20話 ニーノ・コルカッツェ
『ああ、最近よく聞くやつだね。金目の物を盗むんだろ? 全く、嫌になっちまうね。庶民じゃ金庫も高いっていうのに』
『うちの商店もピリピリしてるよ。なんせ、こないだ儲けを出したばっかりでなぁ。ほんとなら宴会のひとつも開いてただろうに、傍迷惑な騒動だぜ』
『昨日はお貴族様がやられたって聞いたな。商人なんぞよりよっぽど厳重に守っていただろうに、盗まれちまうとは……』
『あんたらも用心した方がいいぜ。俺が聞いた話じゃ、怪物の仕業って言ってたからな。ほら、船が行方不明になったのもそいつのせいだそうじゃないか』
『ううん、バッジがあるなら信頼できるんだろうけど……。正直、よそ者が犯人だと思うのよね。きっと、エラファウェの発展が妬ましいのよ』
聞き込みは、思っていたよりも順調に進んだ。といっても、ほとんどセレンが対応してくれたので、マナミはその隣で、ただ必死に証言を書き留めていた。ヌイは怪しまれるといけないから、と離れたところで周囲を警戒してくれている。
「マナミ、そろそろ切り上げよ。日も傾いてきたし」
「あ、うん、分かった」
セレンの言葉に、マナミはきょろきょろとヌイの姿を探す。それに気付いたのか、ヌイが近くの路地裏からごく自然に歩いてきた。
「あっ、ヌイ何食べてるの!?」
「むぐ……。イカ、姿焼き」
「どこで売って……あっち? ちょっと買ってくる!」
そう言って、セレンが瞬く間に屋台へ駆けていく。マナミは苦笑して、手元の紙束に目を落とした。
「怪しい、あった?」
「うーん、犯人だと挙げられている人は何人かいるけど、やっぱりどれも不確かというか、信用しきれない感じがするなぁ」
ひょい、と覗き込んできたヌイにそう返して、マナミはちいさく息を吐いた。
「犯人だけじゃなくて、盗む対象とか、盗まれ方とかも色々あることないこと噂されてるみたいで。……いやその、噂って本来、そういうものだけど」
「対象、宝石じゃない?」
「一番多かったのは、金目の物、かな。ちゃんと宝石類が盗まれたって噂もあるんだけど、どちらかといえばお金とかも含めてる噂が広がってる気がする」
「……伝説の怪盗、お金盗まない」
「うん。でも詳しい人も少ないみたいで。ほら、本物の伝説の怪盗は大都市狙いで、エラファウェには来なかったって言ってたし」
もちろん、その発言元はビゴールなので、嘘という可能性はある。ただ、エラファウェが発展し始めたのは本当に近年のことで、伝説の怪盗が表舞台から姿を消した後らしい。だから当時エラファウェが小さな港町だったというなら、伝説の怪盗が遠い他人事で、その特徴を正確に把握していなくても全くおかしくない。
マナミは顔を上げ、目の前の街並みを眺める。もうすぐ日が暮れるというのに、道行く人々は皆疲れを見せず、笑顔さえ浮かべている。あちこちにある屋台からは香ばしい匂いが漂い、客達が、明るい顔で買い込んでいく。
「……みんな、不安そうだった」
聞き込みするまで、マナミはこの活気を、陽気さをそのまま受け取っていた。発展めざましい都市だからと、この喧噪を、交易都市アフュサスと同じように考えていた。
この明るさは、不安の裏返しだ。怪盗の噂を憂い、怪物の噂に怯え、船の噂に悲観し、それでも日常を維持し続けるための、精一杯の抵抗だ。
「解決、しないと」
だからマナミは、その不安を取り除かなければ、と思った。
マナミが役に立てるかどうかなんて分からない。仲間達に任せきりで、何もできないかもしれない。ヴィルトリエが、セレンが、ヌイがいれば、マナミが何もしなくたって、解決できるかもしれない。
でも。脳裏に、演奏旅団“巡り風”の子達が浮かぶ。魔物を前に、震えていた彼らの姿が、そして、その不安を拭い去った声が。
マナミだって、勇者一行の一員なのだ。胸を張れる勇者に、なりたいのだ。
だからマナミは、この街のひとときを目に焼き付けた。他の仲間達に半ばついていくだけだったこの騒動に、マナミ自身が立ち向かう理由を見つけたから。
「お待たせ、はいマナミの分!」
「えっ、あ、ありがとう」
戻ってきたセレンに手渡されたイカの姿焼きを、マナミはまじまじと見つめる。魚とは全く異なる見た目に困惑しながら、おそるおそる口へ運んだ。
「……わ、美味しい」
「だよね! ヌイ、すごく屋台選び上手いよ。天才かも」
「愚問。天才」
「げほっ、ごほっ」
「あはは、確かに! 属性魔法使いとしても、斥候としても一流だもんね」
思わぬ返答に不意を打たれ、マナミは咳き込みながらなんとか息を整える。それを横目に、セレンが口を開いた。
「先に聞いておくけどさ、ヌイ、犯人が魔物ってあり得ると思う?」
その問いに、ヌイが首を横に振った。
「ない。魔物、魔力のようなものの塊。知能、持たない」
「マナミを認識して襲ってきたりしてたけど、あれは?」
「何らかの条件。情報不足」
「あー、魔物が考えて動いてるんじゃなくて、魔物がそういう存在として作られてるってことかな」
「おそらく」
魔物と目が合ったことを思い出す。そのときの怯えを振り払うように、マナミは姿焼きをかじった。
「んんー、そっか。ありがとヌイ、トリエに報告するにしても、候補として有力かどうかはちゃんと整理しておきたいと思ってさ」
「えっと、噂が広がってる順だと駄目なのかな」
「多くの人に噂されているからって、それが事実だとは限らないからね。今回の場合、噂をわざと広めてる人たちがいるみたいだしさ」
セレンの返答に、マナミは確かに、と納得する。
「それなら、最有力だって言われてる人も、全くの無実かもしれないんだね」
「そうそう。誰だっけ? えーっと、よく聞いたのは……」
「あ、数えてたからちょっと待って。……ええっと、ニーノ・コルカッツェ。造船業を営む貴族もどきの息子、だって」
マナミは紙束に書いた内容を、改めて目で追った。
「貴族もどき、何?」
「もぐもぐ……。なんか、貴族じゃないのに貴族みたいに振る舞ってるらしいよ。ボクたちも一目見たらすぐ分かるだろう、ってみんな言ってた」
首を傾げるヌイに、マナミは書き留めた内容を伝えた。
「コルカッツェ家の造船業は、エラファウェの発展と一緒に大きくなったみたい。エラファウェは港町だから、造船業は一目置かれるみたいで。だからその中で一番規模が大きいコルカッツェ家は、エラファウェで貴族と同じくらい影響力を持つ家なんだって」
「犯人、何故?」
「えっと、大商人どころか貴族から盗み出す恐れ知らずなんて貴族もどきくらいだろう、って意見が多いかな。今のところ被害の報告がないし、元々あまり良い噂がなかったらしくて」
「だからといって、決めつけはできないけどね。被害の報告がないのは逆に横領してないからで、その影響力を邪魔に思って犯人の噂を流されてるのかもしれないし」
セレンの言う通りだ。マナミは姿焼き片手に読み返しながら、内心頭を抱える。単純でないことが多くて、くらくらしてしまいそうだ。
「マナミ」
「え?」
くい、とヌイがマナミの袖を引いた。顔を上げたマナミに、ヌイが行き交う人々を縫うように指差す。
「あれ」
そこにいたのは、見るからに貴族の装いをした男だった。高そうな布で作られた服には金糸で刺繍がしてあり、指輪や腕輪には宝石が輝いている。けれど不思議なことに、ビゴールほど悪趣味ではなく、どこか気品すら感じられた。豊かな茶色の髪と整った顔立ちは、ともすれば貴公子と呼ばれてもおかしくないように思えた。
そのまま、護衛とメイドとともに歩き去っていくと思われた男――おそらくニーノ・コルカッツェだったが、その視線が不意にこちらを向き、ヌイの指差した手を見つけた。あ、と思う間もなく、ニーノ達がこちらへ歩いてくる。
「おやおや、君たちは……ああ、調査依頼を受けた傭兵かい? なるほど、それならば仕方がないね。僕も今のエラファウェの状況は分かっているつもりだ」
そう言って薄笑いを浮かべたニーノに、ヌイが口を開いた。
「噂、どう思う?」
「ちょっと、ヌイ」
犯人最有力とまで言われている本人に迷わず尋ねるヌイに、マナミは慌てる。しかしニーノは意に介さなかったようで、くつくつと笑った。
「ああ、構わないとも! 調査依頼中の相手に協力するのは、エラファウェに住まう者として当然のことさ。たとえ僕の輝きに目が眩もうと、恐れることはない。なぜなら、それは君たちにも僕の素晴らしさが伝わっているということだからだ!」
どうしよう。言ってることが分からない。
困惑するマナミをよそに、ニーノは続けた。
「さて、噂についてだったね? ああ、まったく聞くに堪えない。船の噂も、怪物の噂もね。半年前に行方不明になった船と怪物の噂を結びつけるなど、僕には到底できない発想だ。恐るべき怪物については、騎士や傭兵に任せるべきだね。残念ながら、僕のこの美貌を失うなんて世界の大損失だから、剣術の類いは習っていないんだ。とはいえ、エラファウェは荒くれ者達も多い。もし人手が足りなくとも、いざというときは彼らも協力してくれるだろう。ふふ、そのときは僕も口添えをするよ。コルカッツェの名を聞けば、誰だって動いてくれるさ!」
にこやかに話し続けるニーノに、ヌイが不満そうに声を上げた。
「噂、違う。怪盗の」
「まあまあ、落ち着きたまえお嬢さん。分かっているとも、この僕が犯人として噂されているのだろう? 実のところ、こうして直接尋ねられるのは初めてでね、少し盛り上がってしまった。何しろ、みな僕の輝かしさに近づきがたいようで、僕は自分の無実を晴らす機会さえ与えられなかったのだよ」
「じゃあ、噂は全くの言いがかりってこと?」
「ここまでくると、僕のこの非凡さは罪なのかもしれないね」
セレンの問いかけに、ニーノが憂い顔で微笑んだ。
「ああ、気持ちは分かるよ。僕のような見目麗しく最高な人間を見て、自分がそうでないことを妬ましく思うのだろう。貶め、汚し、見下したいと願うのだろう。けれど彼らはその嫉妬のあまり、理解していないのさ。僕というこの煌めきは、こんなことでは傷付きすらしないほど素晴らしいのだとねっ!」
ニーノが、ファサッ、と前髪を掻き上げる。袖口の金糸の刺繍が、キラキラと揺らめいた。
「……理解。感謝」
「こちらこそ礼を述べよう。先ほども言ったが、僕に尋ねてくれたのはお嬢さんが初めてだ。調査の依頼主にも、僕のこのめざましい輝きを伝えておいてくれ」
「がんばる」
ヌイの返答に口角を上げ、ニーノはこちらに背を向けた。護衛はすぐついていき、メイドはこちらに一礼してから追いかけていく。そのメイドの髪が黒いリボンで結ばれているのが見えて、マナミはローザのことが頭に浮かんだ。
「……マナミ、今の証言書けた?」
「あ」
あまりの衝撃に忘れていた。マナミは急いで新しい紙を出し、ニーノの言葉を書き綴った。




