8話 四等分の果物
「ひ、ひどい目にあった……」
よろよろと階段を上りきり、マナミはへたり込んだ。地下を通ってきたからか、太陽の光がとても眩しく、暖かい。マナミは日差しを浴びながら、ぼんやりと周囲の木々を眺めた。
地下水路へ案内してくれたのは、二人の属性魔法使いだった。マナミはその時点で嫌な予感がしていたのだが、引き返すわけにもいかない。そうして早朝、案内役に連れられ、都市を出て少し歩いた先の隠し階段から地下に降りたマナミたちは、そこで滔々と流れる水路を目の当たりにした。天井や壁の一部には淡光石が埋め込まれていたが、持ってきたランタンがないと、立てかけてある船も分からないほど暗い。船は木製で、全員がなんとか乗れる程度の大きさしかないが、流れ続ける水同様、仕組みの分からない強い魔法が掛けられているのだという。なんでも遠い昔、まだ西部が独立した国であった頃に作られたものらしく、当時から非常時には使われていたのだとか。案内役の人はもっと解説してくれていて、マナミも現実逃避に聞いていたのだが、あまり覚えていない。その後のことで吹っ飛んだのだと思う。
何があったか、と聞かれたら答えるのは簡単だ。船の一番後ろに乗り込んだ属性魔法使いの一人が、とんでもない速さの風を生み出し、後方へ向けて放った。それだけだ。それだけのことでマナミたちの乗った船はその反動に押され、とてつもない速度で水路を爆走した。あまりのことに、一瞬、心臓を置き去りにされたかと思った。事前に張られていた水の膜のおかげで、落ちたり水を浴びたりする心配はなかったものの、どうしても怖くて、マナミは爆走する船の中、ずっと荷物を抱え縮こまっていた。
振り返って、マナミはしみじみと思う。無事に到着してよかった、と。
「いやぁ、大変だったね……」
マナミの隣で、セレンも疲れた表情を浮かべていた。背負っていた斧を杖代わりにして、気怠げに周囲を見回している。
「でも楽しかった」
一方で、ヌイはいつも通りだった。顔色も足取りも、一切何も変わらない。それどころか、へとへとになっているマナミやセレンを不思議そうに見ていた。
「そうね。なかなか刺激的だったわ」
ヌイほどではないが、ヴィルトリエも元気そうだった。長時間窮屈な船にいたためか、伸びをして身体をほぐしている。
二人があまりに影響なさそうなので、もしかして魔力量が関係しているのだろうか。マナミはそう思ったが、風を起こした張本人である案内人の顔も真っ青だったのですぐ考えるのをやめた。もう一人、水の膜を張っていた方はまだ顔色がよかったので、結局のところ、人によるのだろう。
「貴方たち、あと少し休んだら出発するわよ。いいわね?」
「えっ」
そうこうしているうちに非情な宣告が下り、マナミは顔を引きつらせた。
確かに、魔物が出たという場所はここから一日近く歩いた先で、その手前の村までは今日中に行こうという話にはなっていた。朝早くから動いていたのもそのためだ。マナミだって分かっている。でも、だからといって素直に現実を受け入れられるわけでもない。
「あはは、分かった。頑張るよ」
同じ疲れ仲間であるはずのセレンは、いつの間にか干し肉を頬張っていた。気力回復のためならマナミも食べた方がいいのだろうが、食欲が全くない。船の中では座っていただけなのに、どうしてこんなに疲れているのだろう。
うなだれていると、不意に果物が差し出された。手のひら程の大きさだが、なぜか既に四等分されている。皮と同じく、夕焼けのような橙色だ。顔を上げると、ヌイが少し首を傾げてマナミを見つめていた。
「食べる?」
「あ、えっと……」
「安心しなさい。確認済みよ」
悩んでいると、ヴィルトリエがそう告げた。間違いなく、毒の判別魔法を使ったのだろう。別にその部分で迷っていたわけではないが、いつものことなので、マナミは曖昧に微笑む。
「これなら食べられそうだから、貰うね。ありがとう、ヌイ」
「よかった。頑張って」
「うん……」
受け取った果物を、ゆっくりとかじる。初めて食べるが、甘酸っぱくて美味しい。マナミは目を細めた。
「ヌイ、それボクもほしい!」
「分かった。何個?」
「五個以上!」
「その言い方は初めて聞いたわね……。まあ、ほどほどにしておいて。この大きさならそこまで負担はないけれど、判別魔法も魔力を消耗するのだから」
ヴィルトリエが、呆れた顔をセレンたちに向ける。マナミと違って、まだヌイを警戒している彼女は、日頃の食事に毒の判別魔法を欠かすことがない。最近では慣れたのか、ヌイの方から食べ物を差し出し、確認してもらう状態だ。仲間としてはいいのだろうか、とは思っているものの、これでうまく回っているので、今回もマナミは何も言わず、果物を味わった。
「もぐもぐ……。そういえば、村に着く前に魔物出てくると思う?」
山盛りの果物を受け取ったセレンが、皮ごと頬張りながらヴィルトリエに問いかける。
「可能性はあると思うけれど、低く見ているわ。罠だとしても、魔物が出現した場所に意味があると思っているから」
ヴィルトリエも判別魔法を掛け終えた果物をひとつ、ナイフで切り分けた。その一切れを、躊躇いなくかじる。
「……出てきたとしたら、それこそ油断させるための罠だったということになるのでしょうけれど、それだとエラファウェに誘導しているのが不可解なのよね。仕留めるためなら、ここ一カ所で済む話。本命がエラファウェであるならば、そこまでは無事に辿り着かせようとするのではないかしら」
「ふむふむ、確かにねー。それなら、魔物の居場所は噂通りかな」
「同意。警戒は必要」
ヌイが賛同しながら、案内人の二人に判別済みの果物を分ける。属性魔法使いの二人は頭を何度も下げて、果物を受け取った。
「その、最初は噂通りで、最後の場所で、油断させたところを後ろから、とかは……?」
気になって、マナミはおそるおそる尋ねた。
「まあ、ないとは言い切れないわ。その場合はエラファウェに誘導している、という認識自体が誤りで、実際には噂の最後の地点に誘導していた、エラファウェの噂が一番多かったのは偶然、ということになるわね」
「でも、それなら最後の地点に向かう時だけ警戒しておけばいいよ。どっちみち、エラファウェには行かなきゃいけないんだし」
「そうね。最初の魔物が噂通りかどうかにもよるもの。ひとまずマナミはどんな場合でも、自分が生き延びることだけ考えなさい」
「う、は、はい……」
首から提げた助け笛を、笛入れ越しにぎゅっと握る。先日のふがいなさを考えれば、当然の指摘だった。
「マナミ、大丈夫。ウチが守る」
「ヌイ……」
ヌイが追加で、マナミに四等分された果物を差し出す。マナミは受け取りながら、苦笑した。
「さすがの私も、ナイフは使えるんだけど……」
「危ない。ウチに任せて」
「ヌイ、貴方過保護よ。守るというなら、ナイフでの護身術を仕込むくらいしなさい」
「ひぇっ」
「冗談よ。貴方どんくさそうだもの」
にこやかに笑みを浮かべるヴィルトリエに、マナミは冷や汗をかいた。全く冗談には聞こえなかったのだが、教わったところで上手く扱えない自信があるので、何も言えなかった。そもそも習得できるならば、とっくに父から剣技を受け継ぎ、みんなと一緒に戦う勇者になれていただろう。
「まあまあ、ボクたちがさっさと魔物を倒せばいいだけだよ。マナミには勇者の加護がついているわけだしね」
「へっ?」
目を瞬かせたマナミに、ヴィルトリエが呆れた声を出す。
「貴方が鳥の恩返しと言っていた突風よ」
「あ、ああ! 鳥さんの!」
そういえば、勇者の持つ加護説が、みんなの中では有力なのだった。マナミは得心する。
「とはいえ、不確定な以上、そこまで当てにするものでもないでしょう。マナミ自身が安全を確保するのが一番よ」
「加護、最後の手段。頼らない、一番」
「ま、そうだね。そんなぎりぎりの戦い、あんまりしたくないもんね」
もっともな意見に、マナミも首を縦に振った。それから、セレンの果物の山がもうなくなりかけているのを見て、慌てて果物を口にする。
マナミ自身、勇者についている加護だとは思っていないので、期待するつもりは全くない。みんながどう言おうが、鳥さんの恩返し説が正解だと思っている。
だって、本当に勇者に与えられる加護だったなら、父を守ってくれたはずだ。マナミよりずっと、ずっと勇者に近い人だったのに。
「さて、もうすぐ休憩は終わりよ。早く魔物を倒しに行きましょう」
ヴィルトリエの宣言に、セレンもヌイも同意する。マナミも頷きながら、かじった果物を飲み込んだ。




