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悪縁の顛末  作者: muniko
第三話
18/29

微笑む破滅は無垢に囁く

◉この小説には韓国語のセリフが出てきます。登場人物達の臨場感のある場面を想像してもらいたくて敢えて表記するようにしました。日本語訳を添えておりますので、読みにくいかとは思いますが、予めご了承くださいますと幸いです。



病院を出て、目的地へと車を走らせるサクマ。

その場所は病院からそう遠くはない。

あっという間に着いてしまう。

先程まで一緒に居た、彼女の余韻に浸る暇もなく、すぐに大きな敷居が目に映った。


星が光る夜空の下で、暗闇を纏い威圧感を放っているこの場所。

何度来ても、ここに入るときは体が重い。


漂う殺気が門の中から滲み出ている。

中からは光が漏れており、僅かに聞こえる話し声から、その人数は多いと窺えた。


(…もう集まってるのか。)


ーー集会に俺を呼ぶには、タイミングが遅すぎる。

敢えて皆の前で注目させようとしてるとさえ感じる。


そうだ、あの男はそういう人だった。

目を付けている相手にはとことん手を尽くし、心身共に振り回して弄ぶ悪趣味を持つ。


久しぶりの集会で俺を晒し者にするという、くだらない悪戯でも考えているのだろうが、そんなのどうって事ない。


どうせやり返すことも出来ないし、反応するだけ無駄だーー。


門の側で車を停めて、メガネとパーカーを脱ぎ捨て「ユン」の変装を解いた。

代わりに黒のロングコートを羽織り革靴を履くと、いつもの冷酷なサクマの顔つきへと戻っていく。

鏡を覗くことなく、それが馴染んでいるのを肌で感じ取り、彼はそのまま車を降りた。


静かに戸を開けて敷居を跨ぎ、古びた石畳が革靴に触れた瞬間、ほんの僅かに冷たい空気が頬を撫でて過ぎ去っていく。

これから待つ事態を拒否しようとする身体に無理やり力を入れ、大広間に数歩入ったところで自然と足は止まった。


そこには既に、左右に別れて整列している数十人に及ぶ多川会の直参・幹部たちと精鋭、そしてジョンウが率いる隠密団の姿があった。

集会とはいえ、数百人いる末端の組員たちは呼ばれていないようだ。

そんな精鋭たちの中央には、一人異様な威圧感を放つ男が両腕を広げて立っていた。


多川会 総幹部 白鷹組組長、高橋繁則。


10年前、ジョンウが受け持つ組織・隠密団(ウンミルダン)と契約を交わし、サクマを多川会のクマ(執行人)として支配している男だ。


当時、まだソ・ドヒョンとして来日したばかりの彼に、《サクマ》と名付けた張本人である。


「おぉ〜、来たかぁ。」


高橋の低く通ったひと言で、整列している組員たちが一斉にサクマの方を振り向く。


彼はこの状況に動揺しないよう、表情を変えないまま少しずつ歩を進めて行った。

その冷静で落ち着いているサクマの姿に、両手を広げた高橋は嬉しそうに笑う。


しかし、その瞳は一片の感情も宿していない。


「久しぶりやなぁ、サクマぁ。

相っ変わらず男前なツラやねぇ。

元気やったかぁ? 少ぉし痩せたっちゃないとやぁ?」


わざとらしく目尻に皺を寄せて、近づいてきたサクマに優しく抱擁をする。

その間も、サクマはじっと耐えるように声を出さない。


「頼むばぁい。

これから大事な大事な仕事が待っとっちゃけんねぇ。

身体崩しよったらいかんよぉ、ねぇ。」


耳の近くで不気味なほど優しく囁いてくるその声は、まるで子供に話すような口振りで、甘くも冷徹な響きが、サクマの体に不快に絡みつく。

それをじっと見ている周りの組員も、呼吸を呑みこみながら、微動だにせず静まり返っていた。


ようやく身体を離した高橋は、笑顔でサクマの肩にポンと手を置いて、ジョンウの方へ乱雑に突き飛ばした。

一瞬よろめいた足に力を入れ、自ら退いてジョンウの左側に肩を並べ直す。


「とりあえずそこで話しば聞いときぃ。

詳細はまた別で親っさんにも話しちゃるけんが。」


右にいるジョンウがこちらに小さく目配せをするが、サクマは遠くの地面を見つめるように、無表情でじっと前を向いていた。


「愛想無ぇとこが可愛かろぅが。ねぇ、会長。」


高橋の不意な問いかけに、中央一番奥の椅子に座る組織の長・吉田会長が、首を捻りながら口を開く。


「いや、お前はモノ好きやけん。

俺にそげん言われてもよう分からん。」


「はっはっ、従順なのも可愛かばってんねぇ。

反抗的な目ぇした外人ば飼い慣らすんも楽しかばぃ。

この子に日本語教えたとも僕やけんねぇ。」


(アンタが教えたのは全部隠語だろうが。)


サクマはすかさず心の中で反論する。

ジョンウに教わりながらも独学で日本語を叩き込んだ彼にとって、高橋の言葉は聞き捨てならない。


「もう分かったけんが、さっさと始めろ。」


「はいはい、会長がせっかちやけ始めましょうかねぇ。」


そんな何気ない会話をしながら、高橋は吉田会長の横にある低い舞台に上がり、組員たちの方へ顔を上げた。


「はぃ、お疲れさんですぅ。

多川会白鷹組、組長の高橋ですぅ。」


高橋は一度、舞台の上から冷ややかな視線をサクマに投げかけ、すぐに組員たちに向き直る。

意味深な彼の視線が、“聞き逃すな”という無言の圧力のように感じた。


「今日皆さんに集まってもらったんは他でもありません。

これまで計画しとった新しい事業の方がね、ようやく準備整いましたんで、改めて報告させてもらおうと思い、ちょっと急遽集会を開かせてもらいました。」


軽い口調で淡々と、にこやかに語り始める高橋の声を、組員たちは真剣な顔つきで聞き入っている。

まるで特別なことを言ってないような口振りでいて、きっと今から話される内容は非情なものなのだろう。

サクマも眉を顰めて、彼の言葉に耳を傾けていた。


「このビジネスを始めることで、この多川会はますます権威を飛躍させていくと思います。

なんてことありません、皆さんにはいつものように集金と、少しだけ“流し”作業を手伝ってくれれば、あとは協力してくださるお偉いさん方に媚び売っときゃ良かとです。」


ーー“流し”。

薬物や人身、臓器などの違法な卸し作業のことだ。

集金が主な利益源であるこの組織にとって、この規模の仕事は相応のリスクを伴う。

それでもこの事業を始めるということは、背後に強力な政治的後ろ盾があるに違いない。

良い仕入先と売り先を見つけたのだろう。

彼の背後に潜む“お偉いさん”も、膨大な利益を見込んで動いているはずだ。


でなければ、この計画は最初から存在しないーー。


サクマは、高橋の事業に消極的だった。

なぜなら、この仕事は《執行人》である自分を酷使するものであり、成功させるためには、当然ながら殺人も厭わないからだ。


(……だから俺を目立たせたんだな。

“コイツがいるからお前たちは殺らなくていい”と。)


誰だって、出来ることなら殺人は犯したくない。

所詮、集金しかできない兵隊と化してしまっている組員たちだ。

仕返しやしょっぴかれるのが怖くて下手な真似ができない、下っ端なのである。


(それでヤクザが務まるなんて、大した仁義だな。)


皮肉を言うことすら勿体ないほどに、ここの幹部らは向上心がなく、安定した集金の取り立てしか脳がない。

案の定、“流し”と聞いて動揺する奴らの視線がちらほら揺れている。


「あぁ、そげん心配せんでも、ウチの組には隠密団いう心強ぉい助っ人がおりますけん。」


再び、サクマらの方へ視線が集まる。

ただ小さく鼻からため息を零したジョンウも、この事業計画を初めて知ったようだ。


「ウチだけやなくて、他にも政治家の方々や起業家の方々など、いろんな人が関わっとるんでねぇ。

今回は風南警察署の各役員の方々にもご協力仰いどります。」


その規模の大きさに、一瞬広間内がざわつく。

組員たちの反応を楽しむかのように、高橋は首を傾げて笑い、手をパン!と大きく叩いて再び自分へと注目を集めた。


「はぃっ、間違いなく多川会はもっと大きく、そんで強くなります!

既に九州では一目置かれとるんで、次は西日本連合でも肩切って歩ける組織にしていきましょうねぇ!

賛同される皆さんは、拍手をお願いします!」


今や、この多川会で高橋に逆らえる者など居ない。

九州でも名高い組織となった背景には、高橋の残忍な業績の数々がある。

身内であっても、余所者であっても、利益のためなら簡単に人を痛めつけ、命をも奪う男に、こんな組員たちの中で誰が反発できるというのか。


吉田会長を筆頭に、他の幹部含め組員らが様々な面持ちで拍手をおくりだす。

期待や不安を込めた彼らの表情は、高橋のみならず、隠密団の方にも寄せられていた。


ジョンウは渋々、ゆっくりと手を叩き賛同している。

その姿は不服そうにも見えるが、彼がそうするなら、サクマも隠密団の組員も従うしかない。


ようやく全員からの拍手を獲た高橋は、満足気に不気味な笑顔を浮かべた。


「どうもありがとうございますぅ!

明日から忙しくなるんで、皆さんよろしくお願いしますねぇ!」


事業計画が可決されたと共に、吉田会長は席を立って大広間を出ていった。

もはや、あの会長は全てを高橋に託していて、自分では何も考えていない。

この多川会が、既に高橋の白鷹組の手中にあることを示唆していた。


「……전화도 안 받고, 어디서 돌아다닌 거야?」

(……電話にも出ないで、どこほっつき歩いてたんだ。)


響き渡る拍手の中で、ジョンウの呟きが右側から小さく聞こえてきた。

サクマは前を向いたまま、手を叩きながらそれに答える。


「…별거 아니에요, 자잘한 일입니다.」

(…別に、野暮用です。)


「여자냐?」

(女か?)


「………………。」


こういう時のジョンウの勘は鋭い。

いや、いつもだが。


(……ほっとけよ。)


口には出さないが、不満が顔に滲み出る。

それを横目に見たジョンウは、鼻で笑って再び前を向いた。


「…역시 그렇겠지. 깊이 빠지지 마라, 불장난 정도로만 해라.」

(…やっぱりな。入れ込むんじゃねぇぞ、火遊び程度にしておけ。)


「그런 건 아니니까, 괜찮습니다.」

(そういうのではないので、大丈夫です。)


この類いの話題で見せるサクマの強がりも、ジョンウにとっては珍しく、あどけなさを感じていた。

普段は仕事面しか目にかけていなかったが、彼も一人の男なのだと思い出す。


ーー遊ぶことくらい、誰にでもある。

ジョンウはあえて、それ以上の追求を止めた。


「그래, 뭐…이제부터는 놀 시간도 있을지 모르겠지만.」

(そうか、まぁ…これからは遊ぶ暇もあるか分からんがな。)


「…그렇네요.」

(…そうですね。)


二人は立ちはだかる陰謀を前にして、深く息を吐いた。

軽い言葉で淡々と語ってくれた高橋だが、その内容は酷く残忍なものだ。

無関係の人間が何人も死ぬかもしれない。

それに手を下すのは、当然…サクマと隠密団だ。


「……마치 악마 같군.」

(…まるで悪魔だな。)


未だ不敵に笑って手を振る高橋を、サクマは冷たい瞳で睨みつけていた。




◉この物語に登場する人物、組織団体、その他地域施設などは全てフィクションで架空のものです。

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