5.そして呪われ王子は覚醒する(アーネスト王子視点)
胸に湧く彼女への大好きの気持ちを大事に育てていたある日の茶会で、俺は一人の女に声を掛けられた。
「アーネスト王子、こんにちは」
美しい女だった。
年は二十そこそこ、少女のようでいて妙な色気のある女だった。
本来であれば子ども同士の交流の場で大人が我が子以外に接触するのはご法度とも言える行為。
しかしその時は不思議と誰も女が第一王子である俺に近づくことを何とも思っていない様子だった。
幼い俺はそんな違和感に気付かない。
「こんにちはー。おねえさんだれ?」
「うふふ、可愛い。お姉さんのことを説明するのは、少し大変なの。そうね、アーネスト王子は愛の女神のことは知ってるかしら」
「しってる! んとね、愛とせいをつかさどる女神さまで、土地をゆたかにして国をはんえいさせるんだよ!」
「うふふ。そうそう。よく知ってるのね」
褒めるように言った彼女からは慈愛のようなものも感じたし、その反面、底が知れないような得体の知れない雰囲気もあった。
それから、どういった話をして彼女と約束をすることになったのか、記憶は曖昧だ。
いくつか、幼い俺にとって難しい語り口で話をした彼女は、最後に酷く悲し気に言った。
「────運命──恋を──でないと、私はもう───」
その言葉に、俺は酷く胸を痛めた。
彼女はおとぎ話のような話を語っていた。
彼女が生きるためには、愛が必要だということ。
誰かが誰かを愛する力が彼女生かしているということ。
しかしそれももうじき限界が来ること。
そして、王子である俺が運命的な恋をしたなら、彼女は生き長らえることができるのだと言ったのだ。
「だいじょうぶ! ぼくにまかせて!」
そう言った俺には自信があった。
何故なら、俺は人生で一番のそして唯一の運命の恋を最近見つけたばかりだったからだ。
俺は不思議と運命を確信していた。
リーゼロッテ以外には考えられないと、心から思っていた。
女へ笑って見せると、俺はリーゼロッテの元へ駆け、そして口付けた。
同意を得ずに口にキスをしてはいけないと思い、頬を吸った。
そして、甘い感触が心に満ちるのを感じながら、自信満々に振り返った時にはすでに、女の姿はそこには無かった。
女が魔女だと知ったのはその後だ。
その行為が呪いを成すための儀式であったらしい。
俺は訳の分からないまま、額に浮かぶ複雑な模様を描く痣が定着するまでの間熱にうなされ、それと時を同じくして魔女から王家へ正式に呪いの詳細を綴った書簡が届いた。
書簡に書かれていたのは、俺に呪いをかけたこと。
呪いは俺が王位を継いだ時に効力を発揮すること。
愛の女神の加護が失われる呪いであること、そしてそんな呪いを解くための"運命"についての事が書かれていた。
当然、俺の王位継承権の内定は取り消され、一つ下の第二王子と同列とされた。
正式に王族として成人を迎える十八まで次期王の座は保留となったのだ。
可哀想だったのは、リーゼロッテだ。
俺が口付けたのを見た大人が唇に口付けたのだと思い込み、その上茶会自体が俺の婚約者選定の意味を持っていたことからリーゼロッテに正式に婚約者となるよう通達が出されていた。
俺はそこまで考えての行動ではなかったため、熱から復帰してからそのことを知って驚き、そして反省した。
俺は彼女を俺の"運命"だと信じていたが、彼女にとってはどうか分からない。
なのに、王家から望む形となった婚約は彼女が望む望まないに関わらず結ばれてしまった。
その後も変わらず接してくれるリーゼロッテに今からでも想いを伝えようとも思った俺だったが、それは叶わなかった。
『呪い、とけませんのね』
何てことないように、リーゼロッテが呟いた言葉だった。
婚約者となって、二人だけで茶会をするようになってしばらく経った頃だった。
いつもと変わらない様子で明るくお喋りしてくれていたリーゼロッテに嬉しく思いながら相槌を打っていた俺はポカンと口を開けて固まってしまった。
笑顔のまま少し視線を落とした彼女はその時だけはわずかに声を小さくして、零すように言ったのだ。
呪いが解けていない。
その事を、その時の俺は愚かにもまだ重大視していなかったのだ。
熱が下がって日常に戻った今、王族としての自覚も薄かった当時の俺にとっては呪いもわずかな痣一つでしかなく、十八歳までに何とかすればいいという程度にしか思っていなかったのだ。
けれど、彼女の言葉が頭に染み込み、それが指している事実を考えた時、こうしてリーゼロッテと過ごしている現状がどういう意味を持つのかを理解して愕然とした。
彼女は思ったのだろう。
自身が心から俺に望まれた"運命"の相手であるなら、今既に呪いは解けているだろうと。
そうでないということは、リーゼロッテは俺の運命の相手ではないということだろうと。
そして、それはもう一つの事実を示していた。
第一王子アーネスト・リトープスが王位を継ぐならば、それはリーゼロッテ以外の相手と結ばれる時だということを。
自身が望んだ婚約者であるリーゼロッテを取り王位を捨てるのか、それとも"運命"を見つけてその相手と結ばれることで呪いを解き次期王となるのか。
そんな選択肢の只中に今、アーネスト自身が放り出されているということを。
「ふっざけんなよ」
アーネストの中に生まれたのは、激しい怒りだった。
まず、この状況がおかしい。
アーネストは、リーゼロッテが大好きだった。
リーゼロッテ以外考えられないし、まだ年端も行かない子どもだとはいえ確かにリーゼロッテに"運命"を感じていた。
リーゼロッテ以外なんていらなかった。
だというのに、呪いが解けないとはどういうことか。
アーネストは確信した。
呪いの解呪方法が運命の恋愛などではないということを。
だって、解けてないから。
それだけで十分だった。
そして、アーネストの怒りは魔女へ向かった。
「まじょ、ゆるすまじ」
幼いアーネストの心に灯った激情の炎が燃え上がる。
魔女にそそのかされたせいで、告白をする間もなくリーゼロッテを強引に婚約者にしてしまった。
もっと優しく愛らしいリーゼロッテに真心を以て接し、好きになってもらってからが良かった。
それに、今更リーゼロッテに運命なのだと告げたところで魔女の呪いのせいで躊躇されてしまうだろうし、それを納得してもらっても魔女の呪いを解くためだとか、王位に就くためだとかそんな動機に取られかねない。
嫌だ!
アーネストは憤る。
もっと、リーゼロッテと普通にイチャイチャする仲良しカップルになりたいのに。
魔女め! 魔女め!
自身の置かれる状況を自覚たアーネストの中に、魔女にかけられた呪いに対する強い怨嗟の念が芽吹いた瞬間だった。
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