表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
少女マナミは歩き続ける  作者: 佐和森飛鳥
2章 港町怪盗騒動
27/37

12話 気まぐれの泉

本日二話投稿しています。こちらは二話目です。

「文字通り、山ほど買ってきそうね」

「制覇するって言ってたもんね」


 のんびりと会話しながら、玉ねぎスープ味の水を飲んでいく。ここ数日の疲れがたまった身体には、じんわりと染みるようだ。


「マナミ。気まぐれ料理、なに?」

「え?」


 気まぐれ料理。確か、料理店の通りでも、いくつかその看板を見かけた覚えがある。マナミは目を瞬いて、ヴィルトリエに顔を向けた。


「トリエ、知ってる?」

「祭りの定番なのだけれど……まあいいわ。教えてあげる」


 息を吐いて、ヴィルトリエがカップを置く。


「気まぐれ料理は、遊び要素の入った料理よ。例えば一定の確率で外れが入っている揚げ物とか、逆に一個だけ当たりが入っている菓子の詰め合わせとか、品書きがなくて、くじを引いて注文する店とか。たいていは複数人で買って、仲間内で楽しむものが多いわね」

「へぇ、そうなんだ」


 マナミは頷きながら、少し心配になった。セレンが買ってくる中に、気まぐれ料理は間違いなくあるはずだ。そしてマナミは、自分が外れを引く自信しかなかった。


「あとはそうね、属性魔法使いが店を出して、色とりどりの芋串を売り捌いたという話も聞いたわ。何でも、魔法で芋ごと色を変えたとかで」

「うわぁ……」


 つい想像してしまった七色の芋串の群れを、首を振って頭から追いやる。どんな色であれ、食べる気が失せそうだ。

 ぐったりしつつ、玉ねぎスープの味に癒やされていると、ヌイが首を傾げた。


「なら、気まぐれの泉、同じ?」

「……気まぐれの泉?」

「歩いていて、聞こえた。看板もある」


 ヌイがマナミの背後を指差す。振り向いて見るも、看板は少し遠く、書かれている文字も読めない。だが、その向こうに人だかりがあるのは確かだった。


「あら、興味ある? 実を言うと、わたくしも行きたかったのよね」

「えっと、お楽しみの泉とは違うの?」

「ええ。あっちは一日置きではなく、カップで掬うごとに味が変わるの」


 掬うごとに。マナミは目を見開いた。


「それなら、一杯飲んでもう一度貰いに行ったら、また別の味になってるの?」

「そうよ。一日のうちに、世界中のいろんな味が楽しめるの」


 ヴィルトリエが愉快そうに微笑んで、でも、と続けた。


「外れがあるわ」

「えぇっ」

「理解。……面白そう」


 そう言って席を立ったヌイに、マナミは慌てた。


「ヌイ、その、外れがあるって」

「面白い」

「いやいやいや」


 その一言で済ませていいものだろうか。お楽しみの泉はどの味も美味しい、とセレンが言っていた。なら、気まぐれの泉は、どう考えても美味しくないものが混ざっている。そのせいで、ヌイが後悔してしまったら、せっかくの休みが台無しだ。

 そう、どこか他人事で考えていたマナミに、ヴィルトリエが手を差し伸べた。


「ほら、早くカップを空になさい」

「……え?」


 理解が追いつかないマナミへ、いつのまにか立ち上がっていたヴィルトリエが、にこやかに告げる。


「貴方の分、わたくしが持ってきてあげる」

「えっ、いやその私は」

「マナミ?」

「……はい」


 勝てない。残っていた水を飲み干して、ヴィルトリエに差し出す。彼女は満足そうに笑って、ヌイとともに気まぐれの泉へと足を向けた。テーブルからセレンのカップも消えているから、きっと一緒に持っていったのだろう。気まぐれ料理のように複数人で楽しむと思えば、確かに少し面白そうだ。自分がとんでもない外れを引きそうでなければ。


 戦々恐々としながら留守番していると、セレンが先に帰ってきた。両手に抱えた料理をテーブルに広げながら、きょとんと目を丸くする。


「あれ、二人は? さっき見たとき、お楽しみの泉にはいなかったんだけど」

「その、気まぐれの泉に……」

「うえっ、それほんと?」


 マナミの返答に、セレンが呻き声を上げた。


「セレンは、その、こういうの好きそうだと思ってたけど」


 料理を並べるのを手伝いながら、マナミが尋ねる。セレンは苦笑いを浮かべて、焼いた鶏の串にかじりついた。


「もぐもぐ……うーん、好きではあるんだけどね。気まぐれ料理とかはよく食べるし」


 ほらこれとか、と掲げられた謎の揚げ串に、マナミは視線を泳がせる。


「でも、気まぐれの泉はちょっとね。前に来たとき、ひどい味を引いちゃってさ」

「あら、そうだったの。どんな味?」

「あはは、血の味だよ」


 思っていたのと違う方向の味に、マナミは悲鳴をかみ殺した。そうこうしている間に、戻ってきていたヴィルトリエとヌイが、それぞれマナミとセレンの席の前にカップを置いていく。


「ほ、ほんとに飲むの、これ……」

「いい加減覚悟なさい。こういうものは、楽しむのが一番よ」

「同意。未知の味、楽しみ」

「それはそうだけど……。あ、せっかくだし、回し飲みしようね」

「えっ」


 一瞬動揺したが、外れを飲む量が減るなら、まあ、悪くないのかもしれない。

 そう思いつつ、マナミはヴィルトリエの音頭で、おそるおそるカップを傾けた。


「……あれ」


 美味しい。普通に。

 何かは分からないが、おそらくベリーの一種だ。その果汁の味が、口いっぱいに広がった。ほどよい酸味と、にじみ出るような甘味。怯えていた気持ちが一気に和らいで、ほろほろと解けていく。


 ほっとして顔を上げたマナミは、向かいでしかめっ面をするセレンに固まった。ヌイは特に変わりないものの、ヴィルトリエは苦い表情を浮かべている。


「……みんな、その、どうだった?」

「マナミ、美味しかったんでしょ! おめでとう! ボクまた外れだったよ!」


 セレンが涙目で、マナミにカップを押しつける。そのまま惣菜パンを頬張る様子に、なんだか申し訳なくなって、素直に口を付ける。


「ごほっ」

「たぶん薬草茶だよ、それもめっちゃ不味いやつ。もう、せめて本物なら身体にいいのに!」


 吐きそうになったのを無理矢理飲み込んで、マナミはヴィルトリエにカップを回した。液体自体はただの水のはずなのに、ねっとりとした感触が口からなくならない。その気味の悪い不味さには、普段無表情のヌイも、眉をしかめていた。


「次はわたくしにしましょうか。一応当たりの部類だけれど、人によっては好きではないでしょうし」

「気になる。ほしい」


 ヴィルトリエが、黙ってヌイにカップを渡す。受け取ったヌイは躊躇なく飲んで、目をぱちくりとさせた。


「珈琲」

「あら、知っているの?」

「……師匠の好物。ウチも嫌いじゃない」

「そう。つまり、南部出身なのかしら?」

「知らない。師匠、話さなかった」


 ヌイがセレンにカップを回して、淡々と答える。そっちではないのだけれど、と追及しかけたヴィルトリエを、セレンの声が遮った。


「ほら、だからそういうのは今日はお休みだってば。はい、マナミ」

「あ、うん」


 おずおずとカップを受け取って、知らない飲み物の味がするらしい水を飲む。すると口の中に、深い苦みが一気に押し寄せた。


「どう、マナミ?」

「にがい……」

「ふふ、お子様ね」


 カップを回収したヴィルトリエが、優雅にカップを揺らす。その様子に、セレンが首を傾げた。


「トリエ、さっき苦そうにしてなかった?」

「……不意打ちだったからよ。別に苦手じゃないわ」


 不本意そうに唇を尖らせて、ヴィルトリエが残った中身を啜った。それをおかしそうに見守って、セレンがマナミのカップに手を伸ばす。


「マナミのは……んー、どれだっけこれ。ヌイ、分かる?」


 渡されたカップに口を付け、ヌイがこくりと頷く。


「ストーンベリー」

「あ、それだ」

「だいぶ当たりじゃないかしら。見た目や色が悪いだけで、味はいいもの」

「そうなの?」

「あー、東部にはあんまりないもんね。ストーンベリーって名前通り、見た目が石っぽいんだよ。ジャムとかにしても灰色だし」


 ヴィルトリエを経由して戻ってきたカップに、マナミは目を落とす。透明だ。カップの底まで見通せる、何の色もついていない飲み物。マナミはそっと口に運んで、まだ見ぬベリーを想像した。


「最後はヌイかしら。正直、どちらなのか分からないのだけれど」

「当たり。最高」

「疑わしいわね」


 顔色どころか表情すら変わらないヌイに疑念を向けつつ、ヴィルトリエがカップの中身を口に含む。途端、呆れたように声を上げた。


「これ、酒じゃない」

「へっ」


 戸惑ったまま、受け取ったカップを口に運ぶ。濃厚、としか言えない味に、マナミは目眩がした。


「マナミ、大丈夫? ボクも……うわ、何これ。安酒じゃないから分かんないや」

「葡萄酒よ。北部で作っているものが有名ね。というか、その有名な葡萄酒のような気がするわ」

「美味しい。高い?」

「当然。最高級品として王城に献上されているもの」


 ごくごく、と一周したカップの中身を飲み干して、ヌイがじっとヴィルトリエを見つめる。


「ほしい……」

「ああもう、分かったわよ。この葡萄酒も、魔王討伐祝いのパーティーに出してあげる」


 ため息交じりのヴィルトリエに、ヌイが目を輝かせる。それを見て、マナミはセレンと顔を見合わせ、噴き出すように笑う。


 そうして、久しぶりの休息は、ゆっくりと過ぎていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ