038_呆然と立ち尽くす
この物語はフィクションです。
登場する人物、団体、名称は架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
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038_呆然と立ち尽くす
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ダンジョンの6階層から帰り、探索者ギルドで換金した。換金中に背中がモゾモゾしたから誰かが俺を狙っているのかと思って振り向いたけど、人の目が多過ぎて誰が嫌な視線を投げてきたか分からない。
そもそものことだが、俺たち3人は美人だ。不本意だけど、俺を含めて3人とも可愛らしい顔をしている。ガサツな探索者たちに嫌らしい視線を向けられても不思議はない。
後方を気にしながら待っていると、無事に換金できた。
・ガーゴイル(ノーマル) : Fランク魔石32個1万9200グリル。
・ガーゴイル(レア) : 石化の短剣2本5万グリル。
・BOSS ソードガーゴイル(ノーマル) : ガーゴイルソード1本1万6000グリル。
※総額8万5200グリル。
ガーゴイルからレアドロップの石化の短剣が2本ドロップしたから、そこそこの額だ。すでに1本持っているから、この2本は売った。
「今日は少し早く帰ってきたから、何か食べて帰るか。2人は何が食べたい?」
俺がそう言うと、2人の顔がパッと明るくなった。別に暗くはなかったけど、美少女度が1段上がったような感じだ。
「なんでもいいぞ。何が食べたい?」
「私はジョルド亭のクーのバーガン煮が食べたいです」
クーは川魚なんだけど淡白で美味しい魚だ。それをバーガンで煮込んだものがクーのバーガン煮。そのままだな。
俺はジョルド亭に入ったことないが、アンネリーセが言うにはかなり美味しいらしい。
「私は池イカの姿焼きがいいなのです」
「そんな安いものでいいのか?」
ロザリナは池イカの姿焼きがお気に入りだが、何でもいいと言われて選ぶほど好きになってしまったらしい。
「それじゃあ、池イカの姿焼きを買ってからジョルド亭に寄るか」
「はい」
「はいなのです」
「ちょっとよろしいですか?」
ん? 今、変な声が混じった?
後ろで40歳くらいの男性が微笑んでいた。
「少しお時間をいただきたいと思って声をかけさせてもらいました」
おじさんは一定の距離感を残しつつ踏み込んでくる。なかなかやるな。
「なんでしょうか?」
「私はこのケルニッフィを治めておいでのガルドランド公爵閣下に仕える者です」
「っ!?」
あの公爵の部下か。まさか俺の正体が? どうして分かった?
「トーイ殿が4階層を踏破したと聞き、こうしてやってきたわけです」
「4……階層?」
どういうことだ、盗賊の件じゃないのか?
「ご主人様」
アンネリーセが小声で俺を呼び、袖をちょんちょんと引っ張った。
「4階層を踏破していると、大概はレベル10を超えています。公爵家の兵士にスカウトされているのです」
喧騒に掻き消されそうな小さな声で言う。
以前にレベル10を超えた辺りでスカウトされると聞いたことがある。なんだ、そっちか。焦って損をした。
でも俺が4階層を踏破したのをどこで知った? 探索者ギルドしかないが、どうやって? どいつが俺の情報を流した。受付嬢か? それとも裏方の奴か?
「ご主人様。あちらに探索者の探索状況が貼り出されています」
「え?」
壁になにやら貼り紙があるが、それに4階層以上を踏破した探索者の名前が出ているらしい。
個人情報ダダ洩れじゃないか。
「すみません。しばらく探索者をしてなかったので、すっかり忘れていました」
「いや、アンネリーセが悪いわけじゃないから、気にしないでいいよ」
そういったことを気にするべきは俺だった。もっと探索者ギルドの中を見て回るべきだったんだ。
「どうでしょうか、一度政庁で話をさせていただければと思うのですが」
「せっかく声をかけていただいてありがたいのですが、私などにとても宮仕えができるとは思えません。それに私は強くないのです。4階層を踏破できたのも、ここに居る2人のおかげなのですから」
ジョブ・旅人は戦闘ではレベルアップしない。だからレベル1でも怪しまれない。だけどそれでは怪しまれるから、2人が居るからダンジョン探索が出来ているのだというスタンスだ。
「なるほど、そちらの2人が……。失礼ですが、譲っていただくわけには?」
「ご冗談を。どれほどの大金を積まれてもお譲りできません」
「左様ですか。残念ですな」
「私はこれで」
役人の横を通り過ぎようとして、俺は固まった。
ギルドの入り口から、あの化け物が入ってきたのだ。公爵家を武において支えるバルカンだ。
バルカンの存在感は他の誰とも違う。全身から圧倒的な存在感を発している。その存在感はまるで剣のように鋭く、俺の身に突き刺さってくる。
「ご主人様……」
「怖いなのです……」
アンネリーセとロザリナもバルカンの異常な存在感に当てられている。
バルカンが固まっている俺の前で止まる。巨体だけど、それ以上に大きく見える。
くっ、これはマズい。なんとか逃げないと。
「し、失礼……」
バルカンを避け、全身の力を足に集めて動かそうとした。
「待て」
「っ!? ……な、何か?」
怖ぇぇぇっ。顔面凶器だろ、こいつ。
「俺についてこい。逃げることは許さん」
そう言うと、剣の柄に手をかけた。
どうして俺を? レベル10だと思ってスカウトに来たのか? そんなことでこいつが出てくるなんて思えない。公爵は俺のことを知ったのか?
逃げるのは得策ではない。少なくともこいつの前で逃げることはできない。
「あ、アンネリーセとロザリナは家に戻っていて」
「しかし……」
「ご主人様……」
「大丈夫だ……2人は家に」
大丈夫だとは思えないが、これ以外に言葉が思い浮かばなかった。
2人を帰して、俺はバルカンについていく。その周囲には兵士が6人。さっきのスカウトのおじさんも居る。これはスカウトの一環なのか?
いや違う。スカウトは時間稼ぎだ。バルカンが来るまでの時間稼ぎだったんだ。やられた……。
そう考えると、バルカンが俺の正体を知っている可能性が高い。公爵は俺をどうするつもりだ? まさか殺そうとか捕まえようとするのか?
城がどんどん近づいてくる。
ドナドナドーナーとバックミュージックが聞こえるようだ。
いつでも逃げられるように準備してある。アイテムボックスに武器も入っている。食料もある。お金もある。だが逃げるのは最後の手段だ。
無言のまま城の中に入っていくが、腰に差しているだけの鉄の剣は取られた。ミスリルの両手剣じゃないから構わない。
「レコードカードを確認する」
細面の文官が詠唱し、俺の胸からレコードカードが出てくる。何度見ても不思議な光景だ。
問題ないと言われ、レコードカードが返された。死んだ人のレコードカードは1年で消えるけど、生きた人のレコードカードは10分程で自然に消えるからポケットに入れておく。盗まれても自然に消えるから、問題ない。
城内でも無言で進む。このまま行くと……。
「入れ」
公爵の執務室だ。もちろん公爵が自分の席に陣取っている。帰りたい。
公爵は相変わらず表情筋が動かない。
「ガルドランド公爵閣下である」
バルカンがそう言うけど、俺はどうすればいいのか分からない。しょうがないよね、俺、平民だよ。公爵と話すのもちゃんと会うのもこれが初めてなんだ。
「あの……礼儀作法を知らないのですが……」
「構わん」
公爵の渋い声。
「さて、バルカンが連れてきたということは、そうなのだな」
「はい。間違いなく」
なんの話? バルカンがなんだと言うの? 2人の間でどんな話になってるの!?
「トーイとか言ったな」
「はい」
「面倒なことはいい。褒美を取らす。意味は分かるな」
面倒なことって、これ以上面倒なことはないでしょ。そのことを無視してもだ……褒美をくれるということは、俺のことはすでにバレているということだろう。
「なんのことでしょうか?」
俺は認めないよ。認めないったら、認めない。
「シャルディナ盗賊団のことだ。この名簿をプレゼントしてくれただろ」
名簿を手に取って見せてくる。一応悪あがきしてみるか。
「心当たりがないので、褒美を受け取るわけにはいきません」
「構わん。私が恩に報いた。そういうことになればいいのだ。そなたの心情や都合は二の次だ」
ぶっちゃけたな。でも言葉通りに受け取れるわけない。この人は俺がその名簿を渡したことを確信している。なんでバレたのか聞いてみたいが、聞けば認めたことになる。さて、どうする?
「私には心当たりがないのですが、それでも褒美をくださると仰るのですか?」
多分だけど、バルカンだ。あいつが俺をここに連れてきたから、公爵は俺が名簿を渡したと確信した。
バルカンはどうやって俺のことを判別したんだ? 詳細鑑定で見ても、鑑定やそれに類するスキルはない。どういうことだ……?
っ!? まさかこれか、これなのか!? バルカンの説明を見ていて気づいたが、こいつは野生の勘が働くとある。野生の勘で俺を特定したと言うのか!?
「その通りだ」
俺が否定しても無理やり褒美を渡す。そういったスタンスだから、拒否しても受け入れないようだ。ここは否定しながら、褒美をもらっておくか。それで公爵の気も済むだろう。気が済めば俺に絡まない。そう願いたいものだが、どうだろうか?
「心当たりはありませんが、公爵様が関係ないと仰りますのでいただきます。ですが、後から間違いだったと仰られても私は何もできませんので」
「うむ。では、褒美の内容だ」
ゴルテオさんからは、盗賊退治を手伝って50万グリルをもらった。公爵はどれほどの金額を出すのかな。少なすぎたら笑うけど、あまり多すぎても引く。元は税金で公爵の金ではないから、無駄遣いしないでほしい。
そう言えば、シャルディナ盗賊団の屋敷にあったあの金庫の中身はなんだったんだろうか? これを聞くと、自分で白状している間抜けな構図だよな。気になるけど、聞かないでおこう。
「探索者トーイ」
「はい」
背筋を伸ばす。
「ソナタを名誉男爵に叙する」
「は……はい?」
「聞こえなかったか。名誉男爵に叙すると言ったのだ」
「……褒美はお金ではないのですか?」
「誰がそんなことを言った?」
「……誰も言ってません」
おーいっ! そんなこと普通思わないだろっ!
「ザイゲン。すぐに手続きをしろ。それと貴族の心構えを教えてやれ」
「承知いたしました」
俺、嵌められた? くっ、こうなったら貴族の権力にものを言わせてやる!
「以後、何かあればそこのザイゲンに相談しろ」
「は、はい……」
マジか……。俺、貴族になったのか? こんなことは予定になかった。どうしたらいいんだよ?
呆然と立ち尽くす俺だった。
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