4.呪われ王子と出会い(アーネスト王子視点)
これが"運命"か。
幼い俺は理解した。
思えば、初めて会った時から可愛い子だと思っていた。
当時、同年の子と比べても体の小さかった俺にとって、二つ三つしか違わないとはいえ茶会で会う年上の子たちは怪獣のような存在だった。
第一王子である俺との親睦会であったはずなのに、そんなことは五歳やそこらの甘やかされて育った子どもたちに分かるはずも無く、各々好きなように遊んでいる。
お互い誰が誰かも分かっていないような状況で、当時の俺のように大人しい子どもは隅でひっそり本を読むくらいが関の山だった。
本当は、テーブルに用意されたお菓子やジュースを食べたかったし、みんなに人気の玩具だって使ってみたかった。
けれど、体や声の大きい子に気圧されてそこには行けず、かと言って大人たちは場を整えた後は社交を始めてしまうために頼れる者も居ない。
怪獣大戦争に巻き込まれた一般市民のようなじっとりとした気持ちになって端でじっとしていた幼い俺に声をかけてくれたのは一人の女の子だった。
可愛い子だなと思った。
俺と変わらないくらいの小さな体は発育の良い周囲と違って身近に感じられ、威圧感もない。
何より溌溂とした可愛らしい笑顔はこの場をとても楽しんでいるようで、その様子に引っ張られるように俺の気持ちも浮上した。
「ねっ、こっちにおいしいお菓子があるの! いっしょに食べよう」
「うん」
手を引かれ、立ち上がる。
座って本を読んでいる時よりも空が近づき、明るく照らされた気がした。
別の日にも、彼女を見かけた。
彼女は毎回のようにこのお茶会に参加しているようだった。
(もしかして、あの子は僕の婚約者になりたいのかな)
そう思ったら途端、あんなに憂鬱だったお茶会の開催が楽しみになった。
「おもちゃはみんなの分はないもんねぇ。あ! そうだ! 私こんなの作れるよ!」
ある日、おもちゃを取り合って喧嘩をしていた大きな子たちがいた。
彼女は欠片の躊躇も見せずにその子たちの間に入った。
小さかった俺と同じく、怪獣大戦争に巻き込まれた一般市民であるはずの小さな彼女は、なんと怪獣の戦いを調停してみせたのだ。
怪獣たちみんなと仲が良かったらしい彼女が作った画期的なおもちゃは、その実もうずっと昔からこの国にあった伝統的なおもちゃだったらしく大人たちは感心し、子どもたちみんなが彼女のおもちゃを欲しがった。
俺は幼心に彼女に尊敬の気持ちを抱いた。
そして決定的だったのは、五歳の誕生日を迎えたばかりのお茶会でのこと。
その日はやたらと冷える天気で、だというのに俺は考え無しに冷たい飲み物をごくごく飲んでいた。
そして、トイレまで我慢できずに粗相をしてしまった。
一生の不覚だ。
トイレまで俺に付き添っていた若い使用人は思わぬことに慌てたのか、俺のフォローもおざなりに俺を置いて着替えを支度しに行ってしまい、取り残された俺は恥ずかしさと絶望に泣いた。
俺の人生はここで終わりだと本気で思った。
そしてあろうことか、その最悪のタイミングで同じくトイレに行こうとしていたのだろう、彼女リーゼロッテが通りかかってしまったのだ。
「あ、あああ、ああああああ!」
いっそ殺せと思った。
情けない、こんな姿を見られて幻滅されると、決壊するように泣き出した俺を見た彼女の反応は。
「ふ、ふえええええええん」
泣いた。
五歳の子どもが二人、中庭から伸びる廊下に座り込んで泣いていた。
声が聞こえたからだろういち早くやって来たのは中庭近くの井戸で水を汲んでいたらしい下働きの少年で、一瞬困惑した彼はしかしすぐに手に持つ冷たい井戸水を僕の足元へぶっかけ人を呼びに行った。
余談だが、彼は状況判断が的確だとして今では俺の傍付きまで昇格している。
漏らし、泣き、泣かれ、その上水までかけられて目を白黒させていた俺はそこでハッとして、僕以上に泣き続ける目の前の彼女を慰めた。
やっと駆け付けてきた大人たちは濡れそぼった俺とそんな俺に慰められるリーゼロッテを見てぎょっとしていたが、介抱されやっと落ち着いた彼女がどうして泣いていたのか尋ねられて一言「かあいそうだったからぁ……」と鼻をすすりながら応えたのを聞いて。
すっかり彼女のことを好きになってしまっていた。
可愛くて格好良くて優しくて、一緒に泣いてくれた彼女のことが好きで好きで仕方なくなっていた。
だから、あの時、幼い俺はなんの躊躇もなく彼女の頬へキスをしたのだ。