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悪縁の顛末  作者: muniko
第四話
23/29

壊れゆくもの



冷たい夜風が街を吹き抜け、サクマは黒いコートの襟を正しながら、広い敷地の中にある小さな戸建てに向かって歩いていた。


今回の依頼内容は殺しだ。

この家に住む男、中沢健治に土地売買の契約書へサインをさせ、その後で始末し遺体を完全に消す。


サクマは、どうせ遺体を消すなら田島の元へ一度持っていこうと考えた。

そうすれば多川会にも早く資金が集まるかもしれないからだ。


それに、臓器提供が滞って焦った田島が冬香に手を出しては元も子もない。

結局、サクマは田島を手伝うことにしたのだった。


家にたどり着くと、玄関先は散乱したゴミ袋や不用品で埋め尽くされ、通りに立つだけで鼻をつく異臭が漂っていた。

ゴミ袋から漏れ出す謎の液体が、足元に広がっている。

その光景にサクマは少し顔をしかめながらも、目の前の扉を静かにノックした。


しばらくするとドアが開き、男が現れる。

黒服に身を包んだサクマを見て、少し驚いた顔で戸惑っている彼は、無職の中年そのもののみすぼらしい格好をしていた。


「なんかキサン…何しにきやがった。」


眼は血走り、何日も風呂に入っていないのだろう、その体からは腐臭さえ感じられた。


ーー中沢健治、46歳。

近所でも大迷惑と評判の、“老害”だという。


言うほど歳をとっていないような気もするが、なんでもこの敷地内のあちこちに置かれたゴミの山から異臭がすることで何度も苦情を受けているものの、その度に暴言や暴行、脅しや嫌がらせ行為などを繰り返し、この地域の団体や警察からも毛嫌いされて、そう呼ばれているのだそうだ。


かつて結婚していたが、子供はおらず、妻は数年前に他界。

数千万の借金を抱えながら仕事もせず、ただ一人で親と妻の遺産を食いつぶしながら、家中をゴミだらけの肥溜めにする日々を送っていると言う。

近所の住民たちにとっては、ここまで迷惑な奴が町から居なくなれば、きっとそれで平和が訪れることだろう。


しかし、両親から譲り受けていたこの土地はとても広く、場所も良いので、多川会やその他団体からすれば、どうにか手に入れたいというほど価値のあるものらしい。


借金を帳消しにして、更に多額の利益が入ると知れば、中沢は迷いなく判を押すだろうーー。


サクマは依頼の指示にそって、柔らかい口調でターゲットに話しかけた。


「こんばんは、中沢健治さん。

多川会から来ました、サクマと言います。

お話は白鷹組の者から聞いていますね。」


見た目と反して優しげな顔で話すサクマに、緊張で心臓を震わせていた中沢は徐々に落ち着きを取り戻していく。


「契約書は既に準備してあります。

これにサインと拇印をいただければ、あなたの土地がこちらのものになり、借金は帳消し、利益の半分およそ4000万はあなたのものになります。」


彼は契約書を差し出し、口角を上げて中沢の顔を見つめる。

中沢は怪訝そうに見返しながらも、その莫大な金額と借金帳消しの文字に目がくらみ、渋々といった声を出しながら、不安そうに、それでも迷いのない手つきでサインをした。


「ふん…これでよか?」


サクマは拇印まで押されたのを確認すると、小さく笑みを見せて頷く。


「はい、これでこの土地は我々のもので、あなたの借金は帳消しになります。

後日、利益が出ましたら直接お支払いに伺います。」


一瞬、中沢は安堵したかのように息をついた。

しかし、その瞬間は長く続かなかった。


サクマは油断して力の抜けた中沢の体を素早く回して後ろを向かせ、その首筋に腕をするりと巻き付け締め上げる。


彼は頸動脈を強く圧迫されて、しばらく足を踏み鳴らした後、数秒の苦痛の中で息絶えた。

これで、彼はこの土地の本当の価値を知らずに逝ける。

だが、その最後の瞬間、かすれた声でつぶやいた言葉が、サクマの耳に届く。


「…ちさ、こ………。」


チサコ、それは彼の亡き妻の名前。

サクマの冷静だった表情が、わずかに揺らぐ。


今も妻が生きていたなら、この男はここまで堕ちていなかったのかもしれない。

妻との未来を、夢とともに描いていたであろうこの男は、若くしてその愛する人を亡くしたことで、ここまで精神が壊れてしまったのだろう。


その考えが脳裏に浮かんだ時、サクマは不意に自身のことを重ね合わせていた。


もし冬香がいなくなれば、自分も同じように壊れてしまうかもしれない。

愛する人がいなければ、彼は果たして人間として保たれるのだろうか。


いや、おそらく、殺人鬼という悪魔に成り上がってしまうだろう。

そんな愚かな未来を辿るのは嫌だーー。


サクマは静かに立ち上がり、中沢の遺体を処理するために手際よく準備を始めた。


急がないと、冬香が危ないかもしれない。

田島が冬香に手を出す前に、すぐにでも戻らなくては…。


遺体を車のトランクに収め、田島が待つ病院へ向かった。




◉この物語に登場する人物、組織団体、その他地域施設などは全てフィクションで架空のものです。

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