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悪縁の顛末  作者: muniko
第四話
20/29

第四話:プロローグ

◉この小説には韓国語のセリフが出てきます。登場人物達の臨場感のある場面を想像してもらいたくて敢えて表記するようにしました。日本語訳を添えておりますので、読みにくいかとは思いますが、予めご了承くださいますと幸いです。



彼女に出会ったのは、ただの偶然だったのだろうか。

それとも、運命だったのだろうかーー。


はじめは、命の灯火が消えそうな彼女を、ただ救わなければという衝動でしか無かった。

自分が救わなければ、彼女は無惨で孤独な顛末を迎えていただろうから。


彼女を見ていると、ふと蘇るあの人。

俺に唯一、人の温かみを教えたあの人に似ている彼女は、あの人と同じように温かい心の持ち主だった。


単純で、素直で、可愛くて、綺麗だ。

彼女は、俺には無い人間らしさをたくさん持っていた。

そんな彼女がなんだか羨ましく、そして、不思議だった。

どうしてこんなにも正直に、裏表なく人と関わりを持てるんだと。


確かに俺は彼女の命を救った。

でもたったそれだけのことで、彼女はわざわざ死のうとした場所まで、俺に会いにやってきたんだ。

心が不安定だというのに、俺がどんなに威圧的な顔をしていても、彼女はしっかりと言葉に残して去っていった。


その数々の言葉のせいで、俺の中の何かが変わってしまったんだ。


“このことを誰にも話すつもりはありません。

あなたが困るようなことはしたくないから。”


“あなたは生きていた。

あなたを見て、本当に安心したんです。”


“だから、私はあなたに感謝をしています。”


どの言葉も真っ直ぐに、俺の胸へと突き刺さった。

俺は生きてきた中で、感謝なんてされたことがない。

でも彼女は、俺がただ生きているだけで感謝してきたんだ。


“あなたのおかげで、もう少し生きてみようと思いました。”


“私のことを救ってくれて、本当にありがとう。”


知らなかったよ。

誰も傷つけず、ちゃんと誰かの役に立てたことが、こんなにも光栄だなんて。


俺はこの人を、大切にしたいと思った。


初めて、俺の中に眠る本当の自分を、呼び起こしてくれる人に出会えたんだ。

彼女がいなければ、きっと俺に僅かに残っている温かい光さえ、跡形もなく消え失せてしまうから。


そうなってしまったら俺は、もう本当の自分じゃなくなる。

心のどこかでは、ずっとそれを拒んできたんだ。


彼女と一緒にいられたらーー。


それがどんなに危険なことなのか、頭では分かっている。

所詮、俺はヤクザに飼われているただのクマ。

こんな自分が彼女のことを想っていては、いずれ闇の渦に巻き込んでしまう。


それなのにどうしても、気持ちが抑えられない。

どうしようもなく彼女に会いたい。

もう死にたいなんて思わせたくない。

死んでほしくない。

…いや、俺も一緒に、彼女と同じように人として生きていたいんだ。


人の豊かな心を持った彼女のことが、

好きになってしまったから。


だから⎯⎯⎯⎯⎯


「내가 하겠습니다.」

(俺がやります。)


「……뭐?」

(……は?)


隠密団アジトの会議室にあるホワイトボードを見つめながら、迷いなくハッキリと主張する俺に、ジョンウがポカンと口を開けてこちらを見た。

気にせず俺は、再び同じように繰り返す。


「풍남시립병원의 의사 감시, 내가 하겠습니다.」

(風南市立病院の医者の目付け、俺がやります。)


「冗談だろ」とでも言いたげな顔で、ジョンウは軽く鼻で笑っている。

そんな彼に対して、俺は特に表情を変えずにただボードの文字を見ていた。


「…무슨 소리야, 이런 건 다른 놈한테 맡기면 돼. 너는 다른…」

(…何言ってる、こんなのは他の奴に任せるから、お前は別の…、)


「이번 일의 급료는 주지 않으셔도 됩니다. 부탁드립니다.」

(この分の給料は払わなくて良いですから、お願いです。)


ジョンウは耳を疑うように、片側の耳に小指を突っ込んで険しい顔をしている。


「……뭐라고? 부탁이라고?」

(……何だと? お願い?)


「내가 하겠습니다. 괜찮으시죠?」

(俺がやります。良いですよね?)


矢継ぎ早に反論の余地を与えず、俺は強引に言ってのけた。

未だに「信じられない」と言った顔で、俺の顔を指さし、首を捻るジョンウ。


「……언제부터 네가 그렇게 고집이 세졌냐.」

(……いつからそんな我儘になったんだお前。)


俺はその隙に、そそくさと返事をして上着を手に取る。


「감사합니다. 바로 출발하겠습니다.」

(ありがとうございます、では早速向かいます。)


「야! 아직 얘기는 끝나지 않았어…」

(おい! まだ話は終わってな…、)


バタン…!


言い終わる前に、既に閉められた扉を見つめながら、誰も居ない空間でジョンウは小さく呟いた。


「뭐야 저 녀석……」

(何なんだアイツ…。)


勢いよく会議室を出た俺は、コートを羽織りながら足早で廊下を歩いていく。


風南市立病院、外科医・田島修二。

臓器提供の協力者、つまり“流し”の仕入先だ。


こんな近くに、人の臓器を売りさばくような危険な医者がいたとはな。

しかも、冬香のいる病棟にも出入りしているらしい。


彼女のすぐ近くで、危険な取引が行われている事を知ってしまった俺は、全身から汗が吹き出すような焦りを感じた。


もし、冬香がターゲットになってしまったら…?


いや、そうはさせない。

誰になんと言われても、田島の目付けは俺が抜かりなくやってやる。


どんな危険からも、彼女を絶対に守ってみせる。


駆け足で朝の冷たい空気を切りながら、俺は車に乗りこみ、田島と冬香が居る風南市立病院へと向かって行った。



◉この物語に登場する人物、組織団体、その他地域施設などは全てフィクションで架空のものです。

◉もし少しでも面白いと感じたらブックマーク・評価などよろしくお願い致します。励みになります。

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