罰論
サエコはあのできごと以来、自分の中にある黒々としたものになんとなく気がついていた。
2歳違いの弟が生まれて、母親がサエコ専用にならないということを肌で感じ、父親がサエコの心の拠り所になっていった。
しかし、母親に良く思われたい気持ちや独占したい気持ちはずっと持ったままだった。
両親に遊園地に連れてもらった時に、サエコは母親と好きな乗り物を乗りたいと言った事がある。
間髪入れず、弟がいるからダメと返ってきた時は寂しさと諦めが同時に心の中に貼り付いた。
サエコは長女なので、2年間は両親を独り占めして、当たり前のようにありったけの愛情を受けてきた。はずだ…
はずだというのは、2歳のサエコにはその実感がわかないのだ。
母親がサエコを嬉しそうに抱っこする写真を見るたび、なぜ覚えてないのか不思議だった。
弟とは、よく些細なことで喧嘩をしていた。
弟がサエコを怒らすような事を言うと同時によく手を上げ、弟は泣きだして母親に助けを求めに行ってたのだ。
サエコは、よく母親から怒られる事があるので、いつも怒られるのは私だと感じていた。
ある時、母親は弟にあんたがサエコを怒らすようなことをしたんでしょ?と言ってくれた。
母親は、見ていてくれてる…サエコの中に暖かいものが入ってきた。
ある日、弟が機嫌よく一人で遊んでいた。虫の居所が悪かったサエコは、咄嗟に弟を叩いた。
弟がまた泣いて、母親に言いに行った。
でも、弟の言う事を母親は信用せず、弟はサエコを鋭い目で睨みつけた。
その時に、自分自身がしていることを目の当たりにして、いつか罰が当たるのを恐れていた。
罰とは、天の上から神様か何か大きな何かが見ていて与えるものだと、祖母に何度も聞かされていたので、その漠然とした怖いものが、サエコの道徳心に火をつけた。
その小さな時から、心の根っこに植え付けられた【罰論】は、サエコが成人してからも影響力が続くのである。