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サエコさん  作者: 名取晴海
罰論
1/2

弟とお魚さん

世の中がクリスマスを迎えようと、賑わいでる最中(さなか)サエコは生まれた。

とても元気な産声だ。

サエコの母親は、一度死産で子どもを亡くしている。男の子だった。

だから尚更、サエコの産声は、母親にとって、この世の何物にも代えがたい歓びだったに違いない…


「一生大切にしよう…」

家業が忙しく、生まれてから病院にかけつけた父親も、涙を流した。


忙しい両親に代わり、父方の祖父母が概ねサエコの面倒を見ていた。


2歳になって弟が生まれ、それまで独り占めしていた両親や祖父母を取られるという思いと、それでいて弟の存在が愛おしく、サエコは、なんとも表現し難い感情になった。

その感情が、弟ではなく違う方向へ向かっていったのだ。


両親の知り合いが、生きた魚を2匹持ってきた。

それを、赤ちゃんの頃にサエコが水浴びをしていた桶に泳がせていた。

サエコは魚に名前をつけて、人一倍可愛がり、大きいのはダイ、小さいのはショウと呼んでいた。

オスかメスかもわからない幼稚園児のサエコは、大小の名前しか付けられなかったのだ。


…ひと月ほど経ち、ダイが桶に横向けになり浮かんでいた。

ひと目で死んでいる…とわかり、咄嗟に父親を呼んだ。

次の日には、ダイはいなくなっていた。

大人達がサエコの知らぬ間に処理していたのだ。

そして、ショウだけになった。

ずっと2匹でいたから元気が無いように見えた。

そのショウをサエコは、小児喘息で病弱な弟と重ねてしまい、とても可愛がるようになっていった。

…まるで大好きな人形のように…


「抱っこしたい」

サエコは急にそう思って、ショウを両手で持ち上げる。

その瞬間、ショウは飛び跳ねて、サエコの手から桶に向かってダイブする。

ショウは捕まえられないように逃げ回る。

しかし、サエコは遂に捕まえて離さなかった。ショウのエラがプクプクと動いている。

「もう、逃げちゃダメよ」

と言うと、力強く握った。

そして、桶に戻した時、ダイと同じように横向けに浮いた。

ドキドキして、それでいて、ダイとこに行くほうがいいのかな…

と、ふとそんな考えが頭によぎった。


しかし、それとは裏腹に、どうしよう…怒られるかも…と自分のしたことより、そっちの考えのほうが頭いっぱいに膨らんだ。


間もなくショウは動き始めた。

サエコは心から安堵していた。

…良かった。


次の日、桶は片付けられていた。

父親に聞いたら、やっぱりこんな入れ物じゃ早く死ぬ…と独り言のようにサエコに言った。


…私が、殺した…

サエコは、自分の中にある、恐ろしい何かに気づいてパニックになっていった。


ぬるま湯の中に、突然熱湯を注ぎ込まれるかのような衝撃がサエコに走る…


怒られると思いながらも、父親に打ち明けた。あの時、たぶん私が強く握ったからだと…


父親は、泣きながらしゃくりあげてるサエコを見て、怒らず言った。


「サエコ、生きているものは必ず死が来る。いいか?必ず来る。それはお前が強く握ったとしても、放っておいたとしても、お魚の寿命なんだよ」と。


サエコは父親の言葉を理解するより、怒られなかったと安堵していた。小さなサエコには、寿命という言葉が雲にかかったように、それでいて怖い響きであり、それ以上、この件に触れたくないと思っていた。


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