表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
少女マナミは歩き続ける  作者: 佐和森飛鳥
1章 勇者一行の始まり
5/37

4話 旅立ち

「これからしばらく一緒に過ごすのだから、伝えておくわ。わたくしにとって、一番守るべきものは王族よ」


 ヴィルトリエはそう断言した。マナミはごくりと唾を飲み込む。


「わたくしが一番恐れているのは、手薄になった王城を強襲され、お父様や王妃様、エドリートを失うこと。もちろん民は守るべき存在だけれど、民を導く存在である王がいなければ、国の未来はない。だからわたくしは、国の戦力である騎士を一人でも多く、この地に残しておきたいの」

「……昨日も言ってましたけど、エドリートって?」


 マナミの疑問に、ヴィルトリエは呆れた顔をした。


「わたくしの弟よ。そんなことも知らなかったの?」

「ご、ごめんなさい……」

「ちなみに、正確に言うと異母弟ね。わたくしの母は前の王妃だから」

「えっ、王妃様、二人目なんですか!?」

「……本当に何も知らないのね。むしろ気が楽になったわ」


 気が緩んだように王女が笑う。それにつられて、マナミも肩から力が抜けた。


「それで、納得した?」


 ヴィルトリエはそう問いかけてから、また壁に手を当て呪文を唱える。壁の先には隠し階段があり、彼女はつかつかと足を踏み入れた。絨毯は地面と平行のまま浮かんでいたが、マナミは念のためバランスを取り直す。


「もし納得できないなら、命をもって反抗してもいいわよ?」

「それ、魔王倒せなくなるんじゃ……」

「貴方ができる対抗手段なんて、それくらいしかないでしょう」


 確かに。王女の言葉に内心頷きつつ、マナミは答えた。


「納得は、しました。でも……」

「二人旅は心配?」

「えっ、は、はい!」


 言い当てられ驚くマナミに、ヴィルトリエは頷いた。


「元々は貴方も戦える想定での計画だから、そう思って当然よ。でも安心なさい。雇えばいいの」


 あまりにあっさりと返ってきた回答に、マナミは瞬きをする。


「……誰を?」

「誰って、傭兵を」


 階段を降り続けながら、至極当たり前のことのように王女は言った。


「組織に属すのを好まない、自由気ままな戦いの猛者。金を積めば、相手がどんな人間だろうが雇われる仕事人。南部で戦ったとき力を貸してもらったけれど、わたくしにも匹敵するほど強い者だって何人もいたわ」

「な、なるほど……」

「幸い、自由に使える金銭はいくらでもあるから、安全第一の傭兵でなければ雇えると思うわよ。もっとも、都市も彼らを雇いたいでしょうし、性格や相性もあるから、雇えて一人か二人だと思うけれど」

「そ、それでも心強いです」


 マナミはほっと息を吐いてから、はっとヴィルトリエに頭を下げた。


「あの、ごめんなさい。考えあってのことなのに、色々説明してもらって……」

「謝る必要はないわ。これから苦楽をともにするのに、田舎の娘と侮って丸め込もうとしたわたくしが悪かったのだから。むしろ、きちんと考えられるのだと安心したくらいよ」

「あ、ありがとうございます……」


 そう言いながら、マナミは改めて王女を見た。階段を降りきった彼女は目の前の壁にまた呪文を唱え、新たな道を切り開いている。その様子に迷いはない。

 国の未来のため、あらゆることを考えて、真っ直ぐ進む王女。


 これから、この人と旅をするんだ。


 マナミはその事実に背筋を伸ばしつつ、絨毯に座り込むしかできない自分に俯いた。






 階段を後にし、現れた通路をヴィルトリエは歩いていく。


「さて、そろそろ今後の予定を話すわね。この通路の出口は王都の外、街道から外れた木立にあるわ」

「そ、そんなに遠くに?」


 マナミは驚く。王城の外に出るとは思っていたが、まさか王都よりも外だとは思ってもみなかった。


「あれ、じゃあ王都門での手続きは……」

「するわけないでしょう。門番の騎士に捕まるだけよ」

「た、確かにそうですけど……」


 王都へ入るとき、王命でもきっちり手続きをしたことを思い出し、マナミは内心頭を抱える。この王女は本当に、目的のためならあらゆる規定をなぎ倒すつもりのようだ。もうその計画に納得してしまったマナミには止められないが。


「続けるわね? その出口は正確に言うと王都より北西、縞鹿(シマジカ)街道の東側にあるの」

「すごく縞鹿がいそうな街道……」

「いるわよ。まあ人が狩りすぎたせいか、隠れ縞鹿ばかりだけれど」

「そうなんですか、よかった」


 縞鹿は臆病な反面、追い詰められると群れを守るため何匹かが暴れ出す習性がある。しかし相当警戒度を上げた状態、つまり隠れ縞鹿なら、下手に近づかなければ害は全くない。暴れてもどうにもならないと思うのか、遠くから矢で仲間が射られたとしても逃げ出すだけだ。


「その縞鹿街道の先、アフュサスが一旦の目的地よ。王都と西部、北部を結ぶ交易都市。まずはここの傭兵連合支部で、雇えそうな相手を探しましょう。アフュサスより先は安全とは言いがたいし」


 ちなみに、とヴィルトリエは続けて尋ねる。


「マナミ。貴方、身体強化魔法はどれだけ保つの?」

「……さ、三分……」

「は?」


 唖然とした声に、マナミは肩を落とす。


「ご、ごめんなさい」

「……いいわ、最悪わたくしが担げばいいもの」

「か、担ぐって、そんなこと」

「言っておくけれど、この絨毯、目立つから置いていくわよ」


 ヴィルトリエの告げた言葉に、マナミは慌てる。


「ア、アフュサスまでどれくらいなんですか!?」

「夕方前には着く予定よ。身体強化魔法を使えばね」

「え、ええっと……」


 担がれるしかなさそうだ。しゅんとするマナミに、ヴィルトリエも息を吐く。


「わたくしも甘かったわ。こんな状況に備えて、一陣馬いちじんばに乗りこなせるようになっていればよかった」

「一陣馬、ですか?」

「貴方、一陣馬の馬車に乗ってきたのではなくて?」


 ああ、とマナミは頷く。名前が分からなかったから、すごく速い馬と呼んでいた。


「まあ、それは出口に着いてから考えましょう。ところで、マナミ」

「は、はい」

「いつまで敬語を使うつもり?」

「ふえっ?」


 王女の言うことが飲み込めず、マナミは固まる。ヴィルトリエはそんなマナミをちらりと見た。


「わたくしは確かに王女だけれど、これからは貴方と運命をともにする旅の仲間よ。そんなかしこまられても困るわ」

「でっでも、誰かに注意されたら」


 マナミの不安も、ヴィルトリエは一蹴する。


「わたくしが許したのだから問題ないわ。お父様だって気にしないでしょう。そもそも、王城を出た時点で、わたくしは王女と言うより騎士として振る舞うことにしているの。だから貴方と同じ、国王陛下から命を受けただけの民よ。立場は一緒でしょう?」

「そ、それは……」


 ヴィルトリエは、マナミが断ることを考えもしていないように微笑んでいた。とはいえ、黙って従わせるような圧があるわけではない。あくまで我儘で、絶対の命令ではないようだ。でも確かに今後を考えると、ヴィルトリエの言う通り、かしこまって距離を置くべきではないだろう。


「……じゃあ、王城を出たら……」


 とはいえせめて心の準備を、と期限付きで答えたマナミに、王女がきっぱり告げる。


「あら、もう出たわよ」

「えっ!?」


 いつの間に、ときょろきょろ辺りを見回すマナミに、ヴィルトリエは可笑しそうに笑った。


「さっきの階段、降りたところがちょうど城壁くらいかしら。今歩いているのは王都の下ね」

「も、もうそんなに……」


 ずっと絨毯に乗っているせいか、それとも淡光石の壁が延々続いているせいか、マナミは全然気が付かなかった。


「それで?」


 ヴィルトリエが楽しそうに催促する。もしかしたら旅の中で、自分は何度もこうやって王女の我儘を聞くのかもしれない。マナミはなんだか自棄になって口を開いた。


「その、努力するね、えっと、ヴィ、ヴィル……」

「トリエ」

「へ?」


 マナミはぽかんとヴィルトリエを見る。彼女も首を傾げてこちらを見ていた。


「長くて面倒でしょう? トリエでいいわ」

「……分かった。と、トリエ」


 おずおずと話すマナミに、ヴィルトリエはにこりと笑みを浮かべた。


「よかったわ。貴方が簡単に丸め込めやすい人で」

「ひ、酷くないですか!?」


 敬語での抗議を気にも留めず、ヴィルトリエはマナミに向けて片目を瞑る。


「改めて。これからよろしくね、マナミ」


 マナミは少し迷ってから、ふわりと微笑む。


「よろしく、トリエ」


 マナミの旅が、ようやく始まった気がした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ