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少女マナミは歩き続ける  作者: 佐和森飛鳥
2章 港町怪盗騒動
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6話 楽しい旅を

「あ、おかえりなさい、二人とも!」

「た、ただいま……?」


 ソミィの出迎えに、マナミは戸惑いながらも応える。ヌイは、と視線を向けると、なぜか座ってあやとりをしていた。


「姉貴、おれ行くから、後よろしく」

「え? まあ、大丈夫だけど」


 一方、コリスはソミィに後を任せ、天幕の方へと背を向ける。マナミはぺこりと頭を下げて、去りゆく姿を見送った。


「あれ、マナミちゃん、何か聞いてます?」

「あ、はい。様子をうかがってた子がいたらしくて……」


 マナミは気が付かなかったが、天幕の方からこっそり見ていた子がいたらしい。どうも、コリスがソミィに呼ばれるまで一緒に作業していた子だそうで、キリもいいし解散することになったのだ。


「あー、なるほど。コリスはみんなの人気者だし、魔物のこともあって、近くにいてほしかったのかも」

「人気者?」

「そうそう。しっかり者で面倒見もいいから、年下の子はみんな懐いてるんですよ。ふふ、頼れる自慢の弟です」


 そう言って何の憂いもなく笑うソミィに、マナミは思わず、肩の力が抜けた。


 ああ、彼女は、何も気付いていないんだ。

 コリスは、あの劣等感を、隠し通しているんだ。


 そのことに、マナミはなんだか安心してしまった。本当は、よくないのかもしれない。けれど、マナミの目標である少女が、マナミが思っているより完璧ではないことに、どうしてもほっとしてしまった。


「さて、じゃあついでだし、紐の調整しますねー」

「え、あ、はい」


 流されるように、マナミはソミィに助け笛を預ける。その笛を、ソミィはマナミの首にかけた。普通、紐の調節なんて買った側がやるので、マナミは目をぱちくりさせる。


「ふむふむ、これくらいで……。よし、じゃあちょっと待っててください」


 確認できたのか、ソミィは助け笛を手元に戻し、くるりと後ろを向いた。そのまま、置いてあった箱を開けて、ごそごそと手を動かしている。手持ち無沙汰になったので、マナミはヌイに目を向けた。


「ヌイは、必要なもの買えた?」


 尋ねると、ヌイはあやとりの手を止めないまま、こくりと頷いた。


「品揃え、よかった」

「そうなんだ。えっと、買ったものはどこに……」

「ウチは持ってない。すぐ分かる」

「……ええと?」


 よく分からなくて、マナミは首を傾げる。買ったのに持っていないとは、どういうことだろうか。困惑するマナミをよそに、ヌイは手元に兎や山、星などを、生み出しては崩していった。


「お待たせしました! マナミちゃん、どうぞ!」


 ソミィの声にマナミは顔を上げ、目を瞬かせる。差し出されたのは、助け笛だけではなかった。


「これは……」


 助け笛に、小さい革の袋がついていた。小さいといっても、助け笛よりは一回り大きい。袋の口の紐は両側にあり、助け笛を挟むように、首に駆ける紐に通されていた。


「あ、あの、これって一体」

「旅人がよく使う、笛入れですよ。不慮の事故で壊れないように、丈夫な革で作られているんです」

「いや、その、使い方はなんとなく見て分かったけど、でも」


 マナミはなんて言えばいいか分からず、視線を彷徨わせた。行商人が売っていた助け笛にもついていなかったのに、なぜ今回は袋が一緒なのだろう。元々買ったらついてくるのか、それともソミィの好意なのか。半ば混乱するマナミに、ソミィの笑い声が届いた。


「ふふ、安心してください。これ、ヌイちゃんからなので」

「……ヌイから?」


 驚いて顔を向けると、生み出した花を崩しながら、ヌイが頷いた。


「必要だと思った」

「……私の助け笛に、罅が入ってたから?」

「使えない、困る。守るもの、必要」


 ヌイの返答に、マナミは納得する。急に買いたいものができたのは、マナミの助け笛に罅が入っていたことを知ったからだったのだ。でも、とマナミは確認する。


「ヌイは、ほんとに欲しいものはないの? 最初に聞いたときは必要ない、って言ってたけど……」

「必要ない。貰って」


 向けられた紫の瞳に、マナミは口元を緩める。


「……分かった。ありがとう、ヌイ」

「笛、大事に」

「うん」


 ヌイの言葉に頷いて、マナミはソミィの手から、笛入れ付きの助け笛を受け取った。

 それからすぐに笛の代金を支払って、マナミは一息つく。さっそく首にかけた助け笛は、しっかりと笛入れに守られていた。


「よし、じゃあ私、“騎士姫”様たちの様子を見てきますね。もう少ししたら、夕食の準備もあるので」

「あ、あの」

「はい?」


 立ち去りかけたソミィを慌てて呼び止め、マナミは深く息を吸った。


「私たちの旅の歌、楽しみにしてます」

「それって」


 ソミィが目を見開く。マナミはこわばる手を握りしめ、たどたどしく続けた。


「それから、その歌を、聞いた後に。……その歌を歌えるよう、教えて欲しい、です」

「――もちろんだよ。ありがとう、マナミちゃん!」

「わわっ」


 飛びつくように抱きつかれ、マナミはよろめく。


「そんな、大したことじゃ……」

「大したことなんだよ。マナミちゃんだけじゃない。“騎士姫”様も、セレンさんも、ヌイちゃんも。みんな、私たちを認めてくれた。それが、嬉しいの」


 マナミの身体をゆっくりと離し、ソミィが微笑む。


「……二つ名は、認める、違う?」


 気になったのか、近くで聞いていたヌイが問いかける。


「それは私の歌だけだから。私自身じゃなくて、私の歌声だけ。……二つ名をもらったときは、敬語も全然使えなかったから、当然だけど」

「えっ、そんな」


 驚いて声を上げたマナミに、ソミィが苦笑する。


「ほんとだよ。スラム街に捨てられたから、学ぶ機会がなかったの」


 スラム街。掃きだめの街。行商人から聞いたことがあるだけの場所に、マナミは言葉を失う。

 “巡り風”の団員たちが、頭をよぎっていく。マナミと同じくらいの年齢から、幼い子供までいる、大人が誰一人いない演奏旅団。


「本当に、ありがとう。私……ううん、私たち、絶対、最高の歌を作ります」


 ソミィが目を細め、誓うように告げた。






 翌朝、マナミたちは支度も終え、“巡り風”と向かい合っていた。


「じゃあ、中央側への報告はよろしくね。と言っても、次の村で自警団に託せば、すぐ走ってくれるでしょうけれど」

「任せてください。必ず伝えます」


 ヴィルトリエが、ソミィに報告書を預ける。ソミィは鞄に仕舞い込み、しっかりと頷いた。その様子を、勇者一行と“巡り風”の団員たちが、じっと見守る。ふと視線をそらすと、同じように視線をさまよわせていたコリスと目が合い、マナミはぎゅっと、助け笛を握った。


「それじゃ、わたくしたちはこれで」

「はい。また巡り会うことを願ってます!」


 ヴィルトリエが背を向け、ヌイが静かに続く。セレンが大きく手を振っているのを見て、マナミも軽く頭を下げてから、ヴィルトリエの背を追った。


「そういえばマナミ、結局歌作りは了承したの?」

「え、あ、うん」


 セレンの問いに答えると、ヴィルトリエがため息をついた。


「全く、大げさね。別に気にすることでもないのに」

「あはは。まあ、自分のことが英雄譚になるなんて、だいぶ一大事だと思うよ」

「そもそも勇者一行として、歌になるような旅をしている時点で一大事でしょう」

「う、そ、それは……」


 反論できない。うなだれるマナミの頭を、セレンがわしわしと撫でる。


「あう」

「ま、気楽に行こうよ。どんな道を辿っても、最後に魔王を倒せばいいんだから。せっかくなら、楽しい方がいいでしょ」


 ヌイが首を傾げ、セレンに視線を向ける。


「……楽しい?」

「そうそう。美味しいものたくさん食べるとかね」

「まあ、急ぐ旅に変わりはないけれど。苦難だけでは疲れてしまうものね」


 ヌイはぱちぱちと瞬きをして、納得したのか、懐をごそごそ探り出した。


「気楽に、楽しく、かぁ……」


 マナミも、セレンの言った言葉を呟く。もしそんな旅をしたのなら、英雄譚じゃなくて、喜劇とかになるんじゃないだろうか。勇ましい戦いの物語じゃなくて、愉快な珍道中として歌われ、広まっていく。ともすれば、未来まで。


 でも、その方がいいかもしれない。


 “騎士姫”ヴィルトリエが、“怪力の女傭兵”セレンが、謎の凄腕斥候兼魔法使いのヌイが、そして、勇者の子孫マナミが、後世に伝わるなら。

 偉大な勇者一行じゃなくて、楽しい旅をした果てに魔王を倒した、ちょっと身近な勇者一行の方が、ずっといい。


「これ、美味しいもの」

「え、お師匠さん印の保存食じゃん。くれるの? やったー!」

「セレン、貴方さっきあれだけ食べたのに、まだ食べるつもり?」

「……お腹空いてきたら、私も貰っていい?」


 マナミは知らず頬を緩めて、仲間たちの会話に混ざった。


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