形見の鉢植えを大事にするといいことあるかもしれませんよ
知様主催の「ビタミンカラー祭」参加作品です。
陽日はやっとの思いで一人暮らしのアパートのドアを開け、そのまま気を失い、玄関に倒れ込んだ。
だが、彼女はめげなかった。最後の気力を振り絞るとベランダへのサッシを開き、置かれた三つの鉢植えに水をやった。
そして、そのままベッドの上に崩れ落ちていったのである。
◇◇◇
ベランダに置かれた三つの鉢植え。一番右にあった鉢植えの樹木が光り出し、そこからゆっくりと黄色いとんがり帽子に黄色い服をまとった小さな妖精が現れた。
同じく真ん中の鉢植えからはオレンジ色の、一番左側の鉢植えからは緑色の小さな妖精が姿を現した。
三人の小さな妖精はうなずき合うと、背中の小さな羽根を羽ばたかせ、服を着たまま寝入っている陽日の上にやってきた。
「あーあ、ハルカちゃん今日もだよ」
「これで何日目だっけ?」
「五日連続だよ。じゃあいつものやろうか」
小さな黄色い妖精が小さな黄色いステッキを振ると、黄色い光が流れ出し、陽日の体に吸い込まれていった。
小さなオレンジ色の妖精と小さな緑色の妖精も自分の服装と同じ色のステッキを振る。
それぞれオレンジ色と緑色の光も陽日の体に吸い込まれていく。それとともに土色だった陽日の顔色に赤みが差していく。
「「「ふぃーっ」」」
三人の小さな妖精たちは大きく息を吐いた。
◇◇◇
「で、何でハルカちゃんはこんなに頑張ってるんだっけ? レモン」
緑色の小さな妖精に問われた黄色い小さな妖精はオレンジ色の小さな妖精に振り返って言う。
「前も聞いてみた気がするけど、また聞いてみようか? ネーブル」
オレンジ色の小さな妖精は他の二人に向かって頷いて話す。
「そうだね。今度はあたしが聞いてみるよ。レモンにキウイ」
そう言ったオレンジ色の小さな妖精は目を閉じて、小さなステッキを抱きしめた。何かとテレパシーで話しているようだ。
「やっぱりそうだよ」
目を開けたオレンジ色の小さな妖精ことネーブルは話し始めた。
「ハルカちゃんの体に流し込んだビタミンCたちの話だと、ハルカちゃんはあたしたち三人の木を植えることが出来る庭付きの家が買いたいみたい」
「そうかあ。やっぱりそうなんだねえ」
黄色い小さな妖精ことレモンも頷く。
「ふうーう」
また大きく息を吐いたのは緑色の小さな妖精ことキウイ。
「ハルヨさんが丹精込めてあたしたちの木を育ててくれたのとハルカちゃんがその思いを受け継いでくれたのは有り難いけど。これじゃハルカちゃん、いつか体壊しちゃうよ」
「「そうだよねー」」
大きく頷くレモンにネーブル。
「あたしたちがビタミンとか補給するのも限界あるしね」
「ハルカちゃん。夕食は何食べたって? ネーブル」
「ビタミンCたちの話だと会社でコンビニの焼肉弁当をビールで流し込んだって。それも五日連続」
「「はあああー」」
レモンとキウイの溜息はこれで何回目だろう。
「まあ、とにかく」
レモンが顔を上げる。
「このままじゃいけないよね。ハルカちゃんのためにも」
キウイも頷く。
「亡くなられたハルカちゃんのおばあちゃんハルヨさんのためにも」
ネーブルは遠くを見つめ呟く。
「ハルヨさん、とっても優しかったよね」
三人の妖精はしんみりとする。
陽日の祖母陽代は温暖な瀬戸内海の小さな島で一人暮らしをしていた。
愛情を込めて果樹や花卉を育てる優しい祖母が陽日は大好きで、小学生の時は夏休みも冬休みもずっとそこで過ごした。
但し、中学校に入るとそれも出来なくなり、次に陽日が島を訪ねたのは祖母の葬儀の時、もう既に会社員となって三年が経っていた。
陽代は慎ましやかな生活を続けていた上、家の所在も瀬戸内海の小さな島。財産らしき財産もなく、相続争いなども起こりようがなかった。
陽日の父はこう言った。
「おふくろの財産は殆どなくて、遺産でもめなかったのは幸いだった。だけど、田舎の小さな家じゃあ買い手もつかねえよな。まあ、固定資産税もいくらでもないし、長男の俺が持ってるわ。墓参りの時に泊まれるしな。みんな形見でほしいものがあったら勝手に持って行っていいぞ」
陽日の叔父叔母、そして、従兄弟たちは顔を見合わせた。そう言われても、家の中にあるのはやっと使えるような古い食器、寝具、洗面具。やっと動く二槽式の洗濯機、ドアが一つしか無い小さな冷蔵庫。テレビさえなく、あるのは小さな古いラジオ。
みな苦笑しながら「いいよ。特にほしいものないし」と言った。
そんな中、陽日だけがこう言った。
「このレモンとネーブルオレンジとキウイの鉢、あたしがもらっていいかな?」
誰も駄目だとは言わなかった。よくそんなものもらっていく気になるなとも言われた。
だけど、陽日はどうしても三つの鉢を持っていきたかった。そんなふうに思えてならなかったのだ。
◇◇◇
「あの時はハルカちゃんもあたしたちのこと気づいたのかなとも思ったんだけどねえ」
レモンは回想する。
「ハルヨさんが本体の木にかけてくれた愛情があたしたち妖精を生み出した」
ネーブルは頷く。
「そして、ハルヨさんはあたしたちのことに気づいていた。だけど、ハルヨさんが亡くなられたら、その子も孫も誰もあたしたちのことに気づかなかった。でも……」
キウイが溜息交じりに言う。
「ハルカちゃんだけは気づいてくれると思ったんだけどねー」
◇◇◇
「まあともかく」
レモンは仕切り直す。
「このままじゃハルカちゃん潰れちゃうよ。何とかしなくちゃ」
「島でハルヨさんと暮らしてた時は野山や砂浜を駆け回る元気な子だったそうだけどねー」
そんなネーブルの言葉にキウイは、はっとした顔をする。
「どうしたの? キウイ」
「うーん」
しばらく考え込んでいたキウイが口を開く。
「レモンとネーブルが良ければ、試してみたいことがあるんだ」
◇◇◇
キウイはまた目を閉じ、小さなステッキを抱きしめた。固唾を飲んで見つめるレモンとネーブル。
やがて、陽日の部屋のベランダに一羽の鳥が飛んできて、止まった。
「来た」
「来たね」
頷き合うレモンとネーブル。キウイは目を閉じたままだ。
飛んできた鳥はしばらくキウイの鉢植えを窺っていたが、やがて意を決したかのように鉢植えのキウイの実をついばんだ。
「やった!」
「食べた! 食べたよ!」
レモンとネーブルから上がる歓声。ほっとした表情で目を開くキウイ。
「鳥さん。お願い。瀬戸内海の島に行って見てきてほしいものがあるの。帰って来たらまたこの実をついばんでいいから」
ピーッ
鳥はキウイの言葉に応えるかのように一声高らかに鳴くと島に向けて飛び去って行った。
◇◇◇
その島は相変わらず温暖で穏やかだった。ただ一つ変わっていたことがある。帰って来た鳥の体内のビタミンCからのテレパシーでその映像を見たレモンは涙ぐんだ。
「あっ、あああ」
島にはたくさんのレモンの木が植わっていたのである。
「凄いね。まだあたしたちのような妖精は生まれていないみたいだけど。これは時間の問題じゃないかな?」
「こんなに頑張って植えてくれたんだね。植えてくれた人がどんな人なのかも見たいな」
そんなネーブルとキウイの言葉に応えて、鳥の体内のビタミンCはテレパシーで一人の青年の映像を見せる。
「あっ!」
「こっ、この人。どこかで見たことあるよ」
「ハルカちゃんの体内のビタミンCにテレパシー送ってもらって」
その映像を見た三人の妖精は頷き合った。
「やっぱり!」
「この人、ハルカちゃんの幼なじみの」
「ミナトくんだよ」
廿日市湊。小学校時代の夏休みと冬休みを祖母陽代の下で過ごした陽日の遊び相手。実は陽代の葬儀の際に再会していたのだが、好意を感じながら、照れてしまった陽日はろくに話が出来なかったという事実がテレパシーで判明した。更に陽日は湊の写真を大事にスマホ内部に保存してあるという事実も判明した。
「ほうこれはこれは」
「こっちは希望の光が見えてきたかも。相手方はどうなのかな?」
「鳥さんの体内のビタミンCにテレパシー送ってもらおう」
すると衝撃の事実が判明した。湊は湊で大人になった陽日相手に好意を感じながら緊張してろくに話が出来なかったことを後悔しまくりで、やはりスマホ内部に保存してある陽日の写真を見て溜息を吐いているというのである。
「これは……」
「やるしかないね」
「奇貨居くべし」
しかし、三人の妖精は考え込んだ。基本的に彼女たちの出来ることは人にビタミンなどの光を注ぎ込むことと人や動物の体内のビタミンCからのテレパシーで情報を引き出すことだけなのだ。
だがこのチャンスを逃したくはない。双方の好意を伝え、ひいては陽日にこの無茶な生活を止めさせる。三人の妖精の木を湊に島に植えさせることも出来るかもしれない。
小さな小さな三人の妖精は死力を尽くして、陽日のポケットからスマホを引っ張り出した。そして、全力を尽くしてスマホを運び、陽日の指紋認証で画面を開いた。
次は検索だ。スマホの画面の文字の上で三人は跳びはね「せとないかい れもん」と入力。そして、検索。
いくつかヒットする。
ヒーコラ言いながら画面を動かし、ついには湊の農家のレモンの通販のページにたどり着いた。
「「「やった」」」
注文のページにコメント欄がある。レモン一箱の注文と最後の力を振り絞ってコメント欄への入力を……
◇◇◇
ピンポーン
珍しくも日曜日に休みの取れた陽日の部屋のチャイムが鳴った。
「うっ、うーん」
頭を抱えながら起き出す陽日。寝ぼけ眼でインターフォンのボタンを押す。
「どちらさまで?」
「お届け物です」
(お届け物? 実家の両親が何か送ってくれたのかな? 相手は男性みたいだから普段着に着替えて、髪の毛と化粧はこのままでいいや)
そんなことを考えながら部屋のドアを開けた陽日が見たものは……
「陽日ちゃん。久しぶりだね。レモンの注文ありがとう」
にっこりと微笑む湊の姿だった。
「えっ? えっ? えっ? まままっ、まさかっ! 湊くんっ? ななな何でここに?」
パニクる陽日を尻目に小首を傾げる湊。
「えっ? だって陽日ちゃんがレモンの注文をしてくれたんじゃない。しかもコメント欄に会いたいから直に届けてほしいとまで書いてくれて、ほら」
湊が差し出したスマホの画面のコメント欄にはレモン一箱の注文とともにコメント欄に「みなとくん おひさしぶりです あいたいので れもんはじかにここまでとどけてください」と打たれていた。
念のため自分のスマホを確認した陽日。確かに注文した記録が残っている。これは……
「レモン~ッ、ネーブル~ッ、キウイ~ッ、これはあんたたちの仕業ね」
「「「えーっ?」」」
そんな陽日の言葉に驚いて飛び出す三人の妖精たち。
「「「ハルカちゃん、あたしたちのことが見えてたの~?」」」
「見えてたよ。あたしはこれでも陽代おばあちゃんの孫だよ。仕事にかまけて、話が出来なかったのは悪かったけど」
「……」
湊はしばらく黙って聞いていたが、やがて大笑いを始めた。
「あはははは。この注文は陽日ちゃんとこの妖精が送ったものだったんだ。道理でひらがなばかりで変だとおもったよ。でも、その小さな体で入力送信したんだ。偉いね」
今度は陽日が驚く番だ。
「湊くん。妖精が見えるの?」
「だってうちにもいるもの。ほら」
湊の作業着の左胸ポケットから一人の妖精が顔を出した。色はオレンジと緑が混ざった感じだ。
「こんにちは。ダイダイです。自分以外の妖精さんと会うのは初めてです。よろしくね」
「「「こちらこそよろしくー」」」
勢いづく三人の妖精。陽日は呆然とした。
◇◇◇
「そういうことなら、この箱入りレモンの代金はもらえないね。僕から陽日ちゃんへのプレゼントにするよ」
湊の言葉に慌てる陽日。
「そんなわけにはいかないよ。あたしは知らなかったとはいえ、うちの妖精たちがしでかしたことだし。しかもわざわざ届けに来てもらっちゃって」
「いやいいんだ」
湊は下を見てはにかんだ。
「僕は……嬉しかったんだ。陽日ちゃんからの注文を受けて。しかも、届けてほしいって書かれている。久しぶりに陽日ちゃんに会える。舞い上がるような気持ちでここへ来たんだ」
「……」
「だから、その妖精たちを責めないでほしいんだ。陽日ちゃんに会えたのはその妖精たちのおかげなんだから。ありがとうみんな」
「えっへん」
レモンはふんぞり返って胸を張った。
「いやーこれはハルカちゃん、あたしたちのこと怒れないねー」
ネーブルは満面の笑み。
「でーミナトくん。感謝してくれているなら、あたしたちのお願い聴いてくれるかな?」
「うん。僕の出来ることなら言って」
キウイの言葉に頷く湊。おまえ調子に乗りすぎだろうという表情で見ている陽日。
「あたしら三人、本体の木が大きくなってきちゃってねえ。鉢植えだと手狭なのさ。ミナトくんところのお庭に植え替えてもらえないかな」
「わあっ!」
キウイの言葉に飛び上がって喜ぶダイダイ。
「ミナトくんは優しくしてくれるけど、妖精はあたし一人で寂しかったの。みんなが来てくれるなんて嬉しい」
「ダイダイちゃんもそう言ってるし、これは決まりかな?」
まとめにかかるキウイ。
「うん。ダイダイに友達が出来るのはいいことだし、植える土地もたくさんあるんだけど、でも……」
湊はチラリと陽日の方を見る。三人の妖精を連れて行ってしまったら、寂しくなってしまうのではないか。
「ふっ、ふーん」
相変わらずふんぞり返っているレモン。
「ミナトくんの心配は分かるよー。あたしたちがいなくなったらハルカちゃん寂しがるんじゃないかって。でも心配ご無用」
ズバリ懸念を見抜くネーブル。
「そうそう。ハルカちゃんの方が島に会いに行けばいいんだから。いっそミナトくんのところに住んじゃえばいいんだよ。島で暮らしてたこともあるんだから」
キウイの言葉に湊も陽日も真っ赤になって絶句。
それでも湊は必死になって言葉を絞り出した。
「そうしてくれると嬉しい。いっ、いや、すぐに一緒に住んでほしいってんじゃないんだ。時々会いに来てくれると嬉しい。それで、出来るだけ長く島にいてもらえると」
「……うん」
しばしの沈黙の後、陽日も頷いた。
ここでレモンが「ヒューヒュー」と言おうとしたのをネーブルとキウイが押さえ込んだ。
「「ここでそれを言ったらぶち壊しだよ」」
◇◇◇
そして、陽日はほどなく仕事を辞め、島に移り住んだ。湊と結婚し、二人で真っ黒になってレモンの果樹栽培に勤しんでいる。
ところでこの作品は、この二人の人間と四人の妖精は末永く幸せに暮らしましたで締まらない。
五人の人間と五人の妖精は末永く幸せに暮らしましたで締まる。
増えた三人の人間とは湊と陽日の間に生まれた三人の子どもたちだし、湊と陽日が丹精込めて手入れしたレモンの木々からは、妖精レモンの妹リトルレモン、通称リモが生まれたからだ。
かくて、三人の子どもたちと五人の妖精たちは今日も陽光溢れる瀬戸内の島を駆け回り、飛び回っているのである。
おしまい