第二話:プロローグ
結局、人は誰しも自分勝手だ。
「山本サンさ〜、会議資料こんなんでまとまったって言える〜!?」
他人に厳しくするのも、優しくするのも、
全部、自分のため。
「もうウチの会社入って何年目だよ!!
今すぐ作り直せ!出来るまで残業な!!」
そして、他人を追い詰めるのも、自分のためなんだ。
「山本さんまた怒られよる…。」
「え〜興味無い。」
「でも資料見たけど、普通にあれで良さそうだったよ。アレ嫌がらせでしょ。」
「嫌がらせってか、いじめやない?」
「でも山本さんて、いつもああやってあざとく弱そうな女演じて男たぶらかしとるやん?」
「そうそう!こないだも部長が山本さんのこと奢るからって誘いよってさ…。」
「え〜!それまじ!?もうパパ活やん!」
みんな…全部自分のために、やってるんだ。
どんなことを言われても、
どんなことをされても、
諦めちゃいけないって、
逃げちゃいけないって思ってた。
でももう、いい加減逃げたいよ。
お母さんのいる、天国に。
こんなの、甘えだよね。
分かってるんだけどさ。
みんなずっと、私の事あんな風に思ってるんだよ。
どうしたらいいの。
どうやって生きていけばいいの。
ねえ。お母さん。
5年だよ。
この仕事初めて5年も経つのに、なんでずっとしんどいの?
3年経てば一人前になれるんじゃなかったの?
会社辞めれないよ。
次の仕事なんて怖くて見つけられないよ。
次の会社でもっと酷いことされたらどうしようって。
ここだって普通の会社なのに、きっと私はどこに行ってもダメなんだよ。
毎日のように…そう言われるんだから。
きっと、そうなんだよ。
私…、そんなにダメなのかな。
お母さんの言葉通り、人に温かく、人に優しく生きてきたつもりだった。
もう、そんな生き方しか知らないし。
でも、だめだよ。この生き方。
だって、私こんな風になっちゃったから。
どんなに酷いこと言われても、もう、何もできない私になっちゃったから。
全部間違えてきちゃった。
もう、一人で生きていたくないよ。
なんで死んじゃったの、
ねぇ、お母さん。
「山本。」
不意に上司から名前を呼ばれ、散らかったデスクに背中を向けて上司の方へ顔を向ける。
「その資料もういいから。
今日の飲み会は絶対参加だって言われてるの知ってるよな?」
「え、飲み会……?」
「どこの部署もほとんどが参加するんだ。
宴会場も用意してあるし、お前の分ももう予約してある。来るだろ?」
いつもいつも、決定事項。
飲み会なんて初めて聞いた…。
また飲まされるのかな…。
不安げな私の顔を見て、上司はわざとらしく笑って肩を叩く。
「常務がさ、お前の酔っ払った顔が面白いって言ってんだから、な? 頼むよ!」
こうして、何も言えずにまた、
誰かの玩具になる。
もう、いやだなぁ。
飲みたくないよ、お酒嫌いなのに。
でも、断ったらもっと酷い目にあわされる。
断る勇気なんて、もうずっと前からどこかに行ってるし。
「いいねぇ〜山本さん!もっと飲んでもっと!」
案の定、飲み会では隣にベッタリと常務がついてジョッキを口に押し付けてくる。
「も、もう…飲めな…。」
「だめだめ!女も一気できるようにならないと!男に好かれないよ?ほら!」
「ぐ……っ、うぷ……。」
「あららら…やっぱダメ?
だから26にもなって結婚できてないんだよ〜!」
関係…ないじゃん…。
もうだめ…、起き上がれない…。
ーーそのまま、私は意識を失った。
気がつけば飲み会は終わっていて、タクシーの後部座席に寝かせられていた。
(今…何時…、ここどこ…?)
起き上がろうとすると、激しい頭痛と目眩に襲われる。
やけに静か…。
いや、運転手が前に乗ってる…。
「…はい、いや〜仕事中に都合の良い女が見つかりまして…えぇ、はい、一人暮らしだそうですよ」
(何の話…? まさか、私のことじゃないよね…。)
「大丈夫ですよ!泥酔してますし、ちゃんと家まで乗せてったことにすりゃバレませんって!」
(えっ…、うぅっ…、頭が……痛い……!)
自分から酒の匂いがキツく広がっている。
視界もグルグルと揺れて定まらない。
「とにかく明け方、前に話してた女と一緒にこの女も連れていきますから!しっかり上乗せしといてくださいね〜?」
そう言うと、運転手の男は機嫌よく電話を切って携帯電話を助手席に置いた。
その瞬間、目だけでぐるりとこちらを振り返り、ニヤリと恐ろしい笑みを浮かべる。
「…おはよう。まだ時間があるし、人気が来ないとこで少し休んでからいこうよ、ね?」
恐怖で身体中が金縛りにあったように動かない。
(なに…これ、どうなってるの…私…どうなるの…?)
男は前を向いて車のエンジンをかけた。
もう、だめだ。
誰か、助けて……。
車が進み出した、その時ーー。
「うわあっ!!やめろっ!!来るなあぁ!!」
突然、男が叫んだ。
タクシーは急ブレーキで前のめりになって止まり、その直後に激しく何かが衝突する。
後部座席で寝ていた私は、その衝撃で車内の宙を舞った。
全身を強く打ち付けられたあと、意識朦朧の中で窓越しにタクシーの横を誰かが歩いていく音が聞こえる
その影の足音はやがて遠ざかっていき、力を振り絞って窓にしがみつき外を覗いて見るも、一瞬背中が見えただけですぐに消えてしまった。
(待って……行かないで……。)
窓にしがみついた手は徐々に力を無くし、再び目の前が真っ暗になった。
覚えているのは、そこまで。
目を覚ました時、私は傷だらけで病室にいたからーー。
◉この物語に登場する人物、組織団体、その他地域施設などは全てフィクションで架空のものです。
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