19話 不安と動機
だいぶお待たせしてしまいましたが投稿再開します。
更新ペースはしばらく隔週のまま予定です。
翌日。マナミとヌイは、エラファウェの街角で、買ったばかりのパンをかじっていた。揚げた白身魚が挟んであって、なかなか食べ応えがある。これをペロリと平らげたセレンはすごいなぁ、とマナミは彼女が向かった建物、傭兵連合支部を見つめた。
なんでも、調査依頼中という証明があればそこまで不審に思われず聞き込みができるらしいので、それを借りに行っているのだ。ちなみに、依頼主はヴィルトリエということにするらしく、セレンは王女の紋章が刻まれたカードを預かっている。また支部長の人が頭を抱えるのかと思うと、マナミはちょっと申し訳なくなった。
「心配?」
視線の先に気付いたのか、問いかけてきたヌイに、マナミは慌てて首を振った。
「あ、ううん。慣れてるって言ってたし、大丈夫だと思うよ。セレン一人だったら、たぶん疑われないだろうって言ってたし……」
なお、マナミとヌイが外で待っているのは、万が一にも怪しい集団だと思われないためである。傭兵一人が向かうのと、それに加えて村娘と謎の属性魔法使いがいるのとでは、信頼度が全く違うそうだ。これで怪物退治の噂が追いついていればまた違うのだろうが、ローザ曰く、まだエラファウェには届いていないらしい。
ああ、でもヴィルトリエ本人がいたら、全員揃っていても問題なかっただろうか。
そう思ってから、彼女の行き先を思い出し、マナミは顔を曇らせた。
「……トリエ、本当に大丈夫かな。貴族相手だから、って一人で行っちゃったけど……」
「貴族、作法大事。ウチもマナミも、うまくできない」
「でも……」
分かってはいる。それでも気がかりで、マナミは食べかけのパンをぼんやり見つめた。
昨日、現場の保管庫を調べたところ、特に怪しい魔法の痕跡はなかったらしい。むしろ、ローザから聞いた内容を裏付けるものばかりで、やはりビゴールの狂言か、あるいは謎の技術を持つ伝説の怪盗の後継者が存在するかの二択になりそうだった。とはいえ、ドマシック家で得られる情報だけで判断するわけにもいかない。そこで街で情報を集めようと話していたマナミたちに、ビゴールから持ちかけられたのが、エラファウェに住まう他二つの貴族への聞き込みだった。ビゴールが仲介するとのことで、ついでに調査担当の騎士にも話を通しておきます、とどこか意欲的に話していた。
「もしかしたら、罠かもしれないのに……」
「王女、強い。返り討ち」
「そ、それは確かにできそうだけど」
瞬く間に刺客を斬り倒していくヴィルトリエが脳裏に浮かび、少しだけ安堵する。けれど全ての不安を払拭できるはずもなく、マナミは俯きながら、パンにかじりついた。
三人と一人に別れた理由はもう一つある。魔王がなぜエラファウェにマナミたちを誘導したのかが、まだ全く分からないからだ。今回の怪盗騒動と関係があるのかどうかすら、まだ定かではない。けれどどんな目的であれ、魔王が最も排除したいであろう存在がマナミである以上、マナミを守ることを優先すべきだ。そう結論が出て、結果、ヴィルトリエが貴族の方へ、マナミたちが街の方へ聞き込みに行く、ということになったのだ。
だからもし、ヴィルトリエに何かあったら。もちろん悪いのは彼女を攻撃した側だけれど、きっとそれは、マナミに戦力を割いたせいでもあるのだろう。
「マナミ、考えすぎ」
ヌイの声に、マナミは顔を上げる。
「何もできない。考える、無駄」
「……うん、そうだね」
厳しい、けれど真摯な言葉を、マナミはへこみながらも受け止めた。
「トリエに頼まれたんだから。こっちの聞き込みは、しっかりやらないと」
そう意気込みはしたが、今のマナミがすべきなのは、下手に動かず、セレンが証明を貰ってくるのを待つことだけだ。もどかしく思って、マナミは何かないか、ぐるぐると頭を巡らせる。
「……あ、そういえば、エラファウェの空気は軽かったりする?」
周囲の活気を見てマナミがそう尋ねると、ヌイが首を横に振った。
「重い。今までで一番」
「えっ」
改めて、マナミは辺りを見回す。景気のいい掛け声、喧噪、忙しそうな人々、目を輝かせる観光客。嗅ぎ慣れない磯の香りが、ほのかに街に溶け込む。
「……重いんだ、一番」
「重い、暗い。昨日より、ずっと沈んでる」
「こんなに賑わってるのに……」
お楽しみの泉では、少し空気が軽くなっていたという話があった。だから賑わいが関係しているのではという考えもあったが、どうやら違っていそうだ。
「情報、まだ不足。規模も分からない」
「規模? ……あ、そっか。西部だけじゃないのかもしれないんだ」
はっとしたマナミに、ヌイが頷く。
「中央なかった。西部はある。北、東、南、分からない」
「今回の誘導に関連してる、とかは?」
「あり得る。断定できない。情報不足」
「ううん、難しいね……」
マナミはひとつ息を吐いて、パンをまた口に運んだ。中央ならまだしも、他の地方の情報なんて、だいぶ時間が経ってから巡ってくるものだ。それも、風の噂だから、正確性も低い。とはいえ、大多数の人にとっては他の地方の情報なんてただの娯楽だから、こんな事態でもなければ問題ないのだろう。王の影としてのローザなら、と少しだけ思ったけれど、彼女はあくまで、このエラファウェで情報を集めるのが役割だ。他の地方の情報は、おそらく持っていないはずだ。
頭を悩ませるマナミに、ヌイが落ち着いた声音で語りかける。
「焦る、不要。情報、前より集まってる」
「……そうだよね。進んではいる、よね」
「誘導、気にしない。返り討ち」
「あはは……。そうだね」
頭の中に、ばったばったと魔王の刺客を倒していくみんなの背中が浮かんで、マナミは思わず顔を綻ばせた。
「たっだいまー。借りてきたよ!」
「あ、おかえりセレン」
駆け寄ってきた足音に、マナミは預かっていたものを鞄から取り出した。
「はい、パンのおかわり」
「わーい!」
渡された揚げ魚パンに、セレンがうきうきとかぶりつく。その胸元には、銀色の丸いバッジが付けられていた。円の縁には波のような模様が、真ん中には兎が彫られている。
「それが、調査依頼中の証明?」
「んむ? ん、そうだよ。調べたいだけだから兎。捕縛とか討伐とかまで含まれる依頼だったら、もっと強そうな動物になるけど」
「魔王討伐、バッジない?」
「ないよ。だってこれはあくまで、不審者じゃないってその都市の人に伝えるためのものだからね。傭兵連合支部経由で正式に依頼を受けているって分かれば、みんな安心して情報を提供できるから。縁の意匠が都市ごとに違ってて、借りた都市でしか使えないから、悪用もほとんどされていないし」
「へぇ……」
まじまじとバッジを眺めるマナミとヌイに、セレンが笑って付け加える。
「それに、そもそもトリエがいたら、その時点で“騎士姫”様の仲間になるからね。一目で不審者じゃないって分かるでしょ?」
「……歩くバッジ」
「ちょ、ふふ、待ってヌイ、あはは」
笑い転げるセレンにつられそうになるのを堪えながら、マナミは残っていたパンの欠片を口に放り込む。それを飲み込む頃にはセレンの笑いも治まってきていたので、マナミは気を取り直して尋ねた。
「えっと、聞き込みって、まずどこから始めればいいのかな……?」
「あ、大丈夫。証明借りるついでにちょっと聞いてきたよー」
「えっ」
目を丸くするマナミに、セレンが得意げに微笑む。
「えへへ、傭兵連合支部はけっこう情報集まる場所だからね。まあトリエのカードで信頼されたのも大きいと思うけど」
「理解。詳細は?」
「もぐもぐ……。うん。噂通り、盗まれているのは宝石類。最初に被害を報告したのは代々海運業を営んできた大商人で、魔法を掛けて守っていた金庫を数日ぶりに開けたら、中に何も入ってなかったんだって。それで、その話を聞いた他の商人達が不安になって、自分たちは大丈夫かと確認したら、盗まれていた人が何人もいたと」
「ええと、犯行を目撃されたりはしていないんだっけ?」
「そうそう。厳重に魔法とかで守られていて、盗むにも一苦労する宝石たちが、何の痕跡もなくどこにも見当たらないってだけ。だから傭兵連合支部としては内部犯寄りで見ているけど、捜査担当してる騎士側は件数が多すぎるから、って理由で怪盗寄りみたい」
セレンからの情報に、マナミは頭がくらくらした。聞いている限りだと、どこもビゴールのように内部犯かつ虚偽の報告のような気がするのだが、それは思い込みが過ぎるだろうか。
「盗難時期、不明?」
「最初の頃のは大体そうだね。後々になってくると、寝る前にはあったのに起きたら盗まれていた、って報告も出てきたけど。でもほとんどは、厳重に守られている分毎日は確認していなくて、盗まれた正確な日時は分からないって感じだよ」
「伝説の怪盗、言い出したのは?」
「もぐもぐ。……それがさぁ、噂発祥なんだよね」
ヌイの質問に、セレンが肩をすくめた。
「ロ……えっと、トリエの部下の子が話してた通り、噂の出所はまだ分かってないらしくて。さすがにここまでの騒ぎになってくると、組織的な犯行も視野に入ってるらしいけど、そうすると動機がねー」
「動機?」
首を傾げるマナミに、セレンがそうそう、と頷く。
「全部内部犯で、彼らが協力して伝説の怪盗をでっち上げていたとしてさ。その目的がただ横領を誤魔化すためです、なんてしょうもないじゃん。そもそも、横領なんて弱味を商売敵や得意先に普通教えないし」
「た、確かに……」
「でしょ? だからそこまでする動機があるはずなんだけど……。まあ、ボク考えるのあんまり得意じゃないし、後でトリエに投げるよ」
そう言って、セレンが水筒を取り出し呷る。マナミはもう少し考えようとして、ふとヌイが静かなことに気が付いた。
「……ヌイ?」
声をかけると、不機嫌そうに唇を強く結んでいたヌイが、少しだけこちらに目を向けた。
「動機、どうでもいい」
「え?」
目を瞬かせるマナミに、ヌイがちいさく呟く。
「伝説の怪盗、もういない。言い訳に使う、不快」
「……そう、だね。その通りだと思うよ」
ヌイが伝説の怪盗とどう関わりがあるのか、マナミは知らない。そもそも、彼女はヴィルトリエが警戒するのも仕方がないくらいには謎が多い。
けれど、マナミにとって、ヌイは頼りになる仲間の一人だ。嫌な思いをしているなら、助けになりたいと思うくらいには。
瞳をわずかに揺らすヌイの姿に、マナミは気を引き締めた。




