16話 メイド少女ローザ
ごほん、と家政婦長が咳払いをする。それにメイドの少女がはっ、と身体を揺らし、気を取り直すように微笑んだ。
「失礼いたしました。ドマシック家に仕えておりますローザと申します。滞在の間、ご不便がないようお世話させていただきます」
「ローザ、ね。セレンとは、知り合いかしら?」
ヴィルトリエの問いかけに、少女――ローザが家政婦長の様子をうかがう。彼女が頷いたのを見て、ローザはすぐに答えた。
「知り合い、というより家族でしょうか。同じ孤児院で育った、姉のような存在です」
「ほら、前に話してた妹だよ! 玉ねぎスープ作るの上手な子!」
セレンの補足に、マナミはそういえば、と思い返す。お楽しみの泉で、玉ねぎスープの味がする水を味わっていたとき、確かにそんな話を聞いた覚えがある。硬直が解けたセレンは、まさにそのときと同じように自慢げな笑みを浮かべていた。
「ほうほう、なんという偶然! いえ、必然でありましょうか。これこそ、神のご意思でしょう。王女殿下のお力を借りることこそ、きっとわたくしめへのお導きだったのです」
ビゴールが感極まったように声を上げ、大げさに祈りを捧げる。とはいっても、ここには祭壇がないので、あくまで形だけだが。
「なら早速、保管庫の説明の準備とやらをしてくれる?」
「ああ、もちろんでございます! ローザ、王女殿下と供の方々を客室に案内してくれ」
「はい、仰せつかりました。王女殿下並びに皆様方、こちらでございます」
ローザが先頭に立って、屋敷を進んでいく。マナミはその場に残るらしいビゴールたち三人に軽く頭を下げて、その後を追った。
案内されたのは、三部屋続きの客室だった。さすがに王城の客室には及ばないものの、豪勢でよく手入れされており、最上級の部屋であることがうかがえた。しかしこの豪華さは、やはり外観や玄関の延長線上で、ビゴールの趣味とは違うように見える。もしかしたら、先祖代々受け継いだものだからと、ビゴールは屋敷に何も手を入れていないのかもしれない。
「こちらが王女殿下、あちらがお供の方々の寝室となっております」
「そう、分かったわ」
「他に確認したいことなどはございますか?」
ローザの問いにヴィルトリエは視線を巡らし、そうね、と呟いた。
「少し待ってくれるかしら。……ヌイ、音の吸収ができるというのなら、音を外に漏らさない結界は張れるわね?」
「可能。当然。……『闇よ、この部屋より生まれし音を飲み込み、この部屋の外からは明るみに出ない結界となれ』」
ヌイの詠唱とともに、部屋の壁がじわじわと闇に染まっていく。けれど瞬く間に元に戻り、結界の片鱗さえ見えなくなった。
「違う効果もついていたようだけれど?」
「結界、気付かれにくくした。念のため」
「そう。まあ、いいでしょう。困るわけでもないのだし」
ヴィルトリエはそう言ってから、目を丸くしていたローザに顔を向けた。
「ではローザ、この結界がある間は、楽にしなさい。わたくしを世話する必要はないわ」
目に見えて、ローザが戸惑う。気持ちは分かる、とマナミは内心同情した。特に、ローザは自分の仕事を不要と言われているようなものだから、それは面食らうだろう。
「……い、いえその、そういうわけには」
「あら、わたくしに逆らうつもり?」
緩やかに口角を上げ、ヴィルトリエがきっぱりと告げる。
「それならばはっきりと命じましょう。ローザ、わたくしたちのことは気にせず、セレンの妹として好きに過ごしなさい。見たところ、久しぶりの再会なのでしょう?」
ローザは目を見開き、躊躇うように唇を震わせた。
「それは――」
「ありがとうトリエ! そうさせてもらうね!」
「えっちょっ」
止める間もなく、セレンがローザに抱きつく。驚いたローザが咄嗟に動けないのをいいことに、そのままくるくると回転した。
「いやぁ、ボクと違って何にでもなれる子だとは思ってたけど、まさか貴族の家に仕えるほどだったなんてね! びっくりしたよ!」
機嫌良く、セレンはローザごと回り続ける。さすがに止めた方がいいだろうか、とマナミが逡巡していると、耐えかねた声が響き渡った。
「――もう、それはこっちの台詞なんだけどセレンお姉ちゃん!」
ローザが、遠慮なくセレンの身体を叩く。それでようやく動きを止めたセレンに、ローザは思いっきり頬を膨らませた。
「傭兵なのは知ってるけど、王女殿下の旅の仲間になってるなんて聞いてないんだけど! そもそも全然帰ってこないし、仕送りだけで手紙もくれないし! あたしも孤児院のみんなも、本当に心配してたんだからね!」
「あはは、そんなに心配しなくても。ボク怪力だし、昔からみんなの用心棒してたじゃん」
「そういう問題じゃないの! たまには元気だって知らせてよって話! っていうかセレンお姉ちゃん、あたしと土産話の約束したの、忘れてるでしょ!」
「えっ……えーっと。あれ、何だったっけ?」
「ほらぁ!」
目を泳がせたセレンに、ローザが口を尖らせる。
「旅先で見かけた可愛い服の情報、教えてくれるって言ったのに!」
「あ、あー。そうだね、確かに約束した気がする。ローザが欲しがるのなんて、それくらいだし」
誤魔化すように笑みを浮かべ、セレンは逸らしていた視線をマナミたちに向けた。
「ということで、誰か可愛い服詳しくない?」
「ちょっと、セレンお姉ちゃん!?」
「いやボクが悪いことは分かってるけど、全然興味ないから覚えてないんだよ……食べ物だったら覚えてるけど……」
しょんぼりと肩を落とすセレンに、マナミは申し訳なく思いつつ口を開く。
「ごめん、私も全然知らなくて……」
「ウチも。着れればいい」
「全く……。まあ、わたくしも庶民の服にはそこまで詳しくないのだけれど」
マナミたち三人に呆れた視線を送り、ヴィルトリエがローザに尋ねた。
「時間がかかってもよければ、わたくしの伝手で情報を渡しましょうか?」
「えっ! あ、ええと」
「遠慮することはないわよ。王族とはいえ、今は一人の騎士で、貴方の姉の仲間ですもの。結界があるうちは、敬語だって不要よ」
「あっ、そっか、結界。それなら……」
ローザがきょろきょろと部屋を見回し、ちら、とヴィルトリエを見る。
「あの、報酬という形でもいいですか?」
「報酬? 貴方が提供するものによるけれど……」
「この地に、黒い蝶が羽ばたいています」
静かな声が、部屋に響く。困惑してヴィルトリエを窺うと、興味深そうにローザを見つめていた。
「そう、そういうこと。行き先は?」
「水底に沈んだ、花の咲く海賊船です」
ローザの返答に、ヴィルトリエが眉をひそめた。
「……まあ、わたくしが考えるようなことは、当然お父様も気付いていらっしゃるとは思っていたけれど。想像よりもっと複雑そうで、嫌になるわ。貴方、なかなか優秀ね」
「恐縮です」
ローザが、軽いお辞儀を返す。玄関で見たものに比べ、ずっと自然で、ずっと優雅な動きだった。
「……いや、待って待って、ローザもトリエもどうしたの? ボク、何も分からないんだけど?」
マナミ同様、当惑した表情を浮かべたセレンが声を上げた。ちなみにヌイは、と目を向けると、彼女もきょとんとした様子でローザとヴィルトリエを見ていた。
「ローザ、話してもいいということよね?」
「王女殿下がよければ構いません。その信頼を、あたしも信じます」
「うーん、そう言われると困る相手もいるけれど……まあ、いいわ。そこまで困るわけでもないのだし」
ヴィルトリエはそう呟いて、マナミたち三人に微笑んだ。
「彼女、どうも王家の影みたいなの」
「……え?」
「正確には、その見習いみたいなものだけどね!」
「あら、そうなの? なら、将来有望だわ」
よく飲み込めないまま、話が進んでいく。セレンがまた固まっているので、代わりにおそるおそる、マナミは問いかけた。
「あの、影って、どういう」
「簡単に言えば、各地の情報を集め、王家に届ける者たちよ。魔物の目撃証言も、彼らがもたらしたものね」
「付け加えるなら、あたしたちは、王家や民を脅かす恐れがあるものを優先して調べてるの。だから気付かれないように、普段は他の仕事をしながら色々探ってるってわけ」
ローザの説明に、ヌイが腑に落ちたように頷く。
「理解。だから影」
「そうそう、王家の陽光が当たらない暗闇。それを調査するのがあたしたちの役目!」
にこにこと、ローザが顔を綻ばせる。その表情はどこか自慢げで、彼女が自分の役割を誇りに思っていることがマナミにも伝わった。
「……え、待ってローザ。ボクそんなの知らないんだけど」
「当たり前でしょ。セレンお姉ちゃん、全っ然帰ってこなかったんだから」
「あ、うん、ごめんローザ……この旅が終わったら一緒に帰ろうね……」
「仕方ないなぁ、いいよ。その代わり、絶対無事に帰ってきてよね!」
珍しくへこんでいるセレンの背を、ローザがぺちぺち、と叩く。それから思い出したように、くるりとヴィルトリエに向き直った。
「それで、報酬の件お願いできますか? 手伝ってもらうので、足りないかもしれないけど」
「いいわよ、解決した暁には、伝えておいてあげる」
「わ、やった!」
喜ぶローザを横目に、マナミは首を傾げた。
「トリエ、その、手伝うって?」
「そんなの決まっているでしょう。彼女の、王家の影の仕事を、よ」
――あたしたちは、王家や民を脅かす恐れがあるものを優先して調べてるの。
ローザの告げた言葉が蘇り、マナミは青ざめた。




