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少女マナミは歩き続ける  作者: 佐和森飛鳥
1章 勇者一行の始まり
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2話 不可思議な石版

「そなたの懸念は分かるぞ、ヴィルトリエ。故に我も、この玉座の間に呼ぶこととしたのだから」

「……お父様?」


 首を傾げる王女に構わず、国王が立ち上がり、玉座に向き直る。そしてその背中を預けていた玉座に向けて手をかざした。


「『時は来た、開け』」


 音を立てて、玉座の背が扉のように開く。


「――え」


 マナミの目にも見えた。その扉の先にしまわれていたのは、一枚の黒い石版だ。

 国王はその石版を手に取り、ヴィルトリエに見せる。


「……これは?」

「今に分かる」


 国王は訝しげな王女にそう告げ、廷臣に目配せをする。彼はうやうやしくその石版を受け取り、マナミのもとへとやってきた。


「ええと……」

「マナミ・カイゼ。そこに刻まれている言葉を読み上げよ」

「は、はい!」


 国王の言葉に、マナミは廷臣の掲げる石版を見る。


 見たことのない文字だった。両親に教えられて学んだ王国共通語ではない、全く知らない文字だった。うねっているのに真っ直ぐで、綺麗なのにどこか歪んでいる、そんな文字だった。


 でも、マナミにとって一番不可解だったのは、そんな摩訶不思議な文字を、何も分からないのに読めることだった。


「……魔王を倒せるのは、勇者の血を持つ者のみ……?」


 わけも分からないまま読み上げてから、ようやく、マナミはその言葉の意味を理解し青ざめる。

 それなら、自分が今、ここに呼ばれた理由は。


「……お父様、もしかして、あの石版の文字は、勇者の子孫にしか読めないの?」


 ヴィルトリエの言葉で、マナミはさらに血の気を失った。


「そうだ。かつて勇者から預けられ、代々国王にのみ受け継がれてきた。そこに刻まれた文言もな」

「なら、あの子が先ほど読み上げた言葉は本当ということなのね」


 国王は物々しく頷く。


「ああ。サンソルジュ王国国王として断言しよう。我が先代から受け継ぎし言葉は、今マナミ・カイゼが読み上げた言葉と相違ない。故に、そなたを呼んだのだ」


 向けられる視線に、マナミは溺れる寸前のように口を開いた。


「あ、あのその、ま、魔王って」

「確認されたわけではない。だが最近、獣というには禍々しく大きな生物の目撃証言が続いているのだ。我はそれを、言い伝えにある魔物ではないかと考えている」

「そして、魔物が現れているのなら、魔王が復活している可能性がある。だから勇者の子孫である貴方を呼び寄せることにしたのよ。今までその本当の理由は知らなかったのだけれどね」


 二人の顔は真剣だった。真剣に、魔王の復活を憂いていた。


 でも、とマナミの目に涙がにじむ。

 無理だ。魔王なんて、こんな役立たずに、どう倒せというのだろう。


 そんなマナミの様子に気付いたのか、ヴィルトリエがため息をついた。


「マナミ。ひとつ聞いてもいいかしら?」

「ひ、はい」

「落ち着いて息を吸いなさい。……全く、わたくしたちにも怯えている有様なのに、どうして貴方が来たの? 先ほど、武器の扱いを父親に教えられたと言っていたけれど、武器を扱えるなら、貴方の父親が来た方がよかったのではなくて?」


 当然の疑問だ。マナミだってそう思う。若い頃は世界を回り一剣士として名を馳せたと聞く父の剣技は、いつだって鮮やかで研ぎ澄まされていた。


 だからずっと思っていた。父がいれば、と。


「……父は、いえ、両親は、一年前に亡くなりました。土砂に巻き込まれて」


 マナミの答えにヴィルトリエは目を瞬かせ、そう、と呟いた。


「ご両親に神の赦しを願うわ。それで、他に家族は?」

「いません。親戚も……ええと、ずっと昔のことは分かりませんが、父は、勇者の血筋は私たちしかいないと言っていました」

「つまり、貴方がたった一人の勇者の子孫ということになるわね」

「……あ、う、えっと」


 現実を認めたくない、とばかりにマナミは口ごもる。それを一瞥して、ヴィルトリエは国王に向き直った。


「いいわよ、お父様。背中を預けて戦うのを楽しみにしていたけれど、これはこれで、わたくしにふさわしい任務だもの。第一王女ヴィルトリエ・シィク・サンソルジュ、王の名の下に魔王討伐、請け負ったわ」

「ふむ、そうか。ならばお前に任せよう」

「……え?」


 マナミは呆然とそのやり取りを見つめる。と、ヴィルトリエと目が合った。もうそこに刺すような視線はない。愉快そうに細められた瞳が、真っ直ぐにマナミを見ていた。


「簡単な話よ。戦う術を持たない貴方が魔王を倒さなければならないのなら、貴方がとどめを刺せるくらいまで誰かが弱らせればいい。そしてその誰かに今、わたくしが名乗りを上げたということよ」

「え、な、なんで」


 戸惑うマナミの問いに、ヴィルトリエはすんなりと答える。


「元々、わたくしは魔王討伐を命ぜられていたの。勇者の子孫と一緒にね。この場にいたのは、ともに戦う相手を見極めるため。勇者の子孫を呼ぶ本当の理由を知らなかったから、背中を託せる人間なのか確かめなければいけないと思っていて。だから怯えさせたのは悪かったわ。これから道中守ってあげるから、それで許してくださる?」


 口角を上げ、王女ヴィルトリエは不敵に笑う。これから向かうのは遙か昔、世界を絶望に追いやった邪悪の化身だというのに、彼女は怖じ気づく気配すらなかった。

 まるで、彼女こそが勇者のようだった。


「……で、でも、私、ほんとに何もできなくて」


 だからマナミは俯いて、言い訳のように口を開いた。幼い頃思い描いていた、勇者のようになって胸を張れる自分。それが空想でしかない自分が惨めでしかたなかった。本当は彼女のようになりたかったのに、マナミはその彼女に守られて、戦ってもらうことしかできない。勇者の子孫であるマナミこそが、王女である彼女を守って、魔王と真正面から戦うべきなのに、マナミはその術を、何一つ持っていない。


 勇者になれないマナミに、きっと魔王なんて倒せないのに。


「だから、守るなんて、そんな価値」

「顔を上げなさい。貴方、わたくしを誰だと思っているの?」


 ヴィルトリエが、マナミの卑下を一蹴する。そろそろと顔を上げたマナミに、ヴィルトリエは堂々と言い放った。


「わたくしは“騎士姫”ヴィルトリエ。この国の未来を守ると誓った騎士よ。そのためならこの手がどんなに赤く染まったって構わない。だからどんなに泣きわめこうが、切り札である貴方のことは、引きずってでも魔王の元に連れて行くわ」


 マナミは気後れしながら、目を瞬かせる。


「切り札……?」

「当然でしょう? 貴方がいなければ魔王は倒せないのなら、貴方がいなくなったらこの国の未来は悲惨なことになる。貴方一人を守ることでこの国の未来を救えるのなら、この命だって捧げていいくらいよ」

「命を捧げるなど、簡単に言ってのけるでない」


 ひぃ、と飛び上がりかけた身体を制して、マナミは玉座に顔を向ける。国王陛下の御前であったことを、今の今まで忘れていた自分に、マナミは内心頭を抱えた。


「あらお父様、魔王に挑むのならそのくらいの覚悟は当たり前のことでしょう? それを承知でわたくしをお選びになったのでは?」

「だが、他にも腕の立つ騎士を同行させると言ったはずだ。彼らはマナミ・カイゼの護衛だけでなく、お前の護衛も兼ねている。この国の王位継承第一位の座はそれほど重いと知っておろう」

「誰に言っているの? まあ、どうせエドリートに渡る王位なのだから、さっさと返上させていただきたいのですけれどね」


 目の前で繰り広げられる国王と王女の応酬に、マナミははらはらと目を彷徨わせる。それに気付いたのか、国王がマナミに声をかけた。


「すまないな、このような場で親子喧嘩など」

「い、いえ」

「して、魔王討伐の任、請け負ってくれるな?」


 国王の声は重苦しくマナミの元へ届いた。当然だ、とマナミはようやく自覚する。


 魔王なんて言い伝えでしか知らないけれど、そこで語られる所業はあまりに恐ろしい。その魔王が今この世界に現れ、また同じ所業を繰り返そうと企んでいるのなら、それを防ごうとするのは国王として当たり前のことだ。それこそ、さっきヴィルトリエ王女が言っていたように、引きずってでもマナミを魔王討伐に向かわせようとするだろう。いくらマナミがただの村娘で、戦う実力がなくて、いつまでも泣き言ばかりの役立たずだとしても、他に代わりがいない以上、それは絶対に変わらない。初めから、マナミに選択肢などなかったのだ。


 ならせめて、とマナミは思う。


 せめて、引きずられるんじゃなくて、自分の足で歩きたい。


 たとえ今は、はるか祖先の足並みに追いつけなくても。父のような足取りにはほど遠くても。王女をはじめ、ともに向かう人たちについていくのすら精一杯でも。

 それでも最後の最後まで、無理矢理じゃなくて、自分の足で進みたい。


 マナミはぐっと息を吸い、震える身体とうるさい心臓を押さえ込む。そして、真っ直ぐに国王を見つめた。


「請け負い、ます。唯一の、勇者の子孫として」


 マナミの言葉に、国王は深く頷き、ヴィルトリエは微笑んだ。


「心から感謝する。そなたが無事にここへ戻ってくることを、神に深く祈っておこう」

「あ、ありがとうございます」

「背負わせた者として当然のことだ、礼には及ばん。さて、ではそろそろこの謁見は終えるとするが、その前に、それは回収させてもらおうか」

「え、あっ」


 国王の目線を辿り、マナミはまだあの不可思議な石版が手元にあったことに気が付いた。慌てて、受け取りに来た廷臣に手渡す。

 勇者の血筋にしか読めない、かつて勇者が遺したもの。己の子孫に託した、勇敢なる祖先からの伝言。

 

この旅の果てで、自分は勇者の子孫だって、胸を張れるようになれるだろうか。


 不安と期待に苛まれながら、マナミは石版がまた玉座の背にしまわれるのを見つめた。

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