其の十三
私たちは魔王の首を馬車に乗せて、王都へと向かっていた。
国境の小さな小川にかかる橋の前で、魔道士ザハロフは膝をついた。
「わしはこの先によう行かれんわい」
具合が悪いわけではない事は、私含め全員がわかっていた。
「一人も残らなかった。 ここから連れて行った団員たちは、誰一人として戻らなんだ。 わしはあの者らの父母に合わす顔がない」
魔王は強かった。
私たち幹部四人を残して、皆が魔王の餌食となった。
「わしは、魔道士ザハロフは死んだと、国のみんなには伝えてくれ」
勇者は静かに頷いた。
◇
三人になった私達は遂に王都の城門までやってきた。
そこで、今度は龍人ユランが立ち止まった。
「我が輩はこの先に入ると、奇異の目で見られる。 団員たちの中でもそういう視線は消えなかった。 君たちだけが特別だった、ということだ」
ユランは勇者の手を握った。
「特にカトー。 君の、冷たい手、冷たい目。 誰に対しても同じ温もりの無さだった。 でも、それが我が輩の救いとなったよ。 ありがとう」
私達は万雷の拍手に包まれて凱旋した。
たった二人の寂しい凱旋だったけど。
何も関係のない人々はお祭り騒ぎをして、城門にかけられた巨大な魔王の首を小突いたり、ナイフで刺したりしていた。
でも、暗がりから団員達の親兄弟がじっと暗い目で私達を睨んでいた。
今でもあの時の光景を思い出して、うなされることがあるわ。
国王陛下から莫大な褒賞を賜り、私は神祇伯、勇者は征魔大将軍の位に進んだ。
だから何、と思ってしまったわ。
特段の達成感もなかった。
◇
諸々の式典が終わって幾日か過ぎた。
勇者の身体がね、透けはじめた。
「俺は魔王を倒すために召喚?だったかされたのだから、終わったら帰るのが道理、ということだろう」
私は迫る勇者カトーとの別れを、なんとか飲み込める感じでいたわ。
だって、あの人も元の世界に帰りたいかもしれないじゃない。
でも、あの人はぽつりと言った。
「俺は元の世界に帰ったら死んでいるか、捕まって死刑になるだろう」
勇者は訥々と自分の来歴を語ったわ。
今まで一言もそういう話をしなかった、あの人が。
荒れた父子家庭に生まれ、虐待してくる父親を殺害して埋めたこと。
違法な金貸しの下働きをして、そこでの諍いでまた二人殺してバラバラにしたこと。
その報復にあって、対立したならず者の運転する車、あの人の世界では馬車ではなく車はからくり仕掛けで動くそうよ。
その、大きな車に轢かれて、この世界に来たこと。
「だから、たぶん戻ったら俺は肉塊になっている。 もし死んでなかったとしても、早晩捕まって死刑になるだろう」
私はわけがわからなくなった。
「なんで、なんでそんな事を私に言うのよ」
「言うべきだと思ったんだ、お前には」
私は整理できない感情に襲われて、その場にしゃがみこんだ。
勇者はじっと私を見つめていた、のだと思う。
「流れよ我が涙」
と勇者は言った。
「だめだな。 やっぱり俺は涙が出ない。 だけど、お前や他の連中といたことで、今が涙を流すべき時なんじゃないか、ということはわかるようになった」
私はふらふらと立ち上がって、彼の胸に顔を埋めた。
あの人の腕は変わらず冷たかったけど、あの人だとは信じられないくらいやさしい手つきで、私を抱きしめてくれた。
そして、やがて霧のように消えた。
◇
私は神祇伯の位を返上し、俗世をさけてこの廬に移った。
魔王が死んで、魔物の数は減ったそうね。
勇者は、あの風変わりな人、私の愛した人は、世界を救ったということでいいんでしょうね。
ザハロフにも、ユランにもあれから一度も会っていない。
あの二人も人間よりは寿命が長いとはいえ、もうとっくに亡くなったのでしょう。
死なないのは私だけ。
私はこうして、おそらくあの後すぐに死んだあの人、ええ、きっと死んだわ。
あの人の言葉だけを抱いて、私は生きていく。
流れよ我が涙、と勇者は言った。
あの人は、そう言ったのよ。
<完>




