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少女マナミは歩き続ける  作者: 佐和森飛鳥
2章 港町怪盗騒動
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9話 魔物の特徴

「ありがとう、助かったよ!」

「そんな、とんでもない。むしろ“騎士姫”様が来てくださるなんて、私たちの方がお礼を申し上げるべきです。どうか、どうかあの化け物を倒してください」

「ええ、もちろんよ。安心して任せなさい。」


 ヴィルトリエが不敵に微笑む。その姿に、不安げだった村人が、感極まったように頭を何度も下げた。


 地下水路で疲弊しつつも、なんとか最寄りの村まで辿り着いたマナミたちは、翌日、まず魔物の噂について確認していた。信憑性が高い噂ではあるけれど、だからといって、事実とは限らないからだ。だが目撃者を募ったところ、複数人名乗り出たので、どうやら魔物がいるのは本当のことらしい。借りた集会所の中で、マナミは書記として、ヴィルトリエたちの聞き取りに耳を傾けた。

 そんな聞き取り調査も、彼女で終わりだ。去って行く村人の背を見送りながら、マナミは書き出した内容をざっと見返していく。たぶん、抜けはないはずだ。


「ひとまず、魔物がいることは確かみたいね」

「噂通り。齟齬、ほぼない」


 ヴィルトリエの言葉に、ヌイも同意する。マナミの書き取った内容を見ても、ヌイの言った通り、噂とあまり違いはなさそうだった。


 ここの魔物は、森の中ほど、鬱蒼と茂った薄暗い場所にいるらしい。薄暗い、といっても多少視界が悪くなる程度で、どこにでもあるような、ありふれた場所だ。そこはキノコ狩りでよく使う道の近くだそうで、初めに目撃した村人も、キノコを採りに向かっていたところだった。そこで、薄暗い木々の合間から見たことのない化け物を見て、血相を変えて引き返した、ということらしい。そして半信半疑な村人たちも何人か確認しに赴き、みな真っ青になって帰ってきた。それが目撃者たちの証言で、噂の内容だった。


「違うところ、というか抜けてた部分は、魔物の特徴だけかな?」

「そうね。そこだけは噂にはなかったわ」

「みんな、トリエが聞いてから思い出していたもんね」


 聞き取りの様子を思い返し、マナミは魔物について書かれた箇所へ目を落とした。

 見たことのない化け物。それが噂に出てきた魔物で、噂では、それ以上に情報はなかった。村人たちは全員、一目見て逃げ帰ってきたのだから当然だろう。傭兵がいたらまた違ったのだろうが、西部の中ではまだ中央寄りに位置していることもあり、全然来ていないらしい。だから魔物の特徴は、村人たちが一瞬見た光景の記憶が頼りなため、あまり正確ではない。とはいえ、全員が同じようなことを言っていたので、そこまで見当違いではないというのがマナミたちの見解だ。


「『濁った青色で、腕の生えた大きい猪』、ね……」

「色、前の魔物と類似。共通点」

「それ以外は違いそうだね。前は角が生えてたのに、こっちは腕かぁ」

「猪、も違うね。前は狼とかみたいだった」


 口々に、前回の魔物と比べていく。あの、夜が始まる空の青を身に纏った、得体の知れないモノ。その見えない目と目が合った瞬間を思い出し、マナミは身体を震わせた。


「この調子なら、噂の場所を全て回った頃には、魔物固有の特徴を洗い出せそうね」

「えっと、今のところは色くらいかな」

「ボクとしては、似ている動物にも何かありそうに見えるなぁ」

「似ている動物?」


 首を傾げるマナミに、セレンがそうそう、と頷く。


「ほら、前のは縞鹿みたいな角が生えてたけど、あの近くって縞鹿の生息地じゃん。狼とか獅子はたまにしか見かけないけどさ」

「そうね。この近辺には大猪がいるそうだし」

「大猪……って、大きい猪?」

「そうだよ、美味しいんだ!」

「ま、まあ、普通の猪も美味しいもんね」


 いつもの調子のセレンに呆れた顔を向けて、ヴィルトリエが続けた。


「そうすると、腕は何の要素なのかしら?」

「動物、腕、呼ばない。足」

「あー、そうだっけ? ボク、あんまり詳しくないんだよね」

「でも、それなら腕って、人間くらいじゃ……」


 言いながら、なんだか気味が悪くなって、マナミは口ごもる。他の三人も、険しい表情で唇を引き結んでいた。

 どうして、魔物は周囲の動物と似た部分があるのか。

 その問いに、人間が含まれているかもしれない、という補足が追加されただけで、考えるのが怖くなる。


「……まあ、近くの動物に似ている要素があるのだとしても、その理由まではまだ分かっていないわけなのだから、今は考えなくていいでしょう。倒せないならともかく、倒せるのなら、わたくしたちが今すぐ答えを導き出す必要もないわ」


 ヴィルトリエが、静かに口を開く。セレンも明るい声で続けた。


「そうだね。今その理由を考えたところで、ボクらが出せるのは根拠のない妄想でしかないし。そもそも、似てるかもってだけで、偶然かもしれないしね!」

「魔物、未知数。同意。情報収集、するべき」

「……う、うん。そうだよね。元々、その予定だったもんね」


 鞄の紐をぎゅっと握りしめて、マナミはちいさく息を吸った。


 マナミたちができる最善は、おそらく、情報を集めて賢者の塔に向かうことだ。勇者一行は、あくまで魔王を討伐するための集まり。頭が悪いわけではないけれど、考えた結果動けなくなってしまうくらいなら、何も考えず突き進んだ方がいい。たとえ、本当は倒さない方がよかったのだとしても、死者が出る可能性がある以上、マナミたち勇者一行に、倒す以外の選択肢はない。


「じゃあ、情報の整理はここまでにして、向かいましょうか」


 ヴィルトリエの宣言で、マナミたちは荷物をまとめ、集会所を出る。鍵を返してくる、と村長宅に駆けていったセレンを待って、マナミはぼんやりと村の様子を眺めた。


「……活気、ないね」

「あら、マナミでも分かる?」

「さすがにわかるよ」


 マナミは頬を膨らませたものの、先日の沈んだ空気の話を思い出し、改めて村を見回してみた。人はまばらで、みな足早に動いている。けれど、勇者一行が訪れたためか、その表情は不安そうなだけではなく、安堵を浮かべているものもあった。


「トリエもヌイも、やっぱり空気、重く感じる?」

「ええ。コーエマーにいるときよりも重いわ」

「同じ。……ただ、昨日より軽い」

「え?」


 目を瞬かせたマナミに、ヌイがはっきりと視線を返した。


「昨日、もう少し沈んでた。今日、軽くなってる」

「言われてみれば……いえ、微妙なところね。そんな気もする程度。可能性としては、日が暮れる前だったから、になるのかしら」

「情報不足。今後に期待」

「全く、嫌になるわね」


 ヴィルトリエがため息をつく。マナミは心配になって尋ねた。


「あの、空気が重いと、何か影響あったりする……?」

「まあ、気分は暗くなるわね。見落としがあるんじゃないかと気が気じゃないし。でも、そこまで深刻ではないわ。魔王が関係している、というだけで、この雰囲気自体はありふれたものだもの」


 そう言って、ヴィルトリエは何かを振り払うように、軽く首を振った。


「お待たせー! お昼ご飯の話でもしてた?」

「……貴方、本当にすごいわよね」

「え、当てちゃった? よーし、じゃあ今日は猪料理ね!」

「だそうよ、マナミ」

「えっ、あ、分かった」


 勢いで了承したけれど、昨夜のことを考えると、村の人が歓待してくれる気がする。魔物を倒した、なんて言ったら、まさしくお祭り騒ぎになりそうだ。

 なんだか肩の力が抜けて、マナミは軽い足取りで、三人に続く。ヴィルトリエの言う通り、セレンはすごいな、と頬を緩めた。


 村を出てしばらく歩くと、何事もなく森に到着した。まだ入ったばかりなこともあり、そこまで視界は悪くない。木漏れ日が、柔らかくマナミに降り注いだ。


「ここに魔物がいるなんて、なんだか信じられないね」

「闇、どこにでもある。魔物の淀み、同じかもしれない」

「そうね。言い伝えを考えると、闇は魔王に近しい存在に思えるもの。まあ、貴方が言うとは思わなかったけれど」

「疑う、自由。でも不本意」

「あ、あわ……」


 ヴィルトリエとヌイのやり取りに、思わず声が出る。ギスギスしているわけではないし、特に険悪になることはないけれど、どうしてもマナミは慣れることなく、毎度ひやひやしてしまうのだ。


「あはは、安心しなよマナミ。この程度、傭兵同士だってよくあるよ」

「そ、そうなんだ」

「信頼は積み重ねだからね。警戒心は大事だよ」

「特にマナミはね。肝に銘じなさい」


 鋭い視線を向けられ、はい、と反射的に返事をする。マナミとしては慎重に生きているつもりなのだが、前回魔物と遭遇したときを思うと、ぐうの音も出ない。言われたとおり周囲を確認しながら、おとなしく進んでいく。


 そうして歩いた先。鬱蒼と茂る木々の合間に、マナミは昏い夜の青色を見つけた。


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