表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
少女マナミは歩き続ける  作者: 佐和森飛鳥
1章 勇者一行の始まり
11/37

10話 謎の少女ヌイ

「『火よ灯れ』」


 魔法で火を付け、燃え広がるのを待っていると、セレンに声をかけられた。


「いやあ、魔法ってすごいよね」

「私の魔力じゃ、火種くらいにしかならないけどね」

「それを言ったら、ボクなんか火打ち石が必要だからね。それに比べたら充分だよ」

「そうかな……」


 納得しきれないマナミに、セレンが背中を押すように続ける。


「そうだよ。生活に役立てられるくらいでちょうどいいんだよ。普通に生きていくだけなら、たくさん魔力あっても使わないでしょ? 別に、マナミは属性魔法使いでも何でもないんだから」


 それはまあ、とマナミは頷いた。


「これから行く賢者の塔には、属性魔法使いしかいないんだよね。すごいなぁ……」

「属性魔法使いとか、正直変な人って印象が強いけどね」

「そうなの?」


 首を傾げたマナミに、セレンが遠い目をする。


「傭兵にも何人かいるけどさ、ボクが会ったことあるのは火魔法で相手の感情を操るやつと、土魔法で気配探知してたやつかな。あ、あと雷魔法で火を点けてたやつもいたね」

「……ひとつの属性を極めたら、その属性で、そんな色々できるんだ……」

「びっくりだよねー。ボクに魔力があったとしても、そんなこと出来る気がしないよ」

「私も無理そう……」


 セレンと話していると火がいい感じになったので、鉄網を載せ、その上に切った鹿肉を並べていく。香ばしい匂いが、辺りに広がった。


「美味しそう……」

「まだ焼けてないから食べちゃ駄目だよ」

「すごく美味しそう……」

「あら、食べるのが待ち遠しいわね」


 周囲をざっと警戒してきたヴィルトリエが、笑みを浮かべて戻ってくる。彼女に微笑み返して、マナミは無意識に伸びていたセレンの手を止めた。


 少し待ってから、ようやく焼けた鹿肉を皿に載せ、手づかみ用の葉と一緒に二人へ分ける。セレンは勢いよく食べ始め、ヴィルトリエも大きめに鹿肉を頬張っていた。マナミも一口食べて、失敗していないことにほっとする。簡単な料理でも失敗するときは失敗するから、どうしても心配だったのだ。

 でも、マナミの仕事はまだ終わりじゃない。マナミは残っている鹿肉を、また鉄網に並べた。セレンがいるので、多めに焼く必要がある。少し大変だけれど、残り物が出ないという点ではありがたい。それに、戦闘では全く役に立たないので、こういうところで少しでもお返ししたかった。そんなわけで、マナミは自分用の鹿肉をかじりながら、焦げないよう火の番を続けた。


「マナミ、どうどう、いい感じ?」

「うん、大丈夫。おかわりいる人は?」

「はーい!」

「わたくしももらおうかしら」


 差し出された皿へ、順に鹿肉を盛っていく。一人、二人、三人。ちょうどなくなったので、追加で鹿肉を並べる。これで今回追加しなかった自分用と、あとまたおかわりするであろうセレン用で充分行き渡るはずだ。

 そこまで、考えて。ふとマナミは引っかかりを感じる。何かがおかしい。自分の皿には一回目のものしか載せていない。けれど、マナミは確かに三人分、鹿肉を盛り付けた。


 ぱっと顔を上げ、辺りを見回す。ちょうど他の二人も同じことに気付いたようで。ほとんど同時に、同じ場所に視線を向けた。


 そこにいたのは、一人の少女だった。


 髪色は珍しい黒で、真っ直ぐ背中まで伸ばしている。見かけは小柄で、ずいぶん軽装に見えた。紫色の瞳はじっと焼いた鹿肉に向けられ、黙々と食べ進めている。


 不意に、少女が顔を上げる。視線に臆せず、もぐもぐと咀嚼していた彼女はごくりと飲み込むと、無表情のまま、ゆっくりと口を開いた。


「美味しい」

「いや他に言うことあるでしょう!?」


 ヴィルトリエが叩きつけるように叫び、少女に剣を向けた。セレンも皿を置き、真剣な顔で斧を担いでいる。


「貴方、何者? 今の今まで、何の気配も感じなかったわ。それこそ、まるで暗殺者みたいにね」

「あ、暗殺……!?」


 物々しい言葉に、マナミは血の気が引いた。この状況で狙われるとしたら、目的はヴィルトリエか、マナミだ。


「……トリエ、結界に対する自信はどれくらいかな?」

「わりとあったけれど、ちょっと自信なくなったわ。結界がこの子に有効だとしたら、敵意はないけど気配なく近づいたことになる。でも無効だとしたら、わたくしよりずっと魔法の扱いが上手いことになる。どっちもあまり好ましくないけれど、後者の方がまだ納得できるわ」


 謎の少女を睨みつけながら、ヴィルトリエが説明する。今さら手が震えてきて、マナミは誤魔化すように手を握りしめた。


「それで、言い訳は用意できたかしら? そろそろ教えていただきたいのだけれど」


 ヴィルトリエの言葉に、少女がぽつりと返した。


「ヌイ」

「え?」

「名前」


 少女――ヌイは、淡々とそう告げた。


「……ずいぶん変わった名前だけれど、暗号名か何かなの?」

「ほんとの名前」


 ヌイは表情を変えないまま、突然マナミの方へ顔を向ける。


「これ、アナタが作ったの?」

「え、あ、うん」

「ちょっと、マナミ」


 ヴィルトリエの咎める声に、返事をしたことを反省しかけるも、その前にヌイの素朴な声が届いた。


「美味しい。ありがとう」

「……ど、どういたしまして……?」


 好評なのは嬉しい。嬉しい、が、そもそも窃盗みたいなものじゃないだろうか。内心首を傾げるマナミに構わず、ヴィルトリエがヌイを追及していく。


「ふざけるのもいい加減にして。こちらとしては、貴方が料理に毒を混ぜている可能性だって考えているのよ」

「しない。ご飯は大事」


 ヌイは首を小さく横に振った。


「大事だからこそ、敵だったら狙ってくるでしょう。そろそろここに現れた目的を吐いてもらえる?」

「お腹が空いて、美味しそうな匂いがした。耐えきれなかった」

「貴方もしかして殴られたいの?」


 苛立つヴィルトリエに、セレンがまあまあ、と声を上げる。


「もしかしたら、ただの通りすがりの凄腕かもしれないから。ちなみに職業は?」


 セレンの問いかけに、ヌイはきょとん、と首を傾げる。


「……無職?」

「こんな無職がいるわけないでしょう! もう、何なの本当に!」


 声を荒げるヴィルトリエを、セレンが宥める。ヌイはそれを気にも留めず、また鹿肉にかじりついてしまった。何もできず、おろおろと視線を彷徨わせるマナミに、ヌイが声を投げかける。


「それ。焼けてる」

「えっ、あっ!」


 追加で並べた鹿肉が、危うく焼きすぎそうになっていた。ひとまず、急いで自分の皿に放り込む。セレンへは後で渡そう、となんとか対処したマナミはほっと息を吐き、ヌイたちの方へ意識を戻す。途端、とんでもない寒気に襲われた。


「……貴方、今、なんて言った?」


 冷え切った声で尋ねるヴィルトリエに、ヌイが怯むことなく告げる。


「ウチも、一緒に行く」

「へっ?」


 困惑した声が聞こえたのか、ヌイの視線が、一瞬マナミに向けられる。


「ご飯のお礼」

「……それにしてはおかしいでしょう」


 ヴィルトリエが、努めて冷静にヌイを睨みつけた。


「何を企んでいるの。白状しないつもりなら、こっちも対応を変えるけれど」

「何も。……ご飯、食べたいのはある」

「確かにマナミの料理は美味しいけれど、それに感動して旅に同行する程ではないわ。見苦しい言い訳にも程があってよ」

「本当。ずっとこれ食べてた。好きだけど、飽きてきてた」


 ヌイが懐から包みを取り出す。中身は保存食のようで、二、三口で食べられそうな大きさの、黒い角柱が見えた。


「何それ、食べていい?」

「セレン」

「トリエ、ほら、ちょっとくらいいいじゃん。ボクの胃はけっこう強靱だよ?」


 懇願するセレンにため息をつき、ヴィルトリエが、ヌイが手に乗せた保存食へ毒の判別魔法をかける。結果は問題なかったようで、セレンが嬉々として口の中に放り込んだ。


「……んむ、これは独特……海産物中心の練り物、を、干してるのかな……? 噛み応え抜群だし、いや、これ噛めば噛むほど味が出るね……いつまでも食べていられる……もしかして、ボクの長旅の救世主では……?」

「長旅のお供、ばっちり。ウチの師匠の自慢の品」

「師匠?」


 聞きとがめたヴィルトリエが、ヌイに鋭い目を向ける。


「師弟関係があるということは、技術か何かを受け継いでいるのよね? それなのに無職なんて、まだ言い張り続けるつもり?」

「ト、トリエ、落ち着いて」

「落ち着けるわけがなくてよ。マナミ、貴方、他人を警戒することを覚えなさい。特にこんなあからさまな不審人物は」

「そ、それはそうなんだけど……」


 美味しい、と真っ直ぐ言われたからか、マナミ自身は、ヌイに対してそこまで悪感情はない。ただ、警戒心が足りない、と言われたら、ぐうの音も出ない。

 どうしよう。この先の方針だって、まだ決まっていないのに。

 マナミはぐるぐると、頭を悩ませた。






 ビィィィィィィィィィィィィィィィィ!!!!!


 助け笛の音が鳴り響いたのは、そのときだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ