命の部品
◉この小説には韓国語のセリフが出てきます。登場人物達の臨場感のある場面を想像してもらいたくて敢えて表記するようにしました。日本語訳を添えておりますので、読みにくいかとは思いますが、予めご了承くださいますと幸いです。
病院の裏手で車を停めると、田島が管理している研究室の灯りがほのかに漏れていた。
「……작업실까지 갖추고 있네. 병원 안에 아직도 협력자가 있다는 거군.」
(……ちゃんと作業部屋を持ってんだな。
院内にまだ協力者がいるということか。)
サクマはトランクから黒い寝袋に包まれた中沢の遺体を引き出し、無言でそのドアを開ける。
だが、部屋に入った瞬間、彼の目に飛び込んできたのは、予想もしなかった光景だった。
血のべっとり着いたスクラブを身にまとい、マスクを付けて手術らしき作業をしている田島。
その腰元には、裸の高齢の女性が横たわっていた。
しかも彼女にはまだ息があり、口には申し訳程度の酸素マスクがつけられている。
だがその身体は、既に腹部が大きく切り裂かれ、明らかに臓器摘出の準備が進んでいた。
「…何を…してるんですか?」
サクマは一瞬声を荒げそうになったが、すぐに冷静さを取り戻し、感情を抑えながら低い声で呟く。
これまで幾度となく血まみれの光景に直面してきたが、田島が行っている「作業」には、どこか異質なものを感じざるを得ない。
臓器を取り出すためだけに無惨な姿を晒された女性と、その光景を前にしてもなお冷徹に動く田島の姿。
サクマは心のどこかで、その状況に僅かに引いている自分に気づいた。
「何って…見て分かるだろ、“部品”を回収してるんだよ。」
さも当然かのように言いながら、田島はこちらに顔を上げて目を見開く。
とても正気とは思えないようなその目は、瞳孔が開き、焦点が定まっていないかの如く、小刻みに小さく震えている。
その様子と彼の声色は、サクマの冷静な目にますます異常さを感じさせた。
(……クスリでもキメたか。)
彼から目を逸らして周囲を確認してみると、テーブルの上に白い粒状の薬物が、袋から飛び出したまま乱雑に放置されていた。
サクマは抱えていた遺体を空いている台にそっと寝かせ、ゆっくりと手術台の方へと近づいていく。
女性の腹部は完全に開いているものの、その胸はかすかに浅く上下していて、彼女がちゃんと生きていることをはっきりと示している。
本当にこのまま無事に手術を終えられるのかと、彼は心配になった。
「…そんな状態でできるのですか?
その人…ここに入院してる患者なんですよね?」
「そうだよ、旦那さん亡くして子孫もいない。
ひとりぼっちで脳腫瘍と戦ってる婆さんだよ。
俺がちょっと優しくしたら、いつも笑って話してくるんだ。
息子のように思えてくる…だとかなんとか、本当…うざいんだよ。」
聞いてもないことまで口にする様は、どうやら本当に副作用で情緒がおかしくなっているらしく、サクマは心底呆れて言葉も出ずに、ただ深くため息をついた。
(…先走ったな、年寄りの臓器は需要が少ないのに…。
カタギはこういう時すぐ良からぬ方へと突っ走る…。)
田島は時折不気味な笑い声を零しながら、カチャカチャと器具を使って手元を動かしている。
だが、その時ーー、
「あ……。」
不意に女性の頭が小さく揺れた。
ほとんど気づかれないほどのかすかな動きだったが、サクマの視線が自然とその動作を捉える。
次の瞬間、酸素マスク越しに見えた女性の胸が、一度大きく上がったかと思うと、そのままゆっくりと下がり、二度と持ち上がることはなかった。
くぐもったような音を立てていた呼吸は、その瞬間を境にまるで時間が止まったかのように静寂へと変わり、室内にわずかに響いていた機械音すらも薄れたように感じられた。
サクマはその異変を見逃すことはなかった。
ほんの数秒前まで微かに動いていた身体が、いまでは完全に動きを失い、酸素マスクの曇りも消えていくのがはっきりと見て取れた。
息絶えたことが明白になると同時に、部屋の中の空気が一層重く冷たく感じられる。
女性の生命が途絶えたその瞬間、サクマは無意識のうちに田島を睨むように見つめた。
「……田島先生、」
サクマは呼びかけたが、すぐにその声は届かないと悟る。
田島が動かなくなった患者をじっくりと眺めながら、マスク越しでも分かるような恍惚の表情をしていたからだ。
「あーあ…、耐えきれなかったね…、まぁ…分かってたけど。」
田島は淡々とした口調でつぶやきながら、嬉々とした笑みを浮かべ、手際よく解体作業に取り掛かっていた。
まるで自分の期待通りの結果に満足しているかのように、彼は女性の体内に手を突っ込み、次々と臓器を取り出していく。
その手の動きは無駄がなく、慣れたものであり、まるで精密な機械が作業しているかのようだった。
「これも…これも、大事な大事な“部品”ですからね…全部でいくらだろう…ひひ。」
血が滴り落ち、臓器が無造作にトレイに置かれるたびに、田島の表情はさらに明るくなっていく。
それは医者が患者の命を救う喜びではなく、ただ「物」を手に入れたことに対する異常な歓喜だった。
彼の顔には一片の迷いも、後悔もない。
手術台での無惨な光景が、彼にとっては日常の一部となっていることを物語っていた。
「………………。」
サクマは無言のまま、その残酷な光景をじっと見つめている。
腹を開かれた女性の体はまだ微かに温かさを残しているにもかかわらず、田島はまるで宝物でも掘り当てたかのように、臓器を次々と収集していた。
その冷酷さにサクマの胸には、冷たいものがじわじわと広がっていく。
サクマがこれまで関わってきた多くの殺しとは違い、この手術はただの殺人ではなかった。
それは、人命を完全に無視し、ただ臓器を売るための非人道的な行為だった。
しかも、その犠牲者は病に苦しむ無力な入院患者だ。
彼女は自分の治療を信じてここにいたはずなのに、その命は金儲けのために容赦なく利用されてしまったんだ。
この残酷な現実に直面し、サクマは胸の奥で、鈍く冷たい感情が渦巻いているのを感じる。
「…정말로, 이 자식은 망가졌어.」
(…本当に、こいつは壊れてるな。)
サクマの頭の中に、冷静な確信が生まれた。
田島はただの医者ではない、人間として壊れてしまった存在だということがはっきりと理解できた。
その眼差しには罪悪感の影すらなく、むしろ楽しんでいるようにすら見えた。
田島は人間の生命を単なる「部品」に還元し、その「部品」を取り扱うことに喜びを感じている。
それがクスリによるものだとか、もはや関係ない。
彼はもう、患者を人として見ていないのだから。
サクマはその場から静かに立ち去ろうと決めた。
すでに自分の任務は終わっている。
中沢の遺体を田島に引き渡すためにここへ来たのだ。
だが、今、目の前で繰り広げられている残虐な行為に、これ以上関わりたくないという思いが強く湧き上がっていた。
仕事だからと、何も言わずに遺体を田島に渡したが、内心ではこの光景が頭から離れることはなかった。
(…冬香の主治医をかえてもらおう。)
胸の奥で、冷たい軽蔑が静かに燃えていく。
田島に対する深い嫌悪感が、サクマの心の底に確かに生まれた瞬間だった。
その感情を押し殺しながら、彼は無言でその場を後にした。
◉この物語に登場する人物、組織団体、その他地域施設などは全てフィクションで架空のものです。
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