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少女マナミは歩き続ける  作者: 佐和森飛鳥
2章 港町怪盗騒動
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15話 港湾都市エラファウェ

 ゴトゴト、と馬車が進んでいく。


「あ、道が合流したね。ということは、そろそろエラファウェかな」

「おお、そういえば来訪したことがあると言っておりましたな。その通り、もうすぐエラファウェに到着いたしますぞ」


 セレンの発言に、ビゴールが大きく頷く。マナミは窓の外、人の増えた道と時折立つ露店に視線を向けながら、まだ見ぬ都市に思いを馳せた。


 ビゴールの手配で御者ごと馬車を入手した一行は、順調にエラファウェへ向かっていた。ビゴールがその身分と金銭にものを言わせたので、豪勢な六人乗りのものだ。まさしく貴族や王族が乗っていると一目で分かるような馬車で、マナミは最初居心地が悪かったのだが、セレンやヌイが特に気にせず喋っていたので、今ではマナミもだいぶ気が解れていた。とはいえ、右隣に王女様として振る舞うヴィルトリエが、その向かいに胡散臭く笑っているビゴールがいたので、どうしても緊張が取れることはなかったけれど。


「王女殿下。わたくしめの屋敷に着きましたら、まずは皆様ご一緒に、一旦お部屋へご案内いたしますね。その間に、秘宝のある保管庫について、ご説明の準備をさせていただきます」

「あら、それは保管庫の中で守らなくてはならないということ?」

「いえいえ、そんな窮屈なこと、王女殿下にはさせられません。ですが、仕組みを見ていただくことで、どう守るべきかを考える助けになるのではないかと。無論、これは王女殿下とその旅の供の方々だからでございます。西部に心を砕き、噂の怪物を倒して回っておられた皆様方だからこそ、信頼におけると判断したまでで」

「そう。それならありがたく教えてもらうわ。この国の未来を守る騎士として、その信頼に応えましょう。貴方達も、分かっているわね?」

「当然! 傭兵として、秘密を漏らすようなことはしないよ」

「同意」


 ヴィルトリエの問いかけに、セレンとヌイが即答する。ヴィルトリエとビゴールのやり取りに内心頭を抱えていたマナミは、口を結んだまま首肯を返した。


 と、いうのも。どうもヴィルトリエも、ヌイと同じく、ビゴールを信頼していないようなのだ。


 マナミは旅の始め、アフュサスの傭兵連合支部で、支部長と会ったときのことを思い返す。あのときヴィルトリエは迷うことなく、彼に魔物のこと、それどころか勇者や魔王のことについて説明していた。傭兵を雇うのにある程度の情報開示は必要だとしても、やろうと思えば、隠しておくことだってできたはずだ。見たことのない怪物の噂はあっても、それが魔物、ひいては魔王復活の予兆であるという噂はひとつもないのだから。そうしなかったのは、ヴィルトリエが彼を信頼していたからに他ならない。魔王が復活しているかもしれない、なんて情報は、流出したら混乱を招くだろう。だから、信頼できる相手にだけ話す、というのは当然のことだと、マナミにも理解できる。例外は魔物に襲われていた演奏旅団“巡り風”くらいだが、彼女たちにも魔王討伐まで言いふらさないよう教えていたと、マナミは後から聞いた。それぐらい、慎重に扱うべき情報なのだ。


 だからマナミは、「噂の怪物」という言葉に一切修正を入れないヴィルトリエに、そしてそれに気付いて従っているのだろうセレンとヌイに、改めて気を引き締めた。ヌイが伝説の怪盗と関係しているかもしれないことも、マナミたちが旅や戦闘でどのような役割を担っているかも、誰一人話していないのだ。うっかり口を滑らせたら、なんて想像したくもない。

 もちろん、まだ出会って一日も経っていないし、今後彼が信頼におけると判断される可能性はある。けれどそれまでは、マナミはおとなしくしていた方がいいはずだ。ヌイにも忠告されているし、マナミが最優先にすべきなのは、魔王を討伐するそのときまで生き延びることなのだから。


 そうこうしているうちに都市の門を抜け、馬車がエラファウェの街道に入っていく。一気に変わった光景に、マナミは目を見張った。

 そこには、交易都市アフュサスにも負けない活気があった。

 行き交う人々はみな明るい顔で、魚の籠や鞄などを背負っている。裕福そうな商人もいるにはいるが、それよりは質素で身軽な服装の人が多く、あちこちで駆け回っていた。建物はといえば、馬車から見える範囲ではどれも新しく、お洒落な外見をしている。一年前に港町から都市になったというのだから、この大通りも、きっと最近できたのだろう。

 これまで巡ってきた西部の都市や街の中で、エラファウェは間違いなく一番活気があり、そして一番新しい都市なのだ。マナミはそう、しみじみと実感した。


「さあ皆様、ようこそエラファウェへ。ここは漁業に観光、海運業まで、他の港湾都市に負けないものを編み出し、今も発展し続けている都市です。名産品もごまんとありますから、騒動が落ち着いた暁には、ぜひにお楽しみくださいませ」

「あら、そうなの? なら期待しておきましょう」


 ヴィルトリエが優雅に微笑む。セレンも目を輝かせて、窓の外を見ていた。


「えへへ、今日からしばらく魚料理づくしかぁ……」

「海、見たい。久しぶり。マナミは?」

「私は初めてだよ。だから海も、魚料理も楽しみ」


 伝説の怪盗や魔物の噂のことを一旦横に置いて、マナミは顔を綻ばせた。マナミが生まれ育ったのは、田舎の山奥だ。だからこんな事態でなければ、エラファウェの隅々まで、ゆっくり満喫してみたいと思っていたのだ。たぶん、魔王を倒すまでは叶わないだろうけれど。


「海は見所がたくさんあるよね。海自体もいいけど、砂浜とか、あと船とか」

「えっと、確か港にいっぱい船があるんだよね。見てみたいな」

「船、並ぶ。壮観」


 エラファウェの街並みを見ながら、マナミたちは会話を続ける。王女様状態でなければヴィルトリエも混じっていただろうに、と寂しく思っていたところで、ふと、そのヴィルトリエが口を開いた。


「そういえば、エラファウェは造船業も有名ではなかったかしら? 先ほどは、挙げられていなかったようだけれど……」

「そっ、そうですね。確かに、有名ではございますなぁ」


 ビゴールの目が、分かりやすく泳いだ。


「しかしながら、船を作る、というのは人と金さえあればできることです。現にエラファウェの造船業は、金だけ持った商人どもが中心としておりまして、とかく品がないのです。ですから、王女殿下が気にされるほどのものはございません」

「ふぅん。まあ、気には留めておくわ」


 ヴィルトリエがそう言って、興味を失ったように窓の外に視線を移す。ビゴールがこれまた分かりやすく安堵する様子に、マナミは目を瞬かせた。


 窓の外の街並みが、段々と、年期の入ったものに変わっていく。そうして馬車が止まったのは、明らかに上流階級の人々が住むような、重厚で閑静な住宅街の一角だった。門と柵の向こう側には、緑豊かな庭が見える。


「こちらが、わたくしめの住まう屋敷でございます。ささ、どうぞそちらから」


 促されるままセレンが降り、ヌイに手を差し出す。そのヌイが首を傾げて飛び降りたので、マナミは苦笑しながらその手を借りた。続けて降りたビゴールがヴィルトリエに恭しく手を差し伸べたところで、屋敷から誰かが歩いてきた。


「お帰りなさいませ、旦那様。それから王女殿下と、そのお供の方々でございますね。このたびは当屋敷への滞在、心より歓迎いたします」


 ビゴールと同年代であろう男が、流れるようにお辞儀をする。


「うむ、出迎えご苦労。王女殿下、こちらはわたくしめの家に代々執事として仕えている一族の者でございます。屋敷で何か不手際がありましたら、彼に申しつけください」

「そう。覚えておくわ」


 ヴィルトリエの言葉に、執事はまた丁重に頭を下げる。


「それでは屋敷へ向かいましょう。ジョセフ、問題ないな?」

「はい。部屋やメイドの手配も済んでおります」


 執事はそつなく返答し、一行を先導するように歩き出した。彼とビゴールについて行きながら、マナミはドマシック家の屋敷を見上げる。

 見たところ二階建てで、貴族の屋敷としては思ったよりこぢんまりとしていた。装飾も少ない。それは確かにこの物静かな住宅街には馴染んでいたのだが、派手な服を愛用しているらしいビゴールからは想像できない佇まいで、マナミは思わず声を上げそうになった。

 屋敷に辿り着いた執事が、ゆっくりと扉を開ける。マナミたちは前を歩くビゴールを追って、屋敷に足を踏み入れた。


 古めかしい。マナミの印象はそれに尽きる。絨毯も、照明も、調度品も、外観と同じく慎ましく、どれも長い時の流れを感じさせた。だからより一層、ビゴールの、悪趣味なほど目立つ格好だけが浮いている。

 そんな玄関ホールには、二人の女性が立っていた。どちらも頭を下げたまま、まるで置物のようにマナミたちを待っている。


「お帰りなさいませ、旦那様。そして歓迎いたします、王女殿下ならびにお供の方々」

「出迎えご苦労。王女殿下、こちらは当家の家政婦長でございます。執事同様、何かあれば彼女に。そして隣が……ああ、彼女か。なら問題あるまい」

「旦那様にお墨付きいただき、ありがたく存じます」


 待っていた片方、家政婦長と呼ばれた年配の女性が頭を上げ、隣を見た。


「そして王女殿下とお供の方々、こちらが滞在の間、皆様方のお付きとなるメイドでございます。身の回りの世話をはじめ、何なりとご命じください」


 家政婦長に促され、もう一人の女性も頭を上げる。

 可憐な顔立ちの、小柄な少女だ。鮮やかな赤髪を肩の上で切り揃え、黒いカチューシャを着けている。両端には黒いリボンがついており、少女が動くたび揺れていた。その瞳は髪よりも濃い赤で、動じることなく、マナミたち一行に向けられている。


 その瞳が、不意に見開いた。


「……ローザ?」


 隣から聞こえた声に、マナミは驚いて顔を上げる。声の主であるセレンは、少女を見つめたまま固まっていた。


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