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少女マナミは歩き続ける  作者: 佐和森飛鳥
1章 勇者一行の始まり
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6話 傭兵セレン

 アフュサスに辿り着いたのは、ヴィルトリエが言っていたとおり、夕方より少し前のことだった。


縞鹿(シマジカ)、いなかったね……」

「あら、見たかったの?」

「ちょっとだけ。隠れ縞鹿を探すのは好きだから」


 なんてことのない雑談を交わしながら、マナミは鞄の紐をぎゅっと握りしめた。目の前には、人でごった返す都市がある。王都より規模は小さい、と聞いてはいても、田舎育ちで村から出たことのなかったマナミにとっては大都会だ。そして王都では王城まで馬車で直接移動し、王城にしか滞在しなかったマナミにとっては、初めての都市でもある。


「大丈夫よ。心配なら、わたくしの手でも握っていなさい」

「そ、そこまでじゃないよ」


 幼い子供のように言われ、むっと頬を膨らませる。身体強化魔法だってあるのだ。マナミはまた、ヴィルトリエの背中について歩く。

 少し進むと、市場が広がっていた。八百屋に靴屋、肉屋に雑貨屋。花屋も、服屋も、惣菜屋もある。村に来た行商人から聞いたことはあるけれど、想像以上の品揃えと賑わいに、マナミは圧倒された。王都にはこれ以上の市場があったのだろうか、と思うと目眩さえする。行き交う人々も、旅装の男から乳飲み子を抱えた母親、いかつい戦士に幸せそうな恋人たちまで様々だ。自分は本当に狭い世界しか知らなかったのだと、マナミは改めて実感する。


 ふと気付くと、ヴィルトリエと少し距離が離れていた。慌てて足を速める。が、その矢先、マナミの中から、力を生み出していた熱がさあっと引いていった。


「――あ」


 身体強化魔法が解けた。マナミはなおさら焦ってヴィルトリエを追う。けれど、身体強化魔法がかかったままのヴィルトリエの姿はあっという間に人混みに紛れ、見えなくなってしまった。


「ど、どうしよう……」


 やっぱり、手を繋いでいればよかった。子供じゃないけど、都市を歩くのは初めてだったんだから。


 青ざめながらひとまず歩き続けるも、ヴィルトリエは見当たらない。せめて傭兵連合支部の場所が分かればそこで落ち合えそうだったが、ついていくだけでいいと思っていたマナミは場所を知らない。なら誰かに聞こうか、とは思うものの、ごった返す中、見知らぬ人や忙しそうな店主に話しかけるのは気が引けた。その上、段々この世界で進む先を知らないのが自分だけのように思えてきて、つい立ち止まり、俯く。


「どうしたの?」


 そんな中かけられた声に、弾かれたように顔を上げる。すらっとした美人が、惣菜パン片手に立っていた。白金色(プラチナブロンド)のショートヘアで、顔の左側だけ少し長く、三つ編みになっているのが印象的だ。風貌は中性的で、服装は男性のものだが、声はどちらかというと女性のように感じる。澄んだ空を映した水面のような瞳が、心配そうにマナミを見つめた。


「迷子になっちゃった?」

「……は、はい」

「うーん、そっかぁ」


 困ったように相槌を打って、その人は惣菜パンをぱくりと食べる。思ったよりその一口が大きくて、マナミは目を丸くした。


「あ、キミも食べる? これ、三番街の隠れ家パン屋のやつでね、すっごく美味しいんだよ。揚げた鹿肉とちょっと辛めのソースがよく合ってさ」

「はぁ……」


 戸惑うマナミに構わず、その人は袋から新たにパンを取り出し、マナミに差し出す。思わず受け取ったものの、自分の状況を思い出し、マナミは息を吸った。


「あ、あのっ、聞きたいことがあるんですけどっ」

「んむ、なに?」


 もぐもぐと食べ続ける相手にひるみながらも、マナミは続ける。


「その、行きたい場所があって――」

「ちょっとマナミ、こんなところにいたの?」


 聞こえた声にぱっと顔を向けると、呆れた顔のヴィルトリエがこちらに歩いてくるところだった。マナミはほっと息を吐く。


「ごめん、トリエ……」

「全く……。あら、貴方は?」

「困ってそうだったから声かけただけ。合流できたならよかった」


 惣菜パンの人はそう言って、ひらひらと手を振り去って行った。ヴィルトリエはそれを見送りつつ、マナミの手元に残ったパンに顔をしかめる。


「ねえマナミ、貴方、知らない人から物を貰うなって教えられなかったの?」

「いや、あの、あの人も食べてたし、美味しそうだったし……」


 しどろもどろなマナミを一瞥し、ヴィルトリエはパンに手を伸ばす。そのまま小声で何かを呟いて、はぁ、と息を吐いた。


「……まあいいわ。何も入っていないし、食べてもいいわよ」


 マナミは一瞬きょとんとして、それからあわあわと口を開く。


「え、あの、今もしかして毒の確認を」

「当然でしょう。貴方はいい加減自分の立ち位置を自覚なさい。ほら、行くわよ」


 動揺を飲み込めないまま、マナミはヴィルトリエに手を引っ張られた。






「着いた。ここよ」


 ヴィルトリエが扉を開くとカランコロン、と鈴が鳴り、受付の女性が顔を上げる。近くの戦士や魔法使いらしき人たちの、窺うような視線を感じる。マナミは未だ食べ損ねている惣菜パンを抱えながら、縮こまってヴィルトリエについて行った。


「ようこそ傭兵連合アフュサス支部へ。本日はどのような御用事でしょうか?」

「傭兵を雇いたいの。でもその前に、支部長を呼んでくれる? このカードを渡せば、支部長には分かるから」


 受付嬢は渋ったものの、ヴィルトリエの問答無用な様子に、仕方なく受付を後にする。マナミは受付嬢に届かない声援を送りながら、ヴィルトリエに小声で尋ねた。


「あのカードって?」

「ああ。わたくしの紋章が刻まれたものよ」

「え」


 それはつまり、支部長はヴィルトリエの紋章を知っていて、ヴィルトリエは王女として支部長を呼び出したと言うことだろうか。

 少しして、ばたばたと大きな足音が近づいてきた。


「ちょ、ちょっと、何してるんですか!?」


 現れたのは、右腕のない大男だった。声も動作も大きいものの表情はおろおろと慌てていて、マナミは親近感を覚える。そんな男に、ヴィルトリエは平然と答えた。


「何って、傭兵を雇いに来たわ」

「いやそうじゃなくて、ってかお忍びならカード使わないでくださいよ」

「雇えたら必要なくなるから、問題ないでしょう?」

「はい? ちょっと意味分からないんですけど……」


 彼の視線がさまよい、マナミとかち合う。ぺこり、と小さくお辞儀すると、男は軽くお辞儀を返してから、慌ただしく周囲を見回した。


「ひ、ひとまず応接室で聞きますんで! お連れ様とこっちへどうぞ! ってことでてめーら他言無用な!」


 受付部屋にいた全員を脅してから、男はマナミ達を落ち着いた雰囲気の部屋へと案内する。高そうなソファにパンの欠片をこぼさないよう気をつけつつ、マナミは目の前に座った男を見つめた。


「よし、結界も作動したし、改めて。王女様、なんで傭兵を?」


 尋ねた支部長に、ヴィルトリエが悠然と今までのことを説明する。支部長は驚いた顔でマナミを見た。


「つまり、この子が勇者の子孫で、今は王女様と二人旅。そこで傭兵を雇って戦力を増やし、魔王を倒したいと?」

「そういうことね」


 頷いたヴィルトリエに、支部長が畳みかけるように問いかける。


「で、あのカードを見せたということは、支払いは王女として保証するから王城に行けと? ついでに国王陛下に、強い傭兵が王女様の旅に加わったと代わりに報告しろと?」

「話が早くて助かるわ」

「こっちは助からないんですけど……」


 支部長は頭を抱える。けれどマナミは話についていけず、彼に尋ねた。


「あ、あの、王城ってどういう……」

「あれ、教えてないんですか?」

「面倒だったの」


 ばっさり言い切ったヴィルトリエに、マナミはちょっと涙目になる。それを憐れんだのか、支部長が口を開いた。


「あのカード、王女様が王女様として命じた証みたいなものなんですよ。あれを持っていれば、王女様の使者扱いになるんです。要するに、使い走りがほしいときに王女様が渡してくるものですね」

「あら、わたくしから信頼されているのだから名誉でしょう?」

「まあかつて名誉被害者とは言われましたが……」


 もしかして、ヴィルトリエには被害者の会みたいなものがあったのだろうか。


「で、今回の場合ですけど、王女様としての資産は王城にあるわけなので、傭兵を雇う場合、金を用意してもらうためには王城へ行く必要があります。でも王女様はおそらくこのまま旅に出るわけなので、代わりにカードを持って僕らが王城へ行くわけです。そしたら王女様が傭兵を雇ったことが国王陛下に伝わり、強い戦力を得たから騎士は不要、という伝言をしたことになります。それで国王陛下が諦め――ごほん、納得したら、王女様は今後変装することなく、堂々と旅を続けられるようになる。それが王女様の狙いかと」

「な、なるほど……」


 ようやく理解できたと同時に、ヴィルトリエの横暴さもひしひしと感じる。もし本当に被害者の会があったら入りたいなとマナミは思った。


「じゃあ説明も終わったところで本題だけど、誰かいい傭兵いるかしら? 最低限、魔王討伐の足手まといにならなさそうで、協調性があって、長期の仕事でもやってくれそうな人がいいのだけれど」

「まあ、そういう人は引く手あまたですねー」


 頭をかき、支部長はうーん、と考え込む。


「悩むということは、わたくしが知ってる傭兵はみんな出払っているわけね」

「そうなんですよ。そもそも二年前の戦いは、南部を拠点にしている者たち中心でしたしね。それに地方では恐ろしい生物の目撃証言で傭兵の需要が上がっていて。おそらく王女様の言っていた魔物ということでしょうけど、この辺ではまだ目撃されていないので、今は人が少ないんです」

「あら、それは悪かったわね」

「構いませんよ。元々、王都に近いから強さより性格重視の依頼者が多いし。……あ、そうだ、そういえばセレンがいるな」

「セレン?」


 ヴィルトリエが首を傾げる。知らない名前のようだ。


「ええ。二年前の戦いでは他の地方にいたし、実力もそこそこでしたけど、今なら実力者に数えられる腕ですよ。“怪力の女傭兵”セレン・ラーキッド。彼女なら、魔物にも果敢に立ち向かえると思います」

「貴方がそこまで言うなら、その子にしようかしら。ちなみに、すぐ思い浮かばなかった理由は?」


 支部長は苦笑した。


「大食いなんです。だから長旅だと敬遠されるんですが、王女様ほどの財力があるなら問題ないでしょう」

「そうね、まあ大丈夫でしょう。すぐに会える?」

「ああ、それなら日が暮れる前には支部に来ますよ。依頼がないか、定期的に確認しに来るんです。今日は来客予定もないし、ここで待っていて構いません」

「なら、そうするわ。一度会ってから判断したいし。念のため、特徴を聞いてもいい?」


 ヴィルトリエの問いかけに、マナミも気になって耳を傾ける。


「白金色の髪に空色の瞳です。髪は短くて、顔の左側にある三つ編みが特徴的ですね。後は男装していて、たいてい食べ物を持ってます。いや、食べてますが正しいかな」

「……え?」


 マナミはヴィルトリエと顔を見合わせ、持ったままの惣菜パンに目をやった。






「あはは、また会ったね。パンどうだった?」


 果たして、応接室に呼ばれた“怪力の女傭兵”セレン・ラーキッドは、今度は串焼き片手に、マナミたちへ笑いかけた。

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