14話 ビゴール・ドマシック
「いやぁ、ご無事でようございました。さすがは名誉騎士団長であらせられる!」
男は細身で、青白い顔をしており、口元の髭はくるりと巻かれていた。その格好は間違いなく裕福なものだったが、金糸で縫われた派手な模様の服も、ごてごてと宝石が飾り付けられた両手の指輪たちも、どこか悪趣味だ。王都や王城、それにアフュサスなどで見た国王や王室づき魔法使い、騎士、裕福な商人たちと比べると、なおさら際立っていた。
「……貴方は?」
先ほどまでの緩んだ雰囲気を少しも感じさせない優雅さで、ヴィルトリエが薄く微笑む。まるで、ここが王城であるかのようだ。少しの緊張感を抱きながら、マナミはセレン、ヌイとともに、相対する二人を見つめた。
男はああ、と慌てて頭を下げる。
「わたくしめはビゴール・ドマシック。港湾都市エラファウェにて、王家より預かりし宝物を守る、ドマシック一族現当主でございます」
「ふうん、ドマシックの。……いいでしょう。用件を述べることを許すわ」
「ははっ、ありがたきお言葉!」
男――ビゴール・ドマシックは顔を上げ、大仰に感じ入った。
「お忙しいでしょうから、早速お尋ねいたしましょう。聞くところによると、王女殿下方は西部で噂される怪物を討伐して回っているとのこと。ならばもしや、エラファウェの噂のこともご存じなのでは?」
「そうね。それで?」
「おお、やはり! なれば王女殿下、ぜひこのわたくしめの力をお使いくださいませ!」
胸に手を当て、ビゴールが訴えるように続けた。
「我らがドマシック一族は、先祖代々エラファウェの地にて生きてまいりました。ゆえに街中の有力者に顔が利きますし、望めば街の情報はなんだって手に入ります。王女殿下がエラファウェを怪物から守るために足を運んでくださったというのなら、わたくしも持てる力を貴方様に捧げなくては、申し訳が立ちません」
「そう」
ヴィルトリエは、鬱陶しそうに口を開いた。
「なら聞くけれど、貴方は噂をどう思っていて?」
「噂を、ですか?」
「ええ。そんなに言うのなら、貴方は半年前に船が行方不明になった原因は噂の通りだと、そう思っているのよね?」
「それは……」
ビゴールは口ごもり、髪を撫でつける。しかしヴィルトリエの冷えた視線に耐えきれなくなったのか、おそるおそる話し出した。
「……実のところ、噂は根も葉もないものだと思っております」
「あら。噂が嘘だと分かっているのに、わたくしに協力を申し出たのかしら?」
「いやいや、誤解でございます。王女殿下ならば、何かわたくしめの知らない情報をお持ちでもおかしくないと思ってのこと」
「それなら、貴方達の協力は不要ではなくて? 貴方が知らない情報を手に入れる術があるなら、そちらを頼ればいいのだもの」
「なっ、そ、それは、そうではございますが……」
言葉に詰まるビゴールに、ヴィルトリエは軽く息を吐いた。
「話はそれだけ? なら、わたくしたちは村に戻るけれど」
「おっ、お待ちください!」
立ち去ろうとしたヴィルトリエに、ビゴールが縋り付くよう声を張り上げた。
「どうか、どうかお待ちを。恐れ多いことは承知ですが、実は王女殿下のお力をお借りしたく……!」
ヴィルトリエが立ち止まり、ビゴールを一瞥する。
「……話だけは聞いてあげるわ」
「ご温情、感謝申し上げます。わたくしめも、王女殿下のお手を煩わすなどとんでもないことだと理解しているのです。ですが、あの噂を聞いてしまっては、己の使命を果たすため、力を尽くさねばと思ってしまい……」
「噂?」
「王女殿下でしたら、こちらもご存じかもしれませんな。ええ、伝説の怪盗の噂です」
伝説の怪盗。思わずヌイに目を向けそうになるのを堪え、マナミは耳を傾けた。
「船と怪物の噂は根拠のない、ただ面白がって広まっただろうものでありますが、こちらは違います。何せ、本当に盗まれたそうなのです。いくつもの宝石が、全て厳重に仕舞われていたというのに」
「現地の騎士が捜査しているはずよね。何か知っていて?」
「それが、痕跡ひとつ残っていないらしく、難航しているとのことです。それで、伝説の怪盗がまた現れたのだ、と噂されているわけですな」
「そう、なるほどね」
「はい。かつて王国を騒がせた伝説の怪盗。同一人物ではないとしても、同じような技量があるなら、と思うと、どうしても不安になってしまいました。このままでは、わたくしめが一族の使命も盤石ではないのでは、と」
そこまで言って、ビゴールは不意に、マナミたちに視線を向けた。探るような目に、マナミは首元の助け笛を握りしめる。
「王女殿下。失礼ですが、そちらの方々は……」
「信頼して構わないわ。心配なら、王女として誓ってあげましょうか?」
「いえいえ、そこまでしていただくことはございません! 王女殿下の選んだ方々です、わたくしめが浅慮でございました。どうかお許しを」
ビゴールが、マナミたちに深々と頭を下げる。マナミもつられて頭を下げた。
「しかしそれならば、王女殿下だけではなく、その旅の供である皆様方にもお頼み申し上げます。どうか我が一族が王家より託されし秘宝、『海の向日葵』を守っていただけませんでしょうか」
もう一度、ビゴールが深く頭を下げる。その言葉に、ヴィルトリエがこちらを見た。
「わたくしたちに、ということならば、彼女たちにも発言を許していいわね?」
「ええ、ええ、構いませんとも」
「あ、じゃあ早速いいかな?」
セレンがぱっと手を挙げた。
「ただの確認だけどさ。つまりビゴール氏の貴族としての使命が、そのお宝を守ることなんだね?」
「その通り。我が一族が貴族たるゆえんは、すべて『海の向日葵』にあります。これを守り通すことだけが、我らに王が与えし役目なのです」
ビゴールの回答に、マナミは首を傾げる。その様子に気付いたのか、ヴィルトリエが呆れようにマナミを促した。
「マナミ、聞きたいことがあるなら言いなさい」
「あっ、え、ええと、初歩的なことだと思うんだけど」
「お気になさらず。思い違いは悲劇の始まりですからね。まして、こちらがお願いしている立場なのですから、たとえ平民といえど、遠慮は無用ですとも」
「あ、ありがとうございます。じゃあその、貴族って領主様のことだと思ってたんですけど、違うんですか……?」
おずおずと問いかけたマナミに、ビゴールがおやおや、と目を細めた。
「間違ってはいませんよ。貴族とは、かつて王家より何かを託された一族のことですから。領地を預かりし一族、それが俗に領主と呼ばれる貴族です。それと同じく、秘宝を預かりし一族、それがわたくしめのような貴族のことなのです」
「な、なるほど……」
納得し、マナミは感謝を告げる。いえいえ、とビゴールはにこやかに微笑んだ。
「受け継ぐ、昔から? 伝説の怪盗、来ていない?」
「ああ、ごもっともな疑問です。ですが当時、このエラファウェは単なる小さな港町でしたから、伝説の怪盗には狙われなかったようなのです。彼が盗んだのは、もっぱら大きな都市の裕福な商人か貴族相手でしたからな。当時の一族当主も守護の魔法を重ねて用心したそうですが、何事もなかったとのことで」
「でも今回はエラファウェで噂されてるから、秘宝を盗まれる可能性がある。だからより守りを厳重にしたくてボクたちに依頼した。そういうことだね」
「ええ。身の程知らずの行いであることは重々承知しております。それでもドマシック一族の裔、使命を受け継ぎし現当主として、代々守りし宝物を盗まれるなんてことがあってはならないのです。どうか、どうか考えてはいただけませんでしょうか」
嘆くように訴え、また地面につきそうなほど大きく頭を下げたビゴールに、マナミたちは顔を見合わせる。ヴィルトリエが、諦めたようにため息をついた。
「構わないかしら?」
「ボクはいいよ。楽しそうだし」
「わ、私も大丈夫。噂は気になってたんだし……」
ヴィルトリエの問いに、セレンとマナミが返す。ヌイもこくり、と頷いた。
「そう。ならいいわ。ビゴール・ドマシック、顔を上げなさい。貴方の声に応え、力を貸してあげましょう」
「ははっ、ありがたき幸せ!」
顔を輝かせるビゴールに、けれど、とヴィルトリエが微笑む。
「いいこと、わたくしは“騎士姫”、この国の未来を守る騎士よ。だからわたくしの力を借りるというのなら、貴方もこの国の未来のため、力を尽くしなさい。いいわね?」
「……ええ、当然のことでございます。わたくしめも貴族の端くれ。王家の見据える先が、我々の目指す未来でありますから」
ビゴールは緊張した面持ちでそう告げて、すぐ表情を和らげた。
「ではエラファウェまでは、こちらの馬車をお使いください。王家の一陣馬には敵いませんが、なかなか速いのですよ」
「ああ、一旦最寄りの村まででいいわ。地下水路の使用許可は日時が指定してあるから動かせないの」
「なんと、地下水路ですか! それでしたら、馬車は現地で別途雇いましょう。いやなに、懇意にしている商会もありますから……」
ヴィルトリエがビゴールと話しながら、停めてある馬車に歩き出す。後に続くセレンにマナミもついて行こうとして、くい、と袖を引かれた。
「ヌイ?」
いつの間にか隣にいたヌイが、マナミの耳に顔を寄せる。
「怪しい、気をつけて」
「え、あ、うん」
囁くなりすぐ歩き出したヌイに戸惑いながら、マナミも慌てて追いかけた。とはいえ、その助言が誰に対してなのかくらい、マナミにも分かる。
「さあさあ、どうぞ皆様! 遠慮なくお乗りください!」
馬車のそばで、ビゴール・ドマシックが笑みを浮かべながら、マナミたちを待っていた。




