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【かまいら。】  作者: 老猫
1/2

第1話【普通の人間】

 "深谷凪(ふかや なぎ)"が目を覚ましたのは

 遠い空の下であった。


 吸い込まれそうでいて、何か

 現実離れした、不思議な感じがする…。


 懐かしい空…雲ひとつ無い青。

 床に生えるは草…程度の差はあれ均等に

 生い茂る鮮やかな緑。


 他人事のように捉えている鮮明な光と

 色彩の広がる光景、世界で、

 凪がボォー…としていると、声がした。


『アナタは、誰?』



「へぇ…?」不意打ちの声漏れは凪。



『アナタは、どこから来たの?…

 "こんな辺境にようこそ…"と…。

 皮肉たっぷりに言いたいけど、

 "すごく"変よ』


 ナギは(ここはどこなのか?)と

 ぼんやりとした思考のまま

「…………そうかな?」と発して返す。


『そうよ…。絶対。変よ。すっごく…。

 だから、わざわざ聞いているの

 どこから来たのか、を…』


「凪…。ナギだよね?私の名前…

 私は………。

 "ちゃんと手が付いている"

 普通の地味で目立たないブサイクな

 ヤツだよね?」


 声の主は『ふぅん?…』とナギをみて


『…………いいえ。キレイな黒髪の

 "お姉さん"よ。アタシの両目が腐って

 いなければ…。

 そうね。うん…。間違いないわ…。

 もちろん、その美貌に似つかわしい

 キレイな手が付いているのも見える』



「へぇ…。そんな。嘘、冗談でしょ?」


 ナギは自分の手を見つめる…。手が…

 ちゃんと手が…。

 付いている…。"普通の手"が付いている。


「あっ…。本当だ…。顔のことはともかく

 これは夢じゃない…夢じゃないよね?」


 大袈裟な表現にみえたであろう

 声の主は、変な人に合わせてやろう

 という感じで『ふぅ~ん』と言ってから


『そうよ…。これが夢であるなら、アタシは

 誰かの夢の中にいて、彷徨っていることに

 なるわ。白昼夢…てやつ?…

 アタナは、夢想に生きる詩人さんですか?』


 と訊いた。



「……いいえ。違うけど。ただの

 人間だよ。普通の…?

 …普通の。たぶん…普通の…」



『普通の?…。じゃあ、普通じゃない

 ね。きっと…。変な人だ。変な人は

 自分を普通と認識しているのよ』



「…………そうかもね。今までが

 アレだったから…。相当ね…」



『ねぇ…。ずっとここで寝ているの?』



「…いいえ。ところで…

 ここはどこかな?」



『ここは、ワッツの村。そんで、

 アタシの名前はワッツ』



「村と名が一緒か…。わかりやすい」



『で…。最初の質問。アナタはどこの

 誰ですか?』



「私は…。ナギ。名前は"さっき"

 言ったよね?」



『…アタシが名乗ったんだから、

 その流れで頭から聞いたの。余計なこと

 はいいじゃない』



「そうだね…。私はナギ。

 で…。どこから来たのかは…

 よくわからない。覚えていない」



『…えぇ。ナニソレ…。記憶喪失って

 ヤツなの?…面倒くさいな…』



「…うん。面倒だね。この手が普通で

 あってくれて嬉しいってことだけ…

 そのことは、よく覚えているよ」


 寝転がっているナギは手を空にかざして

 安堵の溜息をひとつ吐く。



『……変なの』



「ワッツは、どうしてここに私が

 いるか?知っている?

 あと、私がこの世界の…。何者であるか…

 知らない?」



『…知らないから、聞いているんじゃない。

 アナタ、変な上にバカが入っているの?』



「そうかも…。そうかもね…。

 すごく馬鹿なことをしたというのは

 感覚としてある…。何だったかな……」


 といいながらナギは右手で首筋を触る。



『ねぇ…』



「何?」



『もう、変な"独り言"は止めて、早く

 帰った方がいいわ』



「…何故?」



『ここらのモノを無造作に

 刈っている…。

 やっかいな"風"が吹くの…』



「風…?」



『ええ。感情の昂ぶったような、

 防ぎようのない強い風が吹くと…。

 ここらの名も無い雑草や綺麗な花が、

 キレイに刈られて落ちているの。


 たまぁ~に、人も…。皮膚だけでなく

 手や足がバラバラになって……』



「…え!?」



『嘘…。冗談よ。滅多に人が来ない

 ところだから、風も驚いて人を刈る

 のをギリギリで止めるのよ…。

 もともと臆病な存在だから…

 でも……。

 たまぁ~に気まぐれで、"純粋で"

 不器用だから…

 悲惨な事故は起こるだろうけど…』



「………」



『だから……早く。帰ったほうがいい』



「帰る場所なんて、ないよ」



『じゃあ、野垂れ死ぬか、アタシの

 ところで奴隷として死ぬまで働くか、

 選びなさい』



「……えぇ。…どっちも"嫌"だな」



『じゃあ、死ねば。アタシはアナタを

 置いて帰るから…。と言いたいところ

 だけど…。

 こんな美人がこんなところで

 捨てられているのは、何か理由が

 あるんじゃないかな?…と気になって

 夜も朝も寝られないから…


 来なさいよ。ボロい我が家に…』


 ナギはゆっくりと起き上がり、

 ワッツを見て


「……うん。そうするよ」


 と返した。


 見下ろす形になったボロ布を纏う

 ワッツの姿は白髪で童顔の女性だった。


 目は大きいが少しタレ目で、

 鼻は低く小顔。肌は日に焼けて色黒だ。

 快活な様子は無く、日常の疲れが表情

 からは読み取れる。


 背丈は現在のナギから見れば低く、

 一見華奢に見えるが、ボロから覗く

 前腕は太く。その先にある荒れた手を

 見れば、過去から続く彼女の労苦が見て

 取れる。


『アタシを見て、どう思うのか?

 何となくわかるよ…。家にお母さんが

 いるの…。ずっと頑張って面倒を

 見ているから。こんな風に変わっちゃ

 った…』



「そう…。でも、その気持ちは

 わかる。私も…。お母さんとは…


 お母さん…?…お母さんはどこだろう?」


 視線の定まらないナギの独り言に近い

 問いかけにワッツは、


『もういいよ…。無理はしないで、

 早く来なさいよ…。置いていくよ』


 と面倒くさそうに言った。そして、


『ナギ…。先に色々と謝っておくわ。

 ごめんね』



「え?…何を?」



『…ごめん。今は言えない。

 その時に教える。…酷く残酷なことよ』



「……そう。でも、もう…

 何でもいい。ずっと嫌なことが

 あったはずだから、もう……

 何でもいい…。"あなた達"の役に

 立てるなら…。それで…」



 その言葉を聞いてワッツは、唐突に

 ナギを力強く抱きしめる。


 そして柔和な声質で

『ナギ。…ありがと』と伝えた。

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