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少女マナミは歩き続ける  作者: 佐和森飛鳥
2章 港町怪盗騒動
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22話 コルカッツェ家へ

「ああもう、わたくしたちも行くしかないじゃない!」


 片手で頭を抱えるヴィルトリエを横目に、セレンが残っていた干し果実を平らげた。


「もぐもぐ……いやぁ、仕方ないね。ローザ、道案内頼める?」

「もちろん! イリアの……コルカッツェ家にいる影の子のことも気になるし。王女殿下に命じられたのなら、メイドとしても問題ないよ」

「そうね。ではローザ、わたくしたちを至急コルカッツェ家まで案内なさい。貴方の主人には、わたくしから話を通すわ」

「仰せつかりました、王女殿下」


 流れるように頭を下げたローザに頷きを返し、ヴィルトリエはこちらに目を向ける。


「ほらマナミ、呆けてないで支度して。全員で向かうわよ」

「え、ええと」


 その鋭い目に、マナミは素直に白状した。


「その、どうしてコルカッツェ家に行くことになるのか、分かってなくて……」

「ちょっとマナミ、まさかヌイが別の場所に向かったと思ってるの?」


 マナミは慌てて付け加える。


「そ、そこは分かってるよ。ヌイはコルカッツェ家に、罠として仕込まれた宝石を盗みに行ったんだよね? でも、それだったら待ってた方がいいんじゃ……」


 呆れた表情で、ヴィルトリエがため息をついた。


「要するに、ヌイと同じく、事実として受け取ったわけね?」

「へ? だってみんな話して……」

「ええ、話していたわ。可能性の話としてね」


 ヴィルトリエの言葉に、さっと頭から血の気が引く。


「そ、それじゃ、宝石が仕込まれてないかもしれない、ってこと……?」

「理解が早くて助かるわ。まあ、罠として仕込まれた宝石がなくとも、元々コルカッツェ家が所有している宝石はあるでしょうね」

「あ、じゃあもしかして、それをヌイが間違って盗まないように?」

「それはもう止めようがないわよ。だからわたくしたちにできるのは、この事態を少しでも好機に変えることだけ」

「好機……?」


 マナミは首を傾げたが、ヴィルトリエは時間がないから、と話を打ち切り、足早に支度を始めた。代わりに答えたのは、手早く準備を終えたらしきローザだった。


「今の状況って、下手をすれば王女殿下やみんなにとって悪い展開になりかねないんだよね。だから、それを良い方向に変えるために行動しようってことだよ!」

「ええっと……ヌイが罠じゃない宝石を盗んで、泥棒として捕まっちゃう、とか?」

「そうそう! それに、ヌイさんが噂されていた怪盗なんだ、ってことになって冤罪をかけられたり、そんな人を仲間にしていた王女殿下の能力が疑われたりと、色々思いつくよね!」

「ひえっ」


 ローザが語った内容は、確かに最悪の展開だ。そうなるかもしれないなら、そうならないように動かないといけないのも、せっかくならもっと良い展開に変えようとすることも理解できる。どんなにヌイが優れた能力を持っていたとしても、不測の事態はいつだって起こり得るのだ。


「マナミ、支度は?」

「は、はいっ!」


 ヴィルトリエの指摘に、マナミは急いで手荷物をまとめる。といっても、ほとんど鞄に入れたままなので、たいして時間はかからない。首元には、ちゃんと助け笛も掛けられている。


「トリエ、準備できたよ」

「そう。じゃあセレン、担いで」

「はいはーい」


 え、と声を挙げる間もなく、以前のように担がれる。セレンが背負っている斧が間近に迫って、マナミは思わず口を開いた。


「いや、あの、せめて一声」

「少し考えたら分かるでしょう。それよりローザ、貴方は大丈夫よね?」


 マナミの意見を一蹴し、ヴィルトリエが尋ねる。


「もちろんです。王家の影として、魔法は修練しております」

「ならいいわ。それと、到着後は例の影に接触を図りなさい」

「無論でございます。メイドとしても知り合いなので、不自然ではありません」

「そう。それなら任せるわね」


 迷いなく、足音が扉へと向かう。その後を追うように、セレンが足を踏み出した。


「二人とも、部屋から出たら、一気に走って。もしビゴールが止めてくるようならわたくしが請け負うから、そのときは先に向かいなさい」

「分かった。コルカッツェ家に着いた後はどう動けばいい?」

「騒動が起きていれば介入して。起きてないなら、こっそりヌイと合流しつつわたくしが訪問する先触れとなりなさい。筋書きはこの後分かるわ」

「はーい。マナミも大丈夫?」

「う、うん」


 正直なところ、長時間だとバランスを崩してしまいそうな予感がするので、なけなしの魔力で身体強化しようとマナミは思った。


「あとはそうね、さっきの話し合いで出てこなかったけれど、魔王や魔物に気をつけて」

「えっ」


 思いもしなかった言葉に、マナミは目を瞬かせる。


「当然でしょう、わたくしたちがエラファウェに来たのは、魔物の噂による誘導があったからよ。どこに魔王の罠があってもおかしくないわ。この騒動にだって関わっているかもしれない。だからセレン、マナミをお願い」

「大丈夫、分かってるよ。ボクに任せて」


 二人のやり取りに、じわり、と緊張感が広がっていく。魔王の罠のことを、忘れていたわけじゃない。でも、心の隅に除けていたその事実が、マナミの体をこわばらせる。今にも魔物が襲ってきそうな気さえして、マナミは一度、ぐっと目を閉じた。


「さて、じゃあ行くわよ。さっさと連れ戻して、伝説の怪盗との関係でも話してもらいましょう」


 その言葉とともに扉が開き、全員が走り出す。瞬く間に階段を下り、廊下を駆け、一路玄関ホールへ。


「お、王女殿下!? な、何事でしょうか!?」

「緊急事態よ。わたくしの仲間が、ある方角に特殊な魔法の気配を察知したの。噂の怪盗かもしれないわ」


 ヴィルトリエが立ち止まり、早口でビゴールに答える。セレンとローザも一旦速度を落としたが、足を止めずに扉へと向かった。


「なんと、それはとんでもないことで! ですがもう夜、王女殿下が外に出られるなら、せめてわたくしめがお供を――」

「なら、わたくしの仲間なら構わないわね? 実は既に一人、先に向かわせているの。だから彼女たちにも後を追ってもらうわ」

「いや、でも――」


 勢いよく、玄関の扉が開かれる。ざあっ、と強い風が吹き込んだ。ヴィルトリエの黄土色の瞳が、不敵な笑みが、マナミたちへと向けられる。


「セレン、行きなさい」

「はーい、仰せのままに!」


 ビゴールの屋敷が、あっという間に遠くなる。マナミは斧に当たらないよう気をつけながら、セレンの体にしがみついた。

 夜の街に、二人分の足音が響く。それを気にしてか、ローザは特に声を出すことなくセレンを先導しているようで、マナミは急に曲がっても声を上げないよう、必死に口を結んだ。マナミの見る限り、異変はない。まだ営業している店があるのか、遠くからざわめきが聞こえるくらいだ。


 磯の香りが強くなってきた頃、ようやくセレンたちの足が止まった。ドマシック家の屋敷がある住宅街と同様、裕福な人たちが住んでいるような場所だ。違いがあるとすれば、こちらの方が少し狭く、それでいて屋敷も庭も豪奢なところだろうか。


「次の角を左に曲がった先が、目的地でございます」

「分かった。マナミ、下ろすよ」

「うん、ありがとう」


 地面に降り立ち、マナミは少し息を整える。それからセレンたちと顔を見合わせ、耳を澄ませた。


「騒ぎにはなってなさそう、かな?」

「そうだね。ヌイが結界を貼ってたら分からないけど」

「え、いや、だって貼りっぱなしだったのに……」


 そう言いつつ、マナミは否定できなくて口ごもる。滞在している部屋にヌイが貼った防音の結界は、ヌイが出て行っても、消えた様子はなかった。消えるときは一瞬闇が広がるから、たとえマナミが気付かなくても、誰かが気付いたはずだ。現にローザは部屋を出るまで、ずっと王家の影かつセレンの妹として振る舞っていた。

 結界は、維持するために少しずつ魔力を消費していく。マナミの魔力量ではどんなに小さくても一瞬で消えてしまうので、どれくらいの量かは分からない。けれど、やはり長時間貼り続けるのは負担になるらしい。だから、その状態で更にもう一つ結界を作って負担を増やすなんてあまり考えられない。そう、考えられないのだが、相手はヌイだ。闇の属性魔法使いで、魔力量が多いのか、今まで躊躇うことなく魔法を使ってきた少女。


「少し様子を見て参りました。見たところ、警備の者も落ち着いておりましたので、騒ぎにはなっていないかと存じます」

「そっか。ありがとうローザ!」


 マナミが頭を悩ませているうちに、ローザが動いていたらしい。気付かないほど集中してしまったことを反省しつつ、マナミは口を開いた。


「じゃあ、これからトリエが来るって伝えに行けばいいんだよね?」

「はい、王女殿下はそうおっしゃられておりました」

「ヌイと合流できるかは正直分からないけど、ヌイならいつの間にか混ざってるかもしれないし、ひとまず進もうか。合流する様子がなかったら、そのときまた考えよう」


 それでいいのだろうか、とは思ったものの、マナミもそんな気がしていたので何も言い返せなかった。でも、魔王の件もある。マナミは気を引き締めて、歩き出すセレンに続いた。


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