表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
少女マナミは歩き続ける  作者: 佐和森飛鳥
2章 港町怪盗騒動
36/37

21話 夜の闇に溶けて

「……そう、噂の現状は把握したわ」


 ビゴール邸での夕食後、マナミたちの報告を聞き、ヴィルトリエが軽く頷いた。一緒に聞いていたローザも難しい顔をして、軽食として用意した干し果実をかじっている。ランタンの灯りのもと、証言の紙束をパラパラとめくったヴィルトリエは、ため息交じりにこちらへ問いかけた。


「一応聞いておくわね。ニーノ・コルカッツェの印象は?」

「まあ、犯人ではないと思うよ。本当に印象だけだけど」


 干し果実をつまみながら、セレンが答える。


「自画自賛発言を除けば、わりとまともなこと言ってたんだよね。他の噂のこととか」

「うん、私もそう思う。最初はびっくりしたけど、証言を書いてみたら、別におかしいところはなくて。……自画自賛以外は」


 たぶんだけれど、良い噂があまりないらしいのは、あの自己陶酔溢れる言動からだろう。マナミだって、きちんと発言を思い返さなければ、自己愛に狂っている人という印象しか残らなかったと思う。


「それに、もし本当に伝説の怪盗みたいなことが出来るなら、堂々と公言してそう。噂で広めるんじゃなくてさ」

「あ、でも伝説の怪盗とも名乗らないんじゃないかな。伝説の怪盗の再来、じゃなくて、全く別の、唯一の存在として名乗りそうというか」

「あー、分かる! そんな感じするよね!」

「あたしも分かる! お姉ちゃんもマナミさんも、けっこう人を見る目あるよ!」

「……とりあえず、中々印象深い人物ということは分かったわ」


 盛り上がるセレンとマナミとローザを、ヴィルトリエが呆れ顔で眺める。それから視線を、黙ったままのヌイに向けた。


「それで、ヌイはどう思って?」

「面白い。輝いてた」

「貴方ね……」


 はぁ、と息を吐き、ヴィルトリエはローザが淹れた紅茶へと手を伸ばした。


「まあいいわ。聞いた限り、わたくしが得た情報の方が誤っていそうだから」

「へ、それって……」

「ええ、貴族たちと、調査担当の騎士から聞いた情報よ」


 マナミが驚いている間に、ヴィルトリエが紅茶を一口啜る。それから、ローザに声をかけた。


「ねえ、ローザ。先に聞いておきたいのだけれど、エラファウェの貴族と造船業は仲が悪いのかしら?」

「はい、その通りです。先祖代々この地に根ざし、その使命から敬われてきた貴族と、近年規模を広げ、エラファウェの発展に大きく寄与した造船業。どちらもこの都市においては大きな影響力を持つ立場となりましたが、だからこそ、互いに相容れない関係となってしまいました」

「えーっと、もしかしてよくあるやつ? 古い伝統を大事にする貴族と、新しい伝統を作ろうとする造船業、みたいな」


 セレンの問いかけに、ローザは曖昧に笑った。


「うーん、セレンお姉ちゃんが言ってるのも、間違ってはないんだけど……」

「そうね、それくらいならまだ擁護のしようもあったのでしょうけれど。残念ながら、もっと即物的な話だと思うわ」

「あっ、やっぱり王女殿下はお分かりだったんですね。さすがです」

「今日一日、ずっと彼らの会話を聞いていたのよ? 嫌でも分かるわ」


 また紅茶を口にするヴィルトリエに、マナミは首を傾げた。


「即物的、ってどういう……?」

「要するに、金銭や利害関係の話なの。そうでしょう、ローザ」

「はい。エラファウェでは昔から、貴族に商品や金銭を渡すことで、便宜をはかってもらう商人がいました。貴族御用達、という触れ込みで、信用や商会内の地位を得ていたのです」

「えっ。あ、そっか。王城のと同じってことだよね」


 生まれ育った村では縁がなさすぎて動揺してしまったが、最高級品を王城に献上するのと同じなら理解できる。こくこくと頷くマナミに、ヴィルトリエがおかしそうに笑った。


「悪いけれど、エラファウェのは少し違うわ。でしょう?」

「王女殿下のご想像の通りです。エラファウェでは代々この仕組みを受け継ぐうちに、貴族に献上することが当然となってしまったようなのです」


 ローザの言葉に、マナミは固まった。


「い、良い商品じゃなくても……?」

「そうだよ。もちろん明確に取り決められてたわけじゃないから、献上しなくても怒られない。でも、献上してる商人が大多数で、しかも顔見知りしかいないような小さな港町だったから、献上しない人は、変な目で見られていたみたい」

「あ、これボク分かっちゃった。造船業……いや、コルカッツェ家かな。彼らは献上してなくて、かつ街が発展するほど成果をあげたから、貴族や献上してた商人たちに嫌われてるんだ」

「結論を出すのが早いわよセレン。まあ、おそらく合っているのでしょうけれど」


 セレンの発言と、ヴィルトリエの薄い微笑みに、マナミは内心頭を抱えた。


「セレンお姉ちゃんにほとんど言われちゃったけど、うん、大正解! コルカッツェ家は元々漁師だったんだけど、先代――ニーノ・コルカッツェの祖父が造船業を始めたの。なんでも、他の港湾都市で造られた船に感銘を受けて、わざわざその船を造った人に弟子入りしたんだって。だから商売の常識もその都市のものを受け継いでいて、貴族達に何も献上しなかった。そのせいか、先代ではそこまで業績は伸びなかったんだけど、今の代――つまりニーノ・コルカッツェの父は商才があったのか、メキメキと販路を広げていってね。それにつられて、街に色々仕事が増えていって、住民が増えていって、献上を知らない商人も増えていって」


 一呼吸置いて、ローザは続けた。


「結果、新参者たちに追い抜かれて苛立っている貴族派の商人たちと、いつまでも古いやり方に固執する彼らに白い目を向ける新興派の商人たちとで分かれてしまったわけです」


 説明終わり、とローザは干し果実を手に取る。いつの間にかセレンが食べていたのか、残り少なくなっていたので、マナミもそっと手を伸ばした。


「やっぱり、そういうことだったのね。造船業への発言が全て悪意あるものだったから、そうだとは思っていたけれど」

「あー、誤った情報ってそういうことか。って、騎士もそう言ってたの?」

「ええ。噂と同じく、犯人最有力候補らしいわよ。どう考えても貴族たちの協力者だから、裏切者でしょうね」


 冷ややかな目で、ヴィルトリエは笑みを浮かべた。


「さて、伝えておきましょう。ビゴール以外の貴族たちだけれど、二家とも盗まれたと主張していたわ。警戒されないよう、一晩で一気に盗んだのだろうと推測していたわね。まあ嘘でしょうけど」

「では、貴族たちは全員黒である可能性が高いですね。協力感謝いたします」

「構わないわ。裏切者がいる以上、探るのは難しいでしょう。わたくしが来たからこそ、派手に動いているのでしょうし」

「……でも、なんでだろう」


 マナミはぽつりと呟いた。脳裏に、不安そうだった街の人たちの姿が浮かぶ。


「なんで、トリエが来たからって、動く必要があったんだろう」

「んー、抜き打ち検査かと思ったとか?」


 セレンが紅茶片手に首を捻った。


「トリエは王女だから、秘宝を見せろ、って言われたら断れないじゃん? なら盗まれたことにしないといけないけど、そしたらどうしてすぐに報告しなかった、ってなるよね。だからここ数日で盗まれたことにした。じゃない?」

「そうね。あとは……あまりにも意図を感じるから、もしかしたら、犯人をニーノ・コルカッツェだと確定させたいのかもしれないわね」

「えっと……意図って、噂のこと?」


 マナミの質問に、ヴィルトリエは肯定を返す。


「ええ。それと、あとわたくしへ向けた露骨な評判下げね。騎士なんて、『近いうちにコルカッツェ家の屋敷を改めるつもりです。秘宝が見つかるかもしれないので、王女殿下も同行して構いません』なんて言っていたわ」

「うわぁ、そんなことしたら、ほぼ犯人扱いじゃん。秘宝が見つからなくても、どこかに隠したって言い張ればいいわけだし」

「そこまではいかないよ、セレンお姉ちゃん。騎士全員が裏切者ってわけじゃないから、もし屋敷を調べるなら、他の候補も同じく調べるはず。それでどこにも盗まれたものがないなら、むしろ内部犯寄りの意見が増えるんじゃないかなぁ」

「それなら、確実に犯人にするためには、盗まれた実物が見つかる必要があるということね。……まさかとは思うけれど、これ、本当にコルカッツェ家を陥れるだけの計画とか言わないわよね? その場合、コルカッツェ家に間者がいて、盗まれた宝石が仕込まれている可能性まであるのだけれど」

「安心してください、王女殿下。横領の誤魔化しが第一目的だと思われます。けれど、その可能性はあり得ますね。コルカッツェ家にも王家の影がいるのですが、彼女は裏切者疑惑のある影に拾われた子なので、一緒に裏切っていてもおかしくないです」


 ヴィルトリエたちの推理に、マナミは頭がくらくらした。追いつけない。話についていくだけで精一杯で、マナミは意見の一つも言えそうになかった。

 ふと、ずっと黙っているヌイを見る。彼女は目を伏せたまま微動だにせず、ヴィルトリエたちの会話を聞いていた。


「あ、ローザ、もしかして影って、黒いリボンが目印だったりする? 今日ニーノと一緒にいたメイドさん、黒いリボンを着けてたんだけど」

「……違うけど、その子が影なのは合ってるよ。あたしとお揃いにしたの。それで、たぶん裏切者。影はお互い自分の立場を把握し合っているんだけど、その子は下級メイドのはずで、仕えてる相手のそばに控えたりなんてしない。間違いなく申告を偽ってるし、それに協力してる影も数人いるかも」

「頭が痛いわね。仕込まれるのが宝石ならいいけど、秘宝だったら笑うどころではないわ。屋敷を調査する前には仕込まれているとして……」

「もしかしたら、もうあるかもしれないね。ヴィルトリエが来たから動いたっていっても、怪盗の噂自体はその前からあったわけだし」

「だとしたら、なおさら対処が難しいわね。盗まれたものがそこで見つかったとしたら、コルカッツェ家を陥れる罠だと主張しても信用されにくいもの」

「……見つからない、一番?」

「ええ、そうね……って、ヌイ?」


 ヴィルトリエが目を瞬かせる。彼女だけでなく全員が、突然口を開いたヌイに驚いていた。それに構わず、ヌイが静かに宣言する。


「面倒。盗んでくる」


 くるりと、ヌイが身体を翻す。黒い髪がふわりと舞って、軽やかに、彼女の姿が窓の向こうに消える。


「――ま、待ちなさいヌイ!」


 開いたままの窓に駆け寄るヴィルトリエに、マナミも我に返る。遅れて駆け寄った窓の外に、あの小柄な少女はどこにもいない。まるで夜の闇に溶けたかのように、一瞬で姿をくらませていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ