其の五
討伐隊とともに凱旋したあの人、勇者カトーは王宮でもてなしを受けた。
豪華で凝った食事、例えばユペザメの卵巣の塩漬け、キールエイのヒレを煮込んだスープ、ネスウナギの白焼きに季節の野菜を和えて甘酢をかけたもの、ビルカモの肥大肝臓のロースト、そしてデザートのフィラの実のケーキ、と言ったものには彼はあまり興味を示さなかった。
彼はパンも食べずにひたすら肉料理だけを食べていた。
それも食べ方が汚かった。
時には手掴みで料理をとることもあったし、くちゃくちゃと咀嚼音を立てて噛んだ。
きっと異世界ではテーブルマナーが違うのよ、などと擁護するような囁き声も聞こえたけれど、きっと違うわ。
彼は育ちが悪かったのだと思うの。
まともな食事作法を教えてくれるような、平穏な家庭に生まれた人ではなかったのね。
彼は食事を終えると、すぐに王宮内に用意された自室に帰ってしまった。
私は戦闘の時に助けられたことを改めて謝りたくなって、彼の部屋に向かったわ。
私が扉の前に立つと、数をつぶやく声が聞こえた。
鍵穴からそっと覗くと、彼は指だけで腕立て伏せをしていたわ。
「誰だ」
彼は立ち上がって扉を開けた。
私はしどろもどろになりながら、助けられたことについての感謝とかそういうことを伝えた。
彼は静かに頷くと、また腕立て伏せを始めた。
その時、彼の身体が光に包まれた。
「……なんだ」
彼は訝しそうにしていた。
私はあの人に言ったわ。
「位階が上がったことないんですか? 戦ったり、鍛錬を積んだりすると神が祝福してくれてどんどん強くなる、あれです」
「ない。 そんなものは。 俺のいた世界では、それは架空の話だ」
彼はそう言うと、再び腕立て伏せをはじめた。
彼はボソッと言ったわ。
「お優しい世界だな。 俺の元いた世界では、いくら鍛えても死ぬ時はあっさり死ぬ」