18話 ローザの証言
「……呆れたわ。本当に」
「大変申し訳なく、申し開きも――」
「言い訳はいいから、さっさと保管庫に案内なさい」
ヴィルトリエはため息をついて、ビゴールに冷めた視線を向けた。
「盗まれたのは王家が預けた宝なのだから、わたくしには捜査する権利があるでしょう?」
「そ、それはその通りでございます! ええ、もちろんですとも!」
ビゴールはそう賛同してから、慌てて付け加えた。
「し、しかしながら王女殿下、お供の方々は控えていただいてもよろしいですか? 保管庫には他にも貴重な品々がございまして――」
「あら、この子達が手を出すとでも?」
「い、いえその、疑っているわけではございません。ええ全く。けれど、どれも平民には手の届かぬ品でございます、目映く見えてしまうかもしれません。捜査に集中いただくためにも、どうか受け入れていただけませんでしょうか?」
「ふぅん。そうね……なら、彼女だけは構わないかしら」
ビゴールの訴えを受け、ヴィルトリエがヌイを指差す。
「道中でも伝えたように、彼女は属性魔法使いよ。魔法の痕跡がある可能性を考えたら、連れて行きたいのだけれど」
その提案に、ビゴールがしばし考え込んだ。指名されたヌイも、後押しをするようにじっとビゴールを見つめている。ちなみにセレンは斧使いの傭兵、マナミはただの小間使いとして説明されているので、保管庫での捜査には加われなさそうだ。まあ、そもそも役に立てないので何の問題もないが。
「……ふむ。それはごもっともでございます。では、あの者以外はこの部屋でお過ごしくださいますよう。なに、ローザを残しますので、ご不便はございません。いいな、ローザ」
「かしこまりました。お二人のことは、私がお世話いたします」
ローザが頭を下げる。話がついたヴィルトリエが、マナミたちに振り向いた。
「ということで、セレンとマナミは待機ね。ヌイ、頼んだわよ」
「分かった、トリエもヌイも頑張ってねー!」
「まかせて。行ってくる」
「い、いってらっしゃい」
ヴィルトリエとヌイが、ビゴールに続いて部屋を出て行く。バタン、と扉を閉じた音が、やけに響いて聞こえた。
「よーし、やることないし、なんか話でもしようか! ローザは何かある?」
「話ですか?」
「あ、だから敬語はいいって! トリエ相手ならまだしも、ボクとマナミだけなんだからさー」
「私は由緒正しき貴族であるドマシック家に勤めておりますので。いついかなるときでも、その名に恥じない振る舞いを心掛けているのでございます」
ローザが控えめに微笑む。その気品ある表情は、さっき、セレンに振り回されていた少女と同一人物とは思えないほどだった。
「もう、ちょっとくらいいいじゃん。ねぇマナミ」
「へ、私?」
「うん。マナミも敬語じゃない方がいいよね?」
「え、えーっと」
マナミはあたふたと、セレンとローザの間で視線を彷徨わせる。
「……私もその方が、気が楽、だけど。でも、ローザの仕事を邪魔したいわけじゃないから……」
「えー、ボクだって、邪魔するつもりはないけど」
「承知しております。けれど、私は一介のメイドで、皆様はお客様。それも、王女殿下のお供という、名誉ある立場の方々です。私の軽率な言動で、当家の評判を下げるわけにはまいりません。どうかご理解のほど、お願いいたします」
にっこりと、先ほどよりやや圧を感じる笑顔を向けられ、セレンが拗ねたように目を逸らした。
「分かったよ……うぅ、せっかく会えたのに……」
「私としては、それだけでも充分です。便りもなく、元気かどうかも分からなかったのですから」
「それは悪かったってば……」
どうしよう、とマナミは内心狼狽えた。
普段明るいセレンが落ち込んでいるのだから、マナミとしては何か力になりたい。けれど、ローザにこちらの我儘を押しつけるわけにもいかない。さっき敬語をやめていたのも、あくまでヌイの結界があってのことで、それ以外の場所では『ドマシック家で雇われているメイド』として過ごしているのだろう。潜入捜査のためとはいえ、仕事中ずっとそう振る舞い続けるのは、相当な努力が必要だったはずだ。その努力を、マナミは称賛こそすれ、台無しにするつもりはなかった。
そこまで考えて、マナミはふと声を上げた。
「……あ、あの、お休みの日は?」
「はい?」
きょとんとこちらを見るローザに、マナミはもう一度問いかける。
「今は仕事中だけど、お休みの日だったら、セレンと昔みたいに話してくれるのかな……?」
「そ、それだよマナミ天才っ!」
「いやそんなことは」
ぱっ、と目を輝かせたセレンをよそに、ローザが首を捻った。
「……お休みですか……」
「えっ何、もしかしてお休みないの? それはさすがにボク拳に訴えちゃうけど」
「そ、そこはトリエに訴えようよ、一番確実だと思うよ」
「いえその、誤解なのでご安心ください。私が休日も忙しいだけで、ドマシック家は王家に顔向けできないような雇用は行っておりません」
でも秘宝を盗まれたか、横領したかは事実なはずなので、そこまで誤解ではないのでは。そう思ったものの、マナミは口を噤んだ。
「そうですね……では、この騒動が落ち着いたら、でしょうか?」
「え?」
ローザが一瞬、片目を瞑る。
「この怪盗騒動が片付いた頃には、私も休日にゆっくり休めると思いますので。そのときには、メイドではない私としてご一緒しましょう」
「ほ、ほんとに!? ローザ、約束だよっ!」
「ええ、約束しましょう。王女殿下に誓っても構いませんよ」
「あはは。そうだね、トリエにも伝えておくよ。もちろんヌイにもね」
セレンは嬉しそうに笑い、勢いよくマナミに顔を向けた。
「よーし、それじゃあマナミ、調査頑張ろっか!」
「え、あ、調査?」
「そうそう!」
戸惑うマナミに、セレンがぐっ、と拳を握った。
「保管庫の捜査はできないけど、聞き込みとかだったら、ボクらでもできるでしょ? まあ、街に出ての調査はトリエ達が戻ってきてからにはなると思うけどさ、それでも今、できることはあるよ。――と、いうことで」
笑みを浮かべたセレンが、また、ローザに向き直る。
「ドマシック家で働くメイドのローザちゃん、いくつか質問してもいい?」
「……なるほど。確かに、当家で発生した盗難なのですから、そこに勤めている使用人に話を聞くのは道理ですね」
ローザは納得したように頷いて、セレンとマナミにお辞儀を返した。
「そして、この盗難事件を解決するための調査ならば、ドマシック家に仕える身として、協力するのは当然のこと。ゆえに、お聞きいたしましょう。メイドの私に答えられるものであれば、お答えいたします」
ローザの言葉に、マナミもようやく理解する。つまり、『潜入捜査している王家の影』ではなく、『ドマシック家で雇われているメイド』としてのローザに聞き込みをしようとしているのだ。
ヌイの結界がなければ、ローザは影ではなくメイドとして動いている。たとえ表向きのことだとしても、そこからずれた行動は取れないのだ。しかしドマシック家で起きた事件を解決するため、という題目があるなら、メイドとしてのローザも問題なく情報を提供できる。さすがだな、とマナミはセレンを見つめた。
「じゃあ、まず保管庫についてかな。ローザはどう聞いてる?」
「ドマシック家が王家から預かった秘宝を始め、様々な品々を保管している倉庫、と教わっております。そのため、ドマシック家当主に受け継がれてきた厳重な仕組みで守られており、その解除方法も、限られた者だけしか知らないとのことでございます」
「へぇ。解除方法、ローザは知らない?」
セレンの問いに、ローザは首を横に振った。
「いいえ、私はまだ勤めて半年も経たない、一介のメイドですから。知っているのは旦那様と長年仕えているお二人、執事と家政婦長のみと聞いております」
「あれ、家族とかは……」
「おりません。現在、ドマシック家の直系の子孫は旦那様のみとなっております」
「あ、そう、だったんだ」
ローザの答えに、マナミは思わず口ごもる。じゃあ、とセレンが口を開いた。
「それなら、解除方法を知ってる二人が盗んだとかはないの?」
「長らく旦那様を支えておられたお二人が、そのようなことをするとは到底思えません。それに万が一、そのようなことがあっても、秘宝を守護する仕組みの中には、血筋にまつわる魔法が……いえ、失言でした。お忘れください」
「えー、忘れられないから、教えてくれると嬉しいなー」
「ちょ、ちょっとセレン」
失言だとしたら、それは王家の影としての情報のはずだ。慌てるマナミに、ローザが苦笑した。
「いえ、その、使用人の間で噂されているのです。王家から秘宝とともに託された、秘宝を守護する魔法があり、それはその一族の直系の末裔以外は通さないものであるのだと」
「し、使用人?」
「はい。一般的な貴族よりも数は少ないですが、私以外にもメイドはいますし、料理人や庭師などもおります。みな私より長く勤めておりますが、保管庫には入れませんし、近寄ることもありませんね」
「それは……疑われるかもしれないから?」
先ほど、ビゴールが言ったことを思い出しながら、マナミは尋ねる。
「そうですね。旦那様は、秘宝や収蔵物に関しては神経質ですから。私が聞いた話だと、昔、好奇心で保管庫に近づいた者を即座に追い出したそうなので、保管庫の周囲にも、何かしら仕掛けや魔法が施されているのかもしれません」
そこまで言ってから、ローザはけれど、と続けた。
「もちろん、それは王家より託されし使命のためです。先祖代々受け継ぎし、重大な役目です。それを非難するなど、それこそ怪盗ぐらいでしょう」
「そうだね。うーん、ってことは今の話を聞いた感じだと、盗んだ人は保管庫のありとあらゆる仕組みを掻い潜って、ドマシック家の直系子孫しか通さない守護魔法を無効化してるってことになるのかぁ」
「そういうことになります。そしてそれをなし得る者がいるとするならば、伝説の怪盗くらいでございましょう」
「そ、そうかもね……」
マナミは頬を引きつらせながら、なんとか同意する。
先祖代々、ドマシック家当主に受け継がれてきた厳重な仕組みを突破して、かつ、ドマシック家の直系の末裔以外は通さない守護魔法を通れる者。
どう考えても、ドマシック家の現当主にしかできないんじゃないかな……。
ビゴールの顔を思い浮かべ、マナミは頭を抱えた。




