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【かまいら。】  作者: 老猫
2/2

第2話【かまいら。】

 深谷凪が朝起きると、

 右の手から鎌が生えていた。


 今日の"いつもの予定"はナシ。

 消えた。



 感想を持つよりも先に、慣れない

 実感を確かめるのに時間を要した。


 その後、

(無駄に綺麗な鎌だ…)と客観視の

 意見と共に息を吐いた。


 赤銅色の鎌。草を刈るよりも

 ソレ以外のモノを刈り取りそうな…

 例えば…

【魂や霊】【異形のモノ】を刈ることが

 出来るような、そんな見た目と形状。


(そうだな…)と今後のことを考える。

 家族は…居ないも同然だ。


 父親は生まれた時には顔を見る前に

 母の前から消えていて…。


 母親は今日も【別の男】の家に居る。

 夜の店で働く母は、出会い系アプリで

 知り合った、若い男に貢いでいる。


「最低限、高校だけは出ておきなさい」

 とのことで、惰性で生きる凪は、

 女子高生としての青春を謳歌するでなく

 鏡を見ながら、現実を知る。


 母に似て…。金とカラダがなければ

 何もない…。唯一違うのは、若さだ…。


 凪は、毎晩…帳の下りた夜になると、

 飲み屋とホテルの並ぶ通りに出て…

 指定の制服を着て客を探す。


 触れて欲しくない顔は…

 深く帽子を被り、前髪を垂らし、

 目元を隠し【釣り餌】を完成させる。


 フリーハグというものからヒントを得て

 それを小遣い稼ぎにしている。


 金以上にちょっとした温もりや優しさが

 欲しいから、という理由もある。


 何となく寂しいとの心の声は常にある。


 ただ今は、それよりも先に

 鎌の生えた手を見つめながら、

(どうしたものか…。寝れば直るのかな?)


 と考える。


 実感を否定する。また今日が…

 いつものように流れていくことを

 普段頼ることのない神様にお願いをする。


 また寝る…。

 が…寝られない。


 起きる。


 見る。


(どうしたものか…)とまた考える。



 ・・・


 

 春の夜はまだ寒く。外灯に照らされた

 桜の花びらが散る公園の中を歩く凪は、

 黒のパーカーに片腕を通さずに着る。


 大事な腕が折れたかのような仕草で

 まともな方の左手で鎌の生えた腕を

 摩りながら視線を落として歩く。


 桜を見上げる…。視線を戻して

 前、続いて辺りを見る。誰もいない…。


 先程までいた長い白髪、色黒の

 浮浪者は、拾ったタバコを吸い終え、

 灰皿代わりの空の缶コーヒーをベンチ

 に残して消えていた。

 

 こちらを見ているのか?と気になった…。

 まともな人間であると自分に言い聞かせ

 ながらも、左手が着衣越しに鎌の形状に

 触れると身震いがした。


 そしてそのまま、しゃがみ込み、

 苦しさの中に閉じ込められている自分に

 絶望し、嗚咽した…。


【泣く】というのが久しくないと

 気づいていた。まるで実感の無い世界に

 いつも生きてきたから、何も感じない。


 感じないほうが自然だ…。ちょっとの

 温もり、優しさで心が救われる…。

 それに気づいたのはごく最近のことでは

 あるが…。もう何もかもが遅いと

 感じた…。


(このまま…この鎌で首を刈って

 死んでしまおうか?)


 と考えた…。その思いを振り払うだけの

 生きている理由が、わずかに与えられる

 お金と温もりである…。


 容姿は最低。誰もいない。孤独。

 学校は休みがちで、このままいけば、

 自然と退学になるだろう。


 行く意味など無い。


 もう何もない。


 強調する…。自死すべきと

 強く唱える。


 どうして…こんなことになって

 しまったのか?と考える。


 運命はいつも自分の思いとは

 だいぶ離れた場所に自分を連れて行く。


 凪は、両膝を付いて、外灯に照らされ

 ている風に揺れ、散る最中の桜をみる。


(もう終わりだね…。最後だけは

 綺麗な瞬間を"ありがとう")


 そう何気なく思ってから、首を刈ろう

 と右手を出して首にあてる。


 そのとき、背後から、胴と胸に手を回し

 身体を密着させてくる存在があった。


 凪が「いやぁっ!!」と肘を付いて

 離れると、先程の浮浪者の男が

 下半身を一部露出させて立っていた。


「…さっきから、ずっと。君のことを

 みていたよ」


 と外灯の下にいる凪に話し掛け、

 近寄ると、完全にズボンを下ろし、

 

「だって、そのまま…惨めに死ぬ前にさぁ

 …おじさんとイロイロ

 ヤラせてくれてもいいだろ?


 そのあと、おじさんも一緒に死んで

 あげるから…。いいだろ?駄目かい?」


 凪は右手の鎌のことなど、どうでも

 よくなっていた。


 今自分に起きている危機にどう対処

 すべきか?を考える…。


(……………こんな死ぬ前の美しい景色を

 邪魔する、残酷で…酷いヤツ。

 殺そう…。殺す…。殺してしまおう…)


 凪は自分の中で何かが弾けたような

 気分になった…。


 そして…


「わかった…。じゃあ、シテあげる

 から、こっちに来てよ…

 シテあげたら、一緒に死のう…


 でも最後に…。その、

 "見にくい顔"を近づけて…」


【醜い】という意味では無く、

 凪は【よく見せて】という意味で

 男に声をかけた。


 が、男は勘違いした【醜い】という

 言葉に何故か異常な反応を示し、

 興奮したようで、


「そう"ハッキリ"いってくれると…

 何だか、うれしいよ……

 おじさん、嬉しくなっちゃう」


 と息を荒く弾ませながら、床に片手を

 ついて、座り込んでいる無防備な状態

 の凪に近寄り…

「はぁぁ~」と大きく息を吐いて

 純情な犬のように四つん這いになる。


「この醜い姿が…よぉく、みえるかい?」


 と男が言った刹那、

 凪は右手に生えた鎌で、男の目元を

 えぐった…。


 男は血を流し、驚き、慄き、そして

 凪からすれば、大袈裟にも聞こえる

 呻きの声を上げる。


 凪は間髪入れずに立ち上がると…

 躊躇なく男の顔を踏みつける。


 目元を片手で覆いながら男が

 奇声を発し乱暴に凪の足を払うと、


「勝手に動くなっ!ど変態!!!」

 と罵倒し、今度は左手で髪をつかみ、

 顔を固定させると…容赦なく、追撃…。


 右手の鎌を渾身の力を込めて振り

 下ろし、髪を引っ張り横に向けて

 あらわになった男の首に鎌が突き刺さる。


 鎌を抜いて、男から、血が出ているの

 を確認すると、凪は微笑み、

「ははっ…♪楽しくなってきた…でしょ?」


「私…アナタに最後に"シテあげる"と

 …言ったでしょ?」


 と言って、人格の変わる自分に酔いしれる。


(私は異形のモノ。妖怪。ケモノ。


 "かまいら。"


 こんなにも、愉快で楽しいことが、

 最後にあるなんて…。人間どもの…。

 サイアクで、くだらない世の中…。

 捨てたものじゃないわね)



「でも、約束は約束…。

 "ちゃんと"アナタが死んでから、

 私も、一緒に死んであげる」


 ・・・


 翌日。


 地元の女子高生である首を刈った状態

 の凪と、正体不明の浮浪者男の死体が、

 公園の桜の花びらをのせて並んでいた。


 凪の母親は事件後、地元を離れた。

 そしてより一層不安定になり、

 口論の末に貢いでいた若い男を殺し…

 凪の遺灰が入った骨壷を持って、

 海の中に消えた。


 凪の遺灰が母の手によってまかれた

 その日は、波のない穏やかな海が

 広がっていた。

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