいる世界に私はやって来たんだ!
そっと視線を横に向けると、推しと同じ髪色、目の色の青年が座っていた。
「ヴィクター大丈夫か?」
さっきから、推しの名前を呼んで私に話しかける相手は、どこか見覚えがある顔だ。神様とのやりとりははっきりと覚えている。私は推しを幸せにするために、あたりうまこ先生の小説の世界へ飛び込んだんだ。
だんだんと意識がはっきりとしてくる。
「ヴィクターをしっていますか?彼はどこにいますか?」
ベッドの横に腰掛けていた青年にそう話しかけると、彼は小さな悲鳴をあげ部屋を出て行ってしまった。慌ただしく閉まるドア、それと同時に大きな叫び声が聞こえた。
「大変だ!ヴィクターがおかしくなった!!!」
一人きりにされた私は、ゆっくりとベッドから起き上がり部屋の中を観察した。
机、ベッド、洋服箪笥、たったそれだけのシンプルな部屋。
そして全身が映る鏡。
その前に立つと、やっと会いたかった彼に会う事ができた。ここにいたんだ!
「ヴィクター。会いたかった!」
彼は私を見つめて泣きそうな顔をしていた。私も泣きそうだ。
彼に触れたくて手を伸ばすと、カツっと爪が冷たい物質にぶつかった。
これは鏡、、、。
目の前に映った推し、、、。
え⁈
もしかして、これ私⁈
推しを幸せにすると誓ったけれど、まさか自分が推しの中に入るとは想像もしていなかった。
そうじゃないのよ、神様!
ヒロインなんて贅沢言わないから、せめてヴィクターの近しい人、モブでもいいから第三者に転生させて欲しかった!陰から彼を見つめて見守りたかった!
まさか、自分が推しになるなんて!!
推しを隠れて覗き見したかったのに、これじゃあ推しの顔が鏡がないと見れないじゃん!
「ヴィクターが私なんて解釈違いが過ぎます!神様ぁぁぁ!」