12話 気まぐれの泉
本日二話投稿しています。こちらは二話目です。
「文字通り、山ほど買ってきそうね」
「制覇するって言ってたもんね」
のんびりと会話しながら、玉ねぎスープ味の水を飲んでいく。ここ数日の疲れがたまった身体には、じんわりと染みるようだ。
「マナミ。気まぐれ料理、なに?」
「え?」
気まぐれ料理。確か、料理店の通りでも、いくつかその看板を見かけた覚えがある。マナミは目を瞬いて、ヴィルトリエに顔を向けた。
「トリエ、知ってる?」
「祭りの定番なのだけれど……まあいいわ。教えてあげる」
息を吐いて、ヴィルトリエがカップを置く。
「気まぐれ料理は、遊び要素の入った料理よ。例えば一定の確率で外れが入っている揚げ物とか、逆に一個だけ当たりが入っている菓子の詰め合わせとか、品書きがなくて、くじを引いて注文する店とか。たいていは複数人で買って、仲間内で楽しむものが多いわね」
「へぇ、そうなんだ」
マナミは頷きながら、少し心配になった。セレンが買ってくる中に、気まぐれ料理は間違いなくあるはずだ。そしてマナミは、自分が外れを引く自信しかなかった。
「あとはそうね、属性魔法使いが店を出して、色とりどりの芋串を売り捌いたという話も聞いたわ。何でも、魔法で芋ごと色を変えたとかで」
「うわぁ……」
つい想像してしまった七色の芋串の群れを、首を振って頭から追いやる。どんな色であれ、食べる気が失せそうだ。
ぐったりしつつ、玉ねぎスープの味に癒やされていると、ヌイが首を傾げた。
「なら、気まぐれの泉、同じ?」
「……気まぐれの泉?」
「歩いていて、聞こえた。看板もある」
ヌイがマナミの背後を指差す。振り向いて見るも、看板は少し遠く、書かれている文字も読めない。だが、その向こうに人だかりがあるのは確かだった。
「あら、興味ある? 実を言うと、わたくしも行きたかったのよね」
「えっと、お楽しみの泉とは違うの?」
「ええ。あっちは一日置きではなく、カップで掬うごとに味が変わるの」
掬うごとに。マナミは目を見開いた。
「それなら、一杯飲んでもう一度貰いに行ったら、また別の味になってるの?」
「そうよ。一日のうちに、世界中のいろんな味が楽しめるの」
ヴィルトリエが愉快そうに微笑んで、でも、と続けた。
「外れがあるわ」
「えぇっ」
「理解。……面白そう」
そう言って席を立ったヌイに、マナミは慌てた。
「ヌイ、その、外れがあるって」
「面白い」
「いやいやいや」
その一言で済ませていいものだろうか。お楽しみの泉はどの味も美味しい、とセレンが言っていた。なら、気まぐれの泉は、どう考えても美味しくないものが混ざっている。そのせいで、ヌイが後悔してしまったら、せっかくの休みが台無しだ。
そう、どこか他人事で考えていたマナミに、ヴィルトリエが手を差し伸べた。
「ほら、早くカップを空になさい」
「……え?」
理解が追いつかないマナミへ、いつのまにか立ち上がっていたヴィルトリエが、にこやかに告げる。
「貴方の分、わたくしが持ってきてあげる」
「えっ、いやその私は」
「マナミ?」
「……はい」
勝てない。残っていた水を飲み干して、ヴィルトリエに差し出す。彼女は満足そうに笑って、ヌイとともに気まぐれの泉へと足を向けた。テーブルからセレンのカップも消えているから、きっと一緒に持っていったのだろう。気まぐれ料理のように複数人で楽しむと思えば、確かに少し面白そうだ。自分がとんでもない外れを引きそうでなければ。
戦々恐々としながら留守番していると、セレンが先に帰ってきた。両手に抱えた料理をテーブルに広げながら、きょとんと目を丸くする。
「あれ、二人は? さっき見たとき、お楽しみの泉にはいなかったんだけど」
「その、気まぐれの泉に……」
「うえっ、それほんと?」
マナミの返答に、セレンが呻き声を上げた。
「セレンは、その、こういうの好きそうだと思ってたけど」
料理を並べるのを手伝いながら、マナミが尋ねる。セレンは苦笑いを浮かべて、焼いた鶏の串にかじりついた。
「もぐもぐ……うーん、好きではあるんだけどね。気まぐれ料理とかはよく食べるし」
ほらこれとか、と掲げられた謎の揚げ串に、マナミは視線を泳がせる。
「でも、気まぐれの泉はちょっとね。前に来たとき、ひどい味を引いちゃってさ」
「あら、そうだったの。どんな味?」
「あはは、血の味だよ」
思っていたのと違う方向の味に、マナミは悲鳴をかみ殺した。そうこうしている間に、戻ってきていたヴィルトリエとヌイが、それぞれマナミとセレンの席の前にカップを置いていく。
「ほ、ほんとに飲むの、これ……」
「いい加減覚悟なさい。こういうものは、楽しむのが一番よ」
「同意。未知の味、楽しみ」
「それはそうだけど……。あ、せっかくだし、回し飲みしようね」
「えっ」
一瞬動揺したが、外れを飲む量が減るなら、まあ、悪くないのかもしれない。
そう思いつつ、マナミはヴィルトリエの音頭で、おそるおそるカップを傾けた。
「……あれ」
美味しい。普通に。
何かは分からないが、おそらくベリーの一種だ。その果汁の味が、口いっぱいに広がった。ほどよい酸味と、にじみ出るような甘味。怯えていた気持ちが一気に和らいで、ほろほろと解けていく。
ほっとして顔を上げたマナミは、向かいでしかめっ面をするセレンに固まった。ヌイは特に変わりないものの、ヴィルトリエは苦い表情を浮かべている。
「……みんな、その、どうだった?」
「マナミ、美味しかったんでしょ! おめでとう! ボクまた外れだったよ!」
セレンが涙目で、マナミにカップを押しつける。そのまま惣菜パンを頬張る様子に、なんだか申し訳なくなって、素直に口を付ける。
「ごほっ」
「たぶん薬草茶だよ、それもめっちゃ不味いやつ。もう、せめて本物なら身体にいいのに!」
吐きそうになったのを無理矢理飲み込んで、マナミはヴィルトリエにカップを回した。液体自体はただの水のはずなのに、ねっとりとした感触が口からなくならない。その気味の悪い不味さには、普段無表情のヌイも、眉をしかめていた。
「次はわたくしにしましょうか。一応当たりの部類だけれど、人によっては好きではないでしょうし」
「気になる。ほしい」
ヴィルトリエが、黙ってヌイにカップを渡す。受け取ったヌイは躊躇なく飲んで、目をぱちくりとさせた。
「珈琲」
「あら、知っているの?」
「……師匠の好物。ウチも嫌いじゃない」
「そう。つまり、南部出身なのかしら?」
「知らない。師匠、話さなかった」
ヌイがセレンにカップを回して、淡々と答える。そっちではないのだけれど、と追及しかけたヴィルトリエを、セレンの声が遮った。
「ほら、だからそういうのは今日はお休みだってば。はい、マナミ」
「あ、うん」
おずおずとカップを受け取って、知らない飲み物の味がするらしい水を飲む。すると口の中に、深い苦みが一気に押し寄せた。
「どう、マナミ?」
「にがい……」
「ふふ、お子様ね」
カップを回収したヴィルトリエが、優雅にカップを揺らす。その様子に、セレンが首を傾げた。
「トリエ、さっき苦そうにしてなかった?」
「……不意打ちだったからよ。別に苦手じゃないわ」
不本意そうに唇を尖らせて、ヴィルトリエが残った中身を啜った。それをおかしそうに見守って、セレンがマナミのカップに手を伸ばす。
「マナミのは……んー、どれだっけこれ。ヌイ、分かる?」
渡されたカップに口を付け、ヌイがこくりと頷く。
「ストーンベリー」
「あ、それだ」
「だいぶ当たりじゃないかしら。見た目や色が悪いだけで、味はいいもの」
「そうなの?」
「あー、東部にはあんまりないもんね。ストーンベリーって名前通り、見た目が石っぽいんだよ。ジャムとかにしても灰色だし」
ヴィルトリエを経由して戻ってきたカップに、マナミは目を落とす。透明だ。カップの底まで見通せる、何の色もついていない飲み物。マナミはそっと口に運んで、まだ見ぬベリーを想像した。
「最後はヌイかしら。正直、どちらなのか分からないのだけれど」
「当たり。最高」
「疑わしいわね」
顔色どころか表情すら変わらないヌイに疑念を向けつつ、ヴィルトリエがカップの中身を口に含む。途端、呆れたように声を上げた。
「これ、酒じゃない」
「へっ」
戸惑ったまま、受け取ったカップを口に運ぶ。濃厚、としか言えない味に、マナミは目眩がした。
「マナミ、大丈夫? ボクも……うわ、何これ。安酒じゃないから分かんないや」
「葡萄酒よ。北部で作っているものが有名ね。というか、その有名な葡萄酒のような気がするわ」
「美味しい。高い?」
「当然。最高級品として王城に献上されているもの」
ごくごく、と一周したカップの中身を飲み干して、ヌイがじっとヴィルトリエを見つめる。
「ほしい……」
「ああもう、分かったわよ。この葡萄酒も、魔王討伐祝いのパーティーに出してあげる」
ため息交じりのヴィルトリエに、ヌイが目を輝かせる。それを見て、マナミはセレンと顔を見合わせ、噴き出すように笑う。
そうして、久しぶりの休息は、ゆっくりと過ぎていった。




