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少女マナミは歩き続ける  作者: 佐和森飛鳥
1章 勇者一行の始まり
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5話 アフュサスに向けて

 動いた壁の向こうから差す朝日のまぶしさに、マナミはぱちぱちと瞬きをした。見上げた通路の先には、明るくなっていく空と、青々とした木々が見える。


「到着ね。これは外に出せないから、荷物を持って降りてくれるかしら?」


 ヴィルトリエに促され、マナミは慌てて絨毯から階段へ足を下ろす。


「荷物、トリエのも持って行った方がいい?」

「持てるのならお願いするわ」

「……自分のだけ持って行くね」


 案の定持ち上がらなかったので、マナミはへこみながら階段を上り、地上に出た。途端、ざあっと風が吹き、マナミの髪を揺らす。

 隠し通路の出口は、確かに外へとつながっていた。周囲には何本もの木が立ち並び、出口を守っていたが、その向こうにはどこまでも続きそうな平原が広がっている。地平から昇り始めた太陽が、その黄金の光で夜を追い払う光景に、マナミは思わず見入った。


「わぁ……」

「気持ちは分かるけれど、ひとつ聞いてもいい?」

「ひゃっ、はい!」


 かけられた声に、びくりと体を震わせて振り返る。かがんで地面に手を触れていたヴィルトリエが立ち上がり、こちらを向いた。いつの間にか隠し通路の出口は閉まっていて、ヴィルトリエが触れていた付近にあるはずなのに、痕跡すらなかった。


「マナミ、貴方、昨日着ていたのより上等な服は持っていて?」

「え、ええと、あれが一番いいもので……」


 答えながら、マナミは自分が寝間着のままであることに気付いてうろたえる。


「ご、ごめんなさい、着替えていい?」

「ふふ、いつ気付くのかと思ってたわ」

「トリエ、やっぱりちょっと意地悪だよね……」

「あら。わたくしは少し貴方を試していただけよ」


 ヴィルトリエはにっこりと微笑む。隠し通路を話しながら進んでいたおかげか、だいぶ敬語を使わないことには慣れてきたけれど、彼女の性格にはまだ慣れる気がしなかった。


「それと、着替えるならこれをどうぞ」

「え?」


 言われるまま、ヴィルトリエが自分の革鞄から取り出した服を受け取る。驚くほど肌触りがいい。それに、むらのない、綺麗に染められた薄い緑色。


「あ、あの、これ、高いんじゃ……」

「そうでもないわよ。裕福な商人が買うような服だもの」

「やっぱり……」


 おろおろと怯えていると、ヴィルトリエがため息をついた。


「ドレスどころかワンピースに怯える人なんて、初めて見たわ」

「だ、だって私、こんなに高そうな服着たことなくて……。その、いい服じゃないと駄目なの?」

「ええ、駄目」


 マナミの問いに、ヴィルトリエがはっきり頷いた。


「わたくしと並んで、違和感を抱かれたくないの。金持ちと貧乏人が並んで歩いていたら印象に残ってしまうでしょう? そこから追跡されたら、こんな早くに出発した意味がないわ」

「なるほど。確かに、トリエは王女だもんね」


 ヴィルトリエの答えにマナミは納得する。騎士服のヴィルトリエに並んで歩くなら、この服でも分不相応に思えるくらいだ。マナミの持っている服なんて全部釣り合わないし、そんな二人組がいたら、マナミだって不思議に思ってしまう。

 そう思っていたのに、ヴィルトリエは思い出したように告げた。


「ああ、言い忘れていたわ。わたくし変装するの」

「へ?」


 ぽかんと困惑するマナミに、ヴィルトリエは革鞄から焦げ茶色のかつらを取り出す。


「このまま街に向かったら、わたくしの足取りなんてすぐ分かってしまうでしょう? だから平民のフリをするの。似た髪色だから姉妹設定でも通りそうだけれど、まあ友人でいいかしらね」

「ゆ、友人がいいかな……」


 さすがに、ヴィルトリエのことを「お姉ちゃん」なんて呼ぶ勇気はマナミにはない。


「さて、時間もないし、さっさと着替えましょう」

「うん、分かった」


 ともあれ、マナミが高価そうな服を着ることは免れそうにないので、諦めてヴィルトリエに従うことにする。辺りを見回したが、木々が隠してくれているし、そもそもこんな早朝に出歩く人もいないようだ。ヴィルトリエもさっさと服に手をかけている。それでも念のため、手早く服を替えた。

 薄緑色のワンピースは、なめらかで着心地がいいのにしっかりしていて、本当に自分が着ていいものなのか不安になる。でも、ヴィルトリエが着ていた騎士服よりは庶民っぽい格好だろうか。そこまで考えて、マナミはふと疑問を抱く。


「トリエ、そういえば、なんで王城で――」


 振り向いたマナミが見たのは、ヴィルトリエが結んだままの自分の髪を掴み、ナイフを添えている姿だった。


「――えっ、ちょっ、な、なにしてるの!?」


 マナミの悲鳴に構わず、ヴィルトリエがナイフを振るう。肩ほどでばっさりと切られた髪が、ヴィルトリエの手元に残った。


「長すぎると、かつらに入らないのよ」

「だ、だからって……」

「本当はもっと短くしたいところを譲ってあげたのよ。前に散々叱られたし」

「それは切った長さ関係ないと思うけど!?」


 マナミの様子に、ヴィルトリエはくつくつと笑う。肩ぐらいの長さになった髪が揺れた。下ろしたら胸くらいだろうか。


「ところでマナミ、何か言いかけていなかったかしら?」


 話を逸らされた気がしたが、おとなしくマナミは聞いた。


「うん。トリエ、どうしてここで着替えてるの? 城で着替えてから来ればよかったのに」

「ああ、そのこと」

「それに、髪も。ここで切ったのはどうしてかなって。……いや、そもそも切るのはもったいないと思うけど……」


 昨日のヴィルトリエのドレス姿を思い返し、マナミは残念に思う。隅から隅まで輝いているような髪なのに、こんな雑に切ってしまっていいのだろうか。


「安心しなさい。必要になったら伸ばすわ」

「伸ばすって、そんな簡単に……」

「魔法なら簡単にできるでしょう?」


 当たり前の事のように言われ、マナミは目を丸くした。確かに。


「そんなこと、考えもしなかった」

「あら、王都や中央では常識よ? もっとも、制御が難しいから属性魔法使いに頼む人が多いけれどね。わたくしもあまり得意ではないわ」

「そうなの?」


 意外に思い聞き返すと、ヴィルトリエからじとりとした目を向けられた。


「貴方、わたくしがなんでもできると思っていて?」

「違うの?」

「……違うわ。もしそうだったなら、お父様から容赦なく二人旅をもぎ取っていたわよ」


 調子が狂ったように、ヴィルトリエがため息をつく。


「わたくしは国の未来を守る騎士。そうやって生きてきたから、戦いに使う魔法はうまく扱えるけれど、それ以外は人並みなの。属性魔法を使えるほど理解もしていないしね」

「そうなんだ……」


 言われてみれば、変装だって、かつらを用意するより魔法で髪を染めた方が簡単だし、バレにくいだろう。それをしないということは、きっとヴィルトリエにはできないということだ。ここまで来る道中も、ヴィルトリエ自身の魔法と言うより、元々仕掛けられていた魔法を発動した形だった。マナミが思うほど、彼女は魔法の腕を磨いていないのかもしれない。


「話がそれたわね。で、着替えだったかしら?」

「あ、うん」


 肯定すると、ヴィルトリエは右手で髪を梳きながらため息をついた。


「実はあの通路、きちんとした身なりでないと通してくれないのよ」


 想定外の答えに、マナミは戸惑う。


「隠し通路って、なんか、逃げ出すときのために使われそうだけど……」

「ええ。そのつもりで作られているはずよ。けれどどうも、変装して悪用した王族が何人かいたらしくて。それで身分を隠さず、王族としてふさわしい格好で通らないと道が開かない仕組みに変更されたそうなの。それ以来、悪用する王族はいなくなったそうよ」

「わ、わぁ……」


 今更だが、これ、一庶民の自分が聞いてよかったのだろうか。マナミは内心冷や汗をかいた。


「あと髪については、痕跡を残したくなかったから城では切らなかったの。というわけで、ちょっと穴を掘ってもらってもいいかしら?」

「証拠隠滅に巻き込まないでください……」

「人聞きの悪いことを言わないで。肩慣らしさせてあげるだけよ」

「ふぇ?」


 首を傾げるマナミの右肩を掴み、ヴィルトリエは口を開く。


「『どうかこの者に力を、速さを、体力を与えたもう』」

「ひゃっ!」


 一瞬、燃えるような熱さが身体を駆け巡り、マナミはうろたえた。残り火のような温かさが全身に広がり、力が湧き上がっていく。


「こ、これ、身体強化魔法……?」

「ええ。今日は戦うこともないだろうから、魔力を使っても問題ないでしょう。使った魔力量から計算すると、たぶん、アフュサスに着くまでは保つと思うわ」


 ヴィルトリエが革鞄を漁り、スコップをマナミに差し出す。


「で、ちゃんと魔法がかかっているか確認してもらえる?」

「……分かった」


 釈然としないが、身体強化魔法以外の代案も思いつかないので、諦めてスコップで穴を掘る。魔法のおかげで苦労せず、瞬く間にちょうどいい深さの穴が完成した。


「魔法は大丈夫みたい」

「よかった。他人にかけるのは初めてだったから、心配だったのよね」

「そ、そっか……」


 一応、マナミがいないと魔王を倒せないはずなのだが、もし失敗して万が一のことがあったらどうするつもりだったのだろう。頬を引きつらせながら、マナミは切り落とした髪を穴に入れ、土を埋め直すヴィルトリエを見守った。


「さて、これでひとまず準備は整ったわね。じゃあ改めて、アフュサスに向かいましょうか」


 ヴィルトリエの言葉に頷いて、マナミは歩き始めた彼女を追った。

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