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少女マナミは歩き続ける  作者: 佐和森飛鳥
2章 港町怪盗騒動
16/37

1話 魔物退治

二章開幕です。

今章から、一話あたりの文字数を減らしました(一章も追って調整予定)。

今のところ、毎週日曜夜に更新予定です。

「いやぁ、楽しみだね」

「うん」


 野営の準備を進めながら、マナミとセレンは顔を綻ばせた。ちら、と目を向けた先には、賑やかに楽器の点検をする集団の姿がある。


 魔物を倒し、勇者一行と名乗ることを決めたマナミたちは、当初の予定を取りやめ、この近辺に一泊することにした。全員の負傷度合いや魔力の損耗から、ゆっくり休むべきだと意見が一致したからだ。とはいえ、周囲にまだ魔物がいないか確認しないといけないし、野営のことを考えると、湧き水のところに移動する必要がある。その分担を話し合い始めたところで、協力を申し出てきたのが、魔物から守った彼女たち、演奏旅団“巡り風”だった。


「マナミちゃん、セレンさん、何か手伝いますか?」

「わっ」


 背後からの声に、マナミは慌てて振り返る。そこに立っていた焦げ茶色の髪の少女――あの凜とした声の持ち主は、にこやかにこちらの様子をうかがっていた。


「こっちは四人分だけだし、もうすぐ終わるから大丈夫。今回は天幕も張らないしね。むしろボクたちの方が手伝おうか?」

「いやいやそんな、恩人にこれ以上何かしてもらうわけにはいかないですよ! 今だって返しきれるか分からないのに……」

「あはは、それならこの後の演目、とびっきりいいものを聴かせてよ。楽しみにしてるからさ」


 セレンが三つ編みを揺らし、目を細める。少女は呻き声を上げ、瞳を揺らした。


「うぅ、ただでさえ“騎士姫”様がいるのに、さらにハードルが上がるなんて……。分かりました、受けて立ちます! “薫風の歌姫”ソミィの名にかけて、最高の歌をお届けあいたっ!?」

「こら姉貴、邪魔してないでさっさと戻ってこい。野営の準備始まってんぞ。……あー、すいません、姉が」

「気にしなくていいよ。ね、マナミ」

「あ、う、うん」


 マナミがこくこくと頷くと、姉に拳骨を落とした青年――あのとき、マナミに声をかけてきた彼が、安心したように眉を下げた。


 演奏旅団“巡り風”もまた、マナミたち同様一泊することにしたらしい。怪我や魔力の消費具合もあるそうだが、何より、演奏旅団の命綱である馬車と楽器の点検をすぐに行いたかったためだそうだ。とはいえ、魔物相手に手も足も出ず、せいぜい魔法で気を逸らすくらいしかできなかった自分たちが、今の森に泊まるのは危ない。そう判断した彼女たちは、マナミたちに、合同での野営を申し出た。マナミたちに一晩の護衛を依頼する代わりに、夜と翌朝の食事、そして演奏会を提供する提案をしてきたのだ。


「でも正直、減ったのは私のやることだけで、みんなの負担は変わってないよね……」


 準備に戻っていった姉弟を見送って、マナミは肩を落とす。胸を張れる勇者に、なんて意気込んでも、やはり自分の無力さに落ち込んでしまう。


「まあ、仕方ないと思うよ。彼らはあくまで演奏旅団だ。ボクたちの代わりは務まらない。これで油断して、マナミが危ない目に遭ったら嫌だしね」

「同意。油断は大敵」

「ふえっ!?」


 真後ろに立っていたヌイに、マナミはびくっと身体を震わせる。


「ヌイおかえり。トリエは?」

「あっち」

「ああ、子供たちにつかまったのか。人気者だね」


 マナミも視線を向けると、二人の女の子が、目を輝かせながらヴィルトリエに話しかけていた。ヴィルトリエも普段の苛烈さを見せず、穏やかな表情で応対している。


「あ、調査の方はどうだったの?」


 セレンがヌイに問いかける。気になっていたので、マナミもヌイに顔を戻した。


 マナミとセレンが演奏旅団の護衛と移動、設営をしている間、ヴィルトリエとヌイが近辺の調査をする。これが最終的な分担だった。といっても、本格的な調査までは行えないので、それは今後、王国上層部に任せられることとなるはずだ。


「たぶん、魔物は近くにいない。大丈夫」

「た、たぶん?」


 ヌイがこくりと頷く。


「見かけなかった。怪しい場所もなかった。でも断定できない」

「じゃあ、やっぱり発生原因までは分からなかったんだね?」

「そう。淀んでただけ」

「ん?」


 ヌイの言葉に、マナミとセレンは顔を見合わせる。


「……ヌイ、淀んでた、って?」

「魔物の経路を逆に辿った。行き着いた先が、嫌な空気で淀んでた」

「へえ、それは怪しいね。淀み以外に妙なところはなかった?」

「ない。木が密集して陰になってるくらい。淀んでたのも、段々薄れてた」

「ええと、なら、その淀みから魔物が生まれたかもしれないんじゃ……?」

「あるいは、そこに魔王がいた、かもしれないわ」

「トリエ」


 子供たちから解放されたヴィルトリエが、顔をしかめながら合流した。


「おかえりトリエ。それで、魔王がいた、って根拠は?」

「言い伝えから推測しただけよ。魔物が魔王によって生み出されるなら、その場所に魔王はいたはず、というだけ。魔王は離れた場所にも魔物を発生させられるかもしれないし、魔物の卵を置いていて、それが孵っただけかもしれない。今の時点では、考えるだけ無駄ね」

「同意。断定できない」

「ああ、そういうことか。確かに、一事例だけじゃ判断つかないね」

「な、なるほど……」


 マナミもようやく理解した。例えば暴れ縞鹿が現れたなら、群れが何かに襲われたのだろう、と分かる。けれどそれは、数多の実例があったからだ。実例がひとつだけでは、確かに判断のしようがない。考えてみれば当然の話だった。

 それに、魔物は言い伝えにのみ存在する、誰も見たことのない生き物だ。いや、魔力の塊なのだから、生き物ですらない。そんな不可思議な存在なのだから、似た生き物の行動から推測することもできない。だから、調査のためにはより多くの実例が必要だろう。


「で、でも、今までは目撃されただけだったんだよね?」

「そうよ。目撃証言があって、周辺を調べたけれど何もなかったらしいわ。魔物も、淀みも、見つかっていたら報告に上がるはず。だから目撃例と今回の遭遇とで何か差異があるはずだけれど、これもまだ分からないわね」


 差異。その言葉に、マナミは思わず目を伏せる。

 目のない魔物と目が合った、あの瞬間が頭をよぎる。


「マナミ、確かめたくはない?」

「え?」


 ヴィルトリエの声に、そっと視線を上げる。ヴィルトリエは真っ直ぐに、マナミを見つめていた。


「今回の遭遇に、貴方が関係しているのかどうか」

「……それは、知りたい、けど。でもどうやって」


 マナミの疑問に、ヴィルトリエはあっさりと答えた。


「目撃証言があった場所に行くのよ。それで出てきたら、可能性は高まるでしょう?」

「え」


 確かに、マナミがいるかどうかで変わるのなら、マナミの存在が関係している可能性が増える。とはいえ、とマナミは口を開いた。


「賢者の塔に行く道に、そんな場所があったの?」

「いいえ。だから一度西部の都市に寄って、そこで聞くわ」

「西部?」

「ええ。今回の魔物について、西部側に伝える必要があるもの。だからそのついでにね」


 なるほど、とセレンが頷いた。


「そうだね。助け笛にも応援を寄越さなかったのだから、西部側にもあまり騎士や傭兵の余裕がないはずだ。中央から地方に傭兵が流れたはずだけど、西部の中でも、中央寄りのところは少なくなっていると思う。なら、もっと中央から遠ざかれば、傭兵たちが集うような、より多くの魔物の目撃証言が期待できる、ということだね」


「え、で、でも、そんな、早く賢者の塔に行かなきゃいけないんじゃ」


 マナミの疑問に、セレンがおかしそうに笑った。


「安心してよ、マナミ。魔物を探す目的は、キミの件だけじゃないから。だろう? トリエ」

「当然よ。わたくしがマナミ一人のために予定を変更すると思って?」

「思わないけど……」


 でも、その言い方はちょっとひどいんじゃないだろうか。涙目で訴えるマナミに、ヴィルトリエは愉快そうに口角を上げた。


「一番の目的は、魔物と戦うことよ。魔王の居所を知るよりも先に、魔物との戦いに慣れておきたいの。これで苦戦するようじゃ、魔王との戦いなんてどうしようもないわ」

「魔物、魔力でできてる。全部同じとは限らない」

「あ、あー。そうか、発生の経緯だけじゃなく、魔物自体も共通点が全くない可能性があるのか。面倒だなぁ」


 ため息をつくセレンに、ヌイが首を横に振る。


「魔力が一番集まった核を壊せば崩れる。同じはず」

「つまり、相手の魔法媒体を壊せば魔法が使えなくなるのと同じということね。どんな魔法を使ってこようが、その魔法を発動する要がなければ意味がないわ」


「なるほど……」


 呟いて、マナミは自分の髪を結んでいる髪紐に触れる。綿毛羊の毛で作られたこれは、ヴィルトリエが貸してくれた媒体だ。魔法を発動しているときにこの紐が切れたら、魔力は霧散し、魔法は中断される。もしマナミであれば、新しい媒体を手に入れればまた魔法が使えるようになるが、魔物はあくまで魔王が作った産物であるため、魔法同様、核がなければ崩れ消えていくということだろう。


「じゃあ、明日からは西部の魔物退治、ってことだね。あはは、勇者っぽい」

「そう言われればそうね。けれどその前に、今回の遭遇についての報告内容をまとめるわよ。中央側へは演奏旅団が伝えてくれるそうだから、出発前に書いて渡さないと」

「ああそっか、中央からも人が来てないからね。西部も演奏旅団の人たちぐらいだけど」

「……あ」


 セレンの言葉で、マナミはふと気が付いた。


「西部から来たんだから、演奏旅団の人たちも、何か知らないかな?」

「あら、本当ね」

「賢い」


 思ってもみなかった、という表情の二人に、マナミはちょっと頬が緩む。セレンは、と顔を向けると、彼女は別の方を見ていた。


「まあでも、それは一旦おあずけかな」


 セレンの視線の先を見ると、演奏旅団の団員たちが、楽器を手に整列している。いつのまに、と唖然とするマナミたちに、明るい声が届いた。


「みなさん、お待たせしました! 演奏会、まもなく始まります!」


 演奏旅団“巡り風”の代表、“薫風の歌姫”ソミィが、マナミたちに大きく手を振った。


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