其の四
あの人、勇者カトーは洞窟に入らなかった。
衛兵たちに洞窟の前で生木を焼かせ、その煙をひたすら洞窟に送り込んだのよ。
やがて、咳き込みながら、緑の小人たち、ゴブリンが飛び出してきた。
あら、あなたゴブリン見たことないの?
そうね、魔王が勇者カトーに滅ぼされてから、魔物はめっきり減ったものね。
ゴブリンはね、緑色の肌をして、エルフのように耳は尖っているけど、鷲鼻で、なんだか背の曲がった子供みたいな見た目をしているのよ。
衛兵たちは、飛び出してきたゴブリンに複数人で槍を突き立てて、次々と殺していった。
その様子を、あの人は背中に斧を背負い、腕組みをして見ていた。
効率は良かったけれど、そりゃゴブリンも抵抗するから、味方に負傷者も出るし撃ち漏らして私や勇者の近くまで迫る者もあった。
「この者らの命をもって神への焼香となさん。 アグニ!」
魔道士ザハロフが攻撃魔法を唱えて、そういったゴブリンを焼く。
戦場に肉の焼けこげる匂いが充満したわ。
私は吐き気を抑えながら自分のほうに向かってきた一匹のゴブリンに錫杖を構えた。
でもね、そこで私は躊躇した。
ゴブリンの顔をまじまじと見てしまったのがよくなかったのね。
少しひねこびていて醜いけれど、私たちとさほど変わらないような表情の、そんなゴブリンをね。
私が躊躇している間に、ゴブリンは短剣を持って間合いを詰めていたわ。
しまった、と思った時にあの人が猛然と突っ込んできて、私を突き飛ばした。
あの人は背中から素早く手斧を抜くと、容赦なく、いささかの躊躇いもなく、ゴブリンの脳天に手斧を振り下ろした。
慣れた手つきだったわ。
脳漿と血が飛び散って、ゴブリンは一撃で絶命した。
あの人は振り向いて、私に言った。
「殺せないのなら、負傷者の救護に専念しろ」
「は、はい。ごめんなさい」
私は言われた通りに負傷者にひたすら回復魔法をかけ続けた。
戦いが終わる頃には日が落ちていた。
結果は討伐隊の圧勝、だったわ。