7話 西部
「さて。じゃあ改めて、西部の状況を整理しましょう」
演奏旅団“巡り風”と別れて数日。マナミたちは西部に入り、最寄りの都市コーエマーに辿り着いていた。明日からは本格的に、魔物を倒す旅になる。そこでマナミたちは夕食前に宿の一部屋へ集まり、今日まで集めた情報を再度確認することにした。
どうせ曇り空だから、とヴィルトリエがカーテンを閉め、ランタンに魔法で火を灯す。その間にマナミたち三人はベッドのそばに机を動かし、先日書き込んだ地図を広げた。二脚しかない椅子にヴィルトリエとマナミが、ベッドにセレンとヌイが座り、それぞれ地図を覗き込む。
「まず噂についてだけど、“薫風の歌姫”ソミィから聞いたとおり、魔物の噂があちこちから出ているわね。違いがあるとするなら、討伐したという話が増えているくらいかしら」
「場所は北部寄りの村の近く……この辺で、ちょうど通りがかった傭兵数人で倒したらしいね。そもそも魔物の目撃がなかったところみたいだし、ここ数日で出てきたのかな」
「印を付けてたところは、あまり変わってないみたいだったね」
地図の書き込みを見て、マナミは瞳を揺らした。地図の真ん中から下半分に点在する、弓なりにエラファウェまでの道のりを示すような印の配置は、何度見ても、マナミを不安にさせた。
「そうね。目撃証言だけで、被害報告もない。喜ばしいことではあるのでしょうけれど、正直なところ薄気味悪いわ」
「魔物、旅団を襲ってた。襲わない、理由あるはず」
「ボクもそう思う。被害はあっても怪我止まりで、死者はいない、なんてさ。言い伝えから考えると、おかしなことこの上ないよね」
ため息交じりのセレンに、マナミも頷く。言い伝えでは、手当たり次第に生き物を襲った、とあるのに、ここまで被害が少ないのはさすがに違和感があった。
「でも、あれが魔物じゃない、とは思えないかな……」
「同意。魔力のようなものでできた生き物だから魔物、辻褄が合う」
「ヌイ、その曖昧な物言いは何? 魔力だと言っていたじゃない」
「たぶん、も言った。前例もない、似たものかもしれない」
聞きとがめたヴィルトリエに、ヌイが淡々と答える。
「魔力に似たもの、かぁ……。まあ、ヌイに分からないんじゃ、ボクたちはお手上げだね」
「なら、賢者の塔で聞いてみましょう。今すぐ知らなければならないわけでもないし、それが一番確実だわ」
「あ、確かにそうだね」
元々、賢者の塔へは向かう予定だった。なら、質問事項が増えただけだ。
納得するマナミをよそに、ヴィルトリエが地図を見つめ、ため息をついた。
「……いい加減、ちゃんと理由を考えるべきかしら」
「んー? トリエ、何か気になるところあった?」
「ええ。前から気になってはいたのだけれど、なぜここに印がついたのか、と思って」
そう言って、ヴィルトリエは地図の上を、印を繋ぐように指でなぞった。
「えっと、それはエラファウェに誘導するためって」
「それなら、西部を真っ直ぐ横切る形が一番早いでしょう? でも、信憑性の高い噂を吟味し、残ったのはこの経路……南部寄りの街を通る道のりだった。たとえエラファウェで罠に掛けることが本命の目的でも、この道筋を辿らせることにだって、何か理由があってしかるべきじゃない」
「あー、なるほど。そこまで深くは考えてなかったなぁ」
セレンは感心したように息を吐いて、ヴィルトリエに視線を移した。
「ちなみに、現時点だと何か考えつく?」
「……言いだしておいて悪いけれど、わたくし、この件はあまり考えたくないのよね。いえ、考えようとしても思考に偏りが出るというか、余計な雑念が湧いてくるというか」
「あれ、トリエにしては珍し……あぁ、もしかして南部寄りだから?」
「まあ、そういうことよ」
ヴィルトリエが、どこか投げやりに口を閉じる。でも南部に何かあっただろうか。マナミは少し首を傾げてから、ふと思い当たった。
「南部の反乱……」
“騎士姫”として名高いヴィルトリエの、一番有名な話だ。……そして、“血染めの剣姫”という異名も、この時の様子から生まれたと聞いている。
「……別に、南部全体を悪く思っているわけではないわ。反乱だって、元国王の一派が起こしたもので、南部の中心部以外はむしろ被害者だもの。……だからこそ、その残党がまだ生き残っていて、魔王に与しているんじゃないか、なんて荒唐無稽な考えが浮かんでしまうのよね」
「可能性、ない?」
「ないとは言い切れないけれど、さすがに妄想の類いよ。ただ南部の方に近いというだけで、南部と接しているわけでもないし、深く交流しているわけでもない。それなのに反乱の残党と魔王を結びつけるのは、言いがかりとしか言いようがないわ」
ヴィルトリエは深く息を吐いて、マナミたちを見回した。
「だからこの件については、貴方たちにお願いしたいのだけど」
「いいよ、任された! って言っても、何も考えつかないけどね。マナミとヌイは?」
「え、ええと、何も……」
「情報不足。後で考えるべき」
きっぱりと返すヌイに、マナミは口ごもった自分が情けなくなる。実際の戦いでは役に立たないのだから、こういうとき、みんなの力になれるように頑張らなければ。落ち込みそうな気分を振り切るように、マナミは会議に集中し直した。
「ヌイの言う通りかもしれないわね。もし何か仕掛けているのなら、事前に回避できるようなものでもないはず。いえ、仮にそうだとしても、判断がつかない以上、まずはひとつめの印のところに行ってみて、それで確認するべきだわ」
「ボクも賛成。現地に行かないと分からないこともあるだろうしね。実際、ここに来て気付いたこともあるし」
「え、何かあった?」
思わず声をあげたマナミに、セレンがきょとんとした。
「あれ、気付いてない? 西部に来てから、ちょっと空気重いよね」
「空気が重い……?」
全く分からない。困惑するマナミに、ヌイも問いかける。
「暗い、活気がない、淀んでいる。感じない?」
「えっと、感じなかった、かな。市場とかも、そこそこ賑わってたみたいだし……」
言いながら、マナミは既視感に襲われる。確か、前にも同じようなことがあった。そう、魔物に対する感じ方の違いで。
「……もしかして、これも、勇者の子孫だから?」
「その可能性が高いわね。コーエマーに入ってからならともかく、その前から沈んだ雰囲気を感じるのはおかしいと思っていたの」
発覚した事実に、ヴィルトリエが眉をひそめる。
「とはいえ、これも今答えが出せるようなものでもないわね。マナミが感じていない以上、魔物か魔王が関わっていることは間違いないのでしょうけれど、だからといって、明確な原因が分かったわけでもない。その狙いも、解決策も、何一つ目処が立たないわ」
「いやー、分からないことだらけだね。あはは、ちょっと楽しくなってきた」
「笑い事じゃないわよ」
呆れた顔を向けるヴィルトリエに、セレンが笑いかける。
「でも、楽観的に考えた方がいいと思うよ。この空気に魔王が関わっているのなら、重く考えるのはよくないんじゃない?」
「……確かに。賢い」
「でしょー!」
ヌイに褒められ、セレンが嬉しげに頬を緩める。
「まあ、そうね。マナミが鈍感で気付かなかっただけかもしれないし」
「えっ、そ、そんなことは……」
ないとは言い切れない。マナミは誤魔化すことも出来ず、ただ視線を泳がせた。
「ふふ、まあいいわ。そろそろ話題も尽きてきたけれど、他に何かないかしら。今後の提案でもいいわよ」
「あ、じゃあはい!」
提案と聞いて、セレンが勢いよく手を上げる。
「ボク、お楽しみの泉に行きたいな!」
「貴方、本当にぶれないわね……」
呆れを隠さないヴィルトリエに、マナミはおそるおそる尋ねた。
「あの、お楽しみの泉、って……?」
「ウチも知らない」
「あら、ヌイも知らないの? 属性魔法使いだから知っているかと思ったわ」
「……魔法事象発生地点?」
「え、魔法……えっと?」
何一つ分からず、マナミは狼狽える。何なら、ヌイが言っている言葉の方が分からない。泉の方がまだ、セレンとヴィルトリエの反応から、美味しいものがあるんだろうなと多少推測できるけれど。
「ヌイが言ってるのはボクも分からないから安心して。で、お楽しみの泉だけど、なんと、日替わりで全く違う味になる泉なんだ!」
「えっ、えっと、誰かが魔法で変えているわけじゃなく?」
「そうそう! 夜が明けて、朝一番の日差しを浴びると、前日とは全然別の味になるんだよ! でもどれも美味しいんだ!」
「そうなんだ、不思議……」
目を丸くするマナミに、ヌイが口を開く。
「それが、魔法事象発生地点」
「へ?」
「魔力で変質し、魔法のような事象が発生している場所。意思もなく、勝手に発動している魔法と考えればいい」
「たいてい観光名所として宣伝されているか、危険地帯として注意喚起されているかのどちらかね。今回は前者だけど、この先危ない方を通る可能性もあるから、しっかり覚えておきなさい」
「わ、分かった」
マナミはしっかりと頷いた。正直、あまり想像はついていない。けれど、魔法が使い方次第だということくらいは、マナミにだって分かる。なら、お楽しみの泉とは違い、人を害するような魔法が使われている場所もあるのだろう。
「あ、じゃあマナミ、もしかして水路のことも知らない?」
「水路?」
その言葉を聞いて、ヴィルトリエがそういえば、と口を開いた。
「言い忘れていたわ。地下水路の使用許可が下りたから、覚悟しておいて」
「えっ、うわ、本当に!?」
セレンが思わず、という風に大声を上げる。マナミはちら、とヌイに視線を向けた。
「ヌイ、その、水路って何か知ってる?」
「西部、水路網が発達してる。だから徒歩や人力車、馬車より船を使ってる」
「そうだったんだ……」
「でも、地下水路、知らない」
そう言ったヌイにつられて、マナミもヴィルトリエに目を移す。その様子に、ヴィルトリエが口角を上げた。
「緊急時用に作られた、高速で移動するための水路よ。よっぽどのことがなければ使われないわ」
「それ、使って大丈夫なの……?」
「あら。勇者一行が使わずして、誰が使うというの?」
ヴィルトリエが、おかしそうに笑みを零す。彼女に許可を求められた担当者の胃痛が想像できて、マナミはその安静を願っておいた。
「……ちなみに、地下水路での移動は悲鳴が上がるくらいだって聞いたことあるから、トリエの言う通り、覚悟しておこうね」
「ひえ」
マナミは明日の自分が無事であることを、心の底から祈った。




