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其の十三

 私たちは魔王の首を馬車に乗せて、王都へと向かっていた。

国境の小さな小川にかかる橋の前で、魔道士ザハロフは膝をついた。


「わしはこの先によう行かれんわい」


具合が悪いわけではない事は、私含め全員がわかっていた。


「一人も残らなかった。 ここから連れて行った団員たちは、誰一人として戻らなんだ。 わしはあの者らの父母に合わす顔がない」


魔王は強かった。

私たち幹部四人を残して、皆が魔王の餌食となった。


「わしは、魔道士ザハロフは死んだと、国のみんなには伝えてくれ」


勇者は静かに頷いた。



 三人になった私達は遂に王都の城門までやってきた。

そこで、今度は龍人ユランが立ち止まった。


「我が輩はこの先に入ると、奇異の目で見られる。 団員たちの中でもそういう視線は消えなかった。 君たちだけが特別だった、ということだ」


ユランは勇者の手を握った。


「特にカトー。 君の、冷たい手、冷たい目。 誰に対しても同じ温もりの無さだった。 でも、それが我が輩の救いとなったよ。 ありがとう」


私達は万雷の拍手に包まれて凱旋した。

たった二人の寂しい凱旋だったけど。

何も関係のない人々はお祭り騒ぎをして、城門にかけられた巨大な魔王の首を小突いたり、ナイフで刺したりしていた。

でも、暗がりから団員達の親兄弟がじっと暗い目で私達を睨んでいた。

今でもあの時の光景を思い出して、うなされることがあるわ。


国王陛下から莫大な褒賞を賜り、私は神祇伯じんぎはく、勇者は征魔大将軍せいまだいしょうぐんの位に進んだ。


だから何、と思ってしまったわ。

特段の達成感もなかった。



 諸々の式典が終わって幾日か過ぎた。

勇者の身体がね、透けはじめた。


「俺は魔王を倒すために召喚?だったかされたのだから、終わったら帰るのが道理、ということだろう」


私は迫る勇者カトーとの別れを、なんとか飲み込める感じでいたわ。

だって、あの人も元の世界に帰りたいかもしれないじゃない。

でも、あの人はぽつりと言った。


「俺は元の世界に帰ったら死んでいるか、捕まって死刑になるだろう」


勇者は訥々と自分の来歴を語ったわ。

今まで一言もそういう話をしなかった、あの人が。

荒れた父子家庭に生まれ、虐待してくる父親を殺害して埋めたこと。

違法な金貸しの下働きをして、そこでの諍いでまた二人殺してバラバラにしたこと。

その報復にあって、対立したならず者の運転する車、あの人の世界では馬車ではなく車はからくり仕掛けで動くそうよ。

その、大きな車に轢かれて、この世界に来たこと。


「だから、たぶん戻ったら俺は肉塊になっている。 もし死んでなかったとしても、早晩捕まって死刑になるだろう」


私はわけがわからなくなった。


「なんで、なんでそんな事を私に言うのよ」


「言うべきだと思ったんだ、お前には」


私は整理できない感情に襲われて、その場にしゃがみこんだ。

勇者はじっと私を見つめていた、のだと思う。


「流れよ我が涙」


と勇者は言った。


「だめだな。 やっぱり俺は涙が出ない。 だけど、お前や他の連中といたことで、今が涙を流すべき時なんじゃないか、ということはわかるようになった」


私はふらふらと立ち上がって、彼の胸に顔を埋めた。

あの人の腕は変わらず冷たかったけど、あの人だとは信じられないくらいやさしい手つきで、私を抱きしめてくれた。

そして、やがて霧のように消えた。


 私は神祇伯の位を返上し、俗世をさけてこのいおりに移った。

魔王が死んで、魔物の数は減ったそうね。

勇者は、あの風変わりな人、私の愛した人は、世界を救ったということでいいんでしょうね。

ザハロフにも、ユランにもあれから一度も会っていない。

あの二人も人間よりは寿命が長いとはいえ、もうとっくに亡くなったのでしょう。

死なないのは私だけ。

私はこうして、おそらくあの後すぐに死んだあの人、ええ、きっと死んだわ。

あの人の言葉だけを抱いて、私は生きていく。


流れよ我が涙、と勇者は言った。


あの人は、そう言ったのよ。



<完>

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― 新着の感想 ―
[良い点] 自らの手を汚すことを知らない世界の話ですね。 勇者カトーの行動は一般的なファンタジー作品の勇者とは違っています。 ただ、最小の犠牲で最大の成果をあげたのだと思います。 転生者がもっと甘い性…
[良い点] 完結お疲れ様でした!  胸が締めつけられるような切なさを感じるラストでした。 ありがとうございました〜♪
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