其のニ
可哀想な犠牲者がまた来る、そう思って私の気は塞いでいた。
いったい、この無益な伝統行事をいつまで続けるのだろう、と思っていたわ。
王宮の中庭にある魔法陣に、年に一度、異世界から人が召喚されるあの行事のことよ。
人間族の者はそれは期待する人もいるでしょうけど、私のような長命種、それも王宮に長く仕えてきた者にとってはね。
はよ終われってね。
でも、あの人は、勇者はまるっきり違っていた、今までの人とは。
あの人は召喚されると、自分が裸であることを恥ずかしがって股間を隠すようなこともしなかったし、俺はひかれて死んだはずだとかなんだとか騒ぐこともなかった。
ただ、まっすぐ立って、周囲を睥睨したわ。
あの人はその間、まったく瞬きをしなかった。
侍従たちが、例の物、旅人の服と、檜の棒を持ってあの人に近づいた。
これを着て、これを持つように、と指示されると、あの人は素直に従った。
国王陛下は伝統に則り、仰った。
「おお、異世界よりの勇者よ! そなたにその装備を授けよう。 選ばれし力をもって、どうか、魔王を倒してくれ」
あの人は、目を輝かして陛下の話を聞くでもなく、混乱して泣き出すでもなかった。
彼はいきなり、檜の棒を膝でへし折った。
そして、ぽいと地面に放ると言ったわ。
「ふざけるな」
その瞬間、王宮の中は歓声に包まれた。
国王陛下も感極まって、顔を赤くして、涙目だったわ。
国王陛下は仰った。
「この檜の棒を折る者こそが、真の勇者である。その伝説がいまここに証明されたのだ。奇しくも、神の数字、六六六人目にしてやっと、やっと」
国王陛下がそう言うと、王宮内は万歳の嵐になったわ。
国王陛下万歳!
勇者様万歳!
あの人はその中で黙って立っていた。
ええ、瞬きもせずに。