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悪縁の顛末  作者: muniko
第三話
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第三話:エピローグ



静かな病院の中庭で、携帯電話が震える音が響き渡っている。


「…スミマセン。ちょっと、電話が…。」


申し訳なさそうな表情を作って、小山田さんを見る彼。

そんな彼に、小山田さんも小さく笑って頷いた。


「あぁ、どうぞ、お気になさらず。」


ユンさんは立ち上がり、会釈をして私の隣から離れて行った。

その後ろ姿を目で追う私に、小山田さんは突拍子もなく問いかけてくる。


「彼とは親しいんですか?」


思わず、目を丸くして小山田さんの方を振り返った。

慌てて首を振る私の顔は、少し火照り始めている。


(親しくしたいのは山々なんだけど…。)


照れながら苦笑いをする私の隣へと、彼は腰を下ろした。

ついさっきまでユンさんが座っていた場所に。


「余計なお世話かもしれんけど、まだ親しくないなら彼はやめとった方が良いと思うよ。」


私が首を傾げていると、彼は続けて優しい口調で説得を続けた。


「彼は見ず知らずの韓国人よね?

どのように声をかけてきたかは知らないけど、関わると危険な目にあうかもしれんよ。

近頃起きている拉致や暴行事件は、韓国人による犯行じゃなかろうかっていう話も出とるし…。」


真剣な顔つきでそう説き伏せてくる小山田さんは、きっと正義感の強い刑事さんなんだろうな。

そうだよね、私にも何となく分かる。

彼ーーユンさんの違和感。


だって、あんなに流暢に日本語が話せるのに、刑事さんが来た途端あんなカタコトで話し始めちゃって。

住んでる家だって、心霊スポットの山の中だし。

しかも廃墟。

色々と怪しすぎるでしょ。


何かやましいことでもあるんじゃないの?

語学留学生?それ本当?

あんなところに住んでおいて?

あんなに文字だって読めるのに、変だよ。

きっとずっと長く日本に居て、私や刑事さんにも言えないような、何か悪い事を隠してるはずーー。


そう…思った、思ったけど…。


(それでも別に…嫌じゃない。)


ユンさんがどんなに悪人で、どんな悪事を働いてて、私や誰かを騙していたとしても。


私が見た彼が全てだから。


《人を疑って傷つけるよりも、信じて傷ついた方が温かくて豊かな人生を歩めたの。》

《冬香もそうやって、良い人と巡り会って生きていって欲しいな。》


お母さんが死ぬ前、私に言った言葉。

当時まだ中学生だった私にとって、それがどんなに難しいことだったか、お母さんには分からないよね。


誰も彼もが見返りを求めてくる。

信じても信じても、結局裏切られることばかりだった。

友達も、恋人も、同僚も上司も、信じた人はみんな私を傷つけて去っていった。


信じて裏切られて、“温かくて豊かな人生”なんて馬鹿げてると思ってた。


でもあの時、彼に出会って分かった。

お母さんの言う“良い人”は、本当に存在するって。


私の命を救った彼に、何か得があったかどうかは分からない。

でも少なからず、私から何かを得ようとして助けたわけじゃないんだって、分かってる。


だって、私があの廃墟の家まで会いに行った時、本当に面倒くさそうな顔してたんだから。


それなのに私に向き合い続けてくれて、少し不器用だけど、そこに嘘は感じなかった。

あの無愛想な姿さえ、私には彼の正直さに思えたんだ。

思えば助けてくれた時も、迷いなく病院まで送ってくれて…。


お母さん、彼は“良い人”だよ。

私、あの人との出会いを大切にしたい。

彼の心が許すまで、彼がどんな人でも、信じていたい、傍にいたいって、初めて思えた。


だからーー。


ペンを持つ私の手に、迷いは無い。

書き綴られていく文字を、小山田さんはただ黙って読んでいた。


“ユンさんは、私が死のうとしてたところを助けてくれたんです。”


そこまで書いたところで、小山田さんは驚いた表情で私の顔を見上げた。

私はそれに笑顔を見せて頷き、再びペンを進めていく。


“もうすぐ死にそうだった私を、あの人は見返りも求めず、ただ救ってくれた。

私の大切な、本当に大切な命の恩人なんです。”


一度手を止めて、私は遠くにある彼の後ろ姿を見つめた。

爽やかな色の服に身を纏った広い背中が、私の心を淡く揺るがしていく。


ーー後悔はしない。彼が誰でも。


私はペンを強く握って、ハッキリとした文字で小山田さんに伝えた。


“あの人は私に絶対危害を加えないと、私は信じています。”


私は真っ直ぐと彼を見つめて、心から湧き上がる自信に笑みを浮かべた。

小山田さんがこれで納得したのかは分からないけど、これ以上私に言えることは何も無い。


やがて電話を終えてこちらへ振り返ったユンさんに、私は手を振った。

会話を終えるように手元の手帳を閉じて、彼の事ばかり見ている私を、小山田さんはどう思っているだろう。

馬鹿な女だと思うかな。


それでも私は今、彼のことしか見えていない。

僅かに感じる彼の好意を確かめたい。

馬鹿と思われても良いから、彼のことを待ってみようと決めたんだーー。


ーーそして、次の日の夜。

彼は本当に約束を守って私に会いに来た。


見るからに疲れた顔色で、急いで仕事を終えて来たのがよく分かる。


時折見せる気遣いや優しさが、私の事を大切にしてくれているように錯覚させる。

でもーー。


《冬香さんて……綺麗ですね。》


私の頬に指を滑らせる彼の姿が、燻る気持ちをどんどん募らせて、胸の奥で何かが弾けた。


《あなたのことが気になります。》

《嫌われたくない。》


彼の言葉が私の中の不安や疑念を、一瞬で溶かしていく。

まるでずっと、彼に触れられるのを待っていたかのように。


そしてやっと、気がついた。


《僕が…、嫌ではないですか?》


嫌じゃない、嫌いになんてならないよ。

この特別な思いは、あなたに対する恩だけじゃないから。


私、あなたのことが、好きみたい。



◉この物語に登場する人物、組織団体、その他地域施設などは全てフィクションで架空のものです。

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