後編 あなたと一緒なら
「…奈緒葉ちゃん、遅いよ。私、ずっと待ってたんだよ…?」
寧々の家に着くなり、ちょっと怒られてしまった。
「あはは、ごめん。少しだけ用意に手間取っちゃって…」
プレゼントを買いに行っていたとは言えないから、とりあえず適当な言い訳だけを添えておく。
ちなみに、プレゼントの包みは寧々に見られないよう、ずっと背負ってきたリュックに入れてある。
「お邪魔します」
靴を脱いで玄関へあがる。
寧々と一緒に短い廊下を進んでリビングに出た。
「準備があと少しで終わるから、奈緒葉ちゃんは、ゆっくりしてていいよ…?」
寧々がソファをすすめてくれる。
「うん。ありがと」
素直に応じ、ソファに座った。
(さて、寧々へのプレゼントはいつ渡そうか…?ここに着いてからすぐに渡すこともできたけれど、もうタイミング逃しちゃったしなあ…)
すると、何やら油っこいいい匂いが、私の鼻を優しくつついた。
匂いのする方を見てみる。
そこにはキッチンがあり、寧々が何か料理を作っている最中らしかった。
美味しそうな匂いにつられて、足が自然とキッチンの方へ向かっていく。
(寧々が料理出来るなんて、初めて知ったなあ)
思いながら、キッチンを覗いてみる。
作っていたのは、クリスマス料理の定番、フライドチキン─ではなく、唐揚げだった。
「か、唐揚げ?」
流石に予想外だった料理の登場に、拍子抜けした声を出してしまった。
「あ、ご、ごめんなさい。本当はフライドチキンにしたかったけど、用意する時間が無くて…」
申し訳なさそうに言う寧々。
「いや、ごめん。まさか唐揚げを作ってるなんて思わなくて、びっくりしちゃって…。そうだ。寧々、私にも何か手伝える事ってあったりする?」
「えっとじゃあ、この野菜を切ってほしいな」
寧々が冷蔵庫から野菜を取り出す。
「了解」
二つ返事で答えて、野菜を受けとる。
実は料理の経験などほとんど無いのだが、切るくらいなら何とかなるだろう。
切っていると、寧々がちらちら私を見ていることに気づいた。
「わあ、寧々ちゃん、切るの上手…!」
思いがけず褒めてくれる寧々。
(えへへ…)
寧々に褒めてもらって、つい頬が緩んでしまった。
それから準備は順調に進み、私は寧々と食卓を囲んでいた。
「美味しかったね、寧々」
「うん、美味しかった…!」
食卓には唐揚げ、私が切った野菜で作ったサラダ、更に、私がいない間に準備して焼いていたらしいグラタンがのった。
食事が終わり、あとは食器を片付けるだけなのだが、何かを忘れているような気がする。
「そういえば、ケーキってないのかな」
何気なく私が言うと、寧々が申し訳なさそうな顔をした。
「ケーキ…忘れちゃった…」
「わ、忘れちゃったのはもう仕方ないよ。あ、そろそろ時間も遅くなってきたから、お風呂借りていい?」
「う、うん。いいよ」
寧々が何か言いたそうにもじもじしていたけれど、私は気が付かなかった。
私の入浴が終わり、今は寧々がお風呂に入っている。
借りている寝室に置いてあるリュックから、プレゼント服を取り出す。
プレゼントは寧々がお風呂からあがった後に渡すことにした。
喜んでくれるといいな。
「終わったよ、奈緒葉ちゃん」
リビングのソファで待っていると、寧々から声をかけてくれた。
「?奈緒葉ちゃん、その手に持ってるのは…?」
ついに、来た。
「あの、これね、寧々へのプレゼントなんだ」
「プレゼント?私に…!」
寧々が感極まった表情になる。
まるで、サンタさんからプレゼントを貰った子どものように、嬉々とした様子でプレゼントを開ける。
「…!この服…!」
「今日、寧々が夢中で見てたから、欲しいのかなって思って」
「ありがとう、奈緒葉ちゃん…大好き」
寧々の感謝の言葉。
これが聞けただけでも、奮発した甲斐があるというものだ。
「寧々ったら、私の事を大好きって言いたくなるくらい嬉しかっ……」
不意に、唇に柔らかい感触を覚えた。
(……?!)
見ると、目の前に寧々の顔があった。
更にその唇は、私の唇と重なっていて…。
(私、寧々と…キス…してる…?)
ようやく私が気づいたのを見計らったように、私の唇と寧々の唇が離れる。
(あっ……)
寧々が真っ直ぐ私を見て言う。
「私、本気だもん」
本気。
その言葉の意味を理解するまで少し時間が掛かった。
「その、寧々、本気っていうのはどういう…?」
すると、寧々はもじもじしながらも話してくれた。
「その、私、奈緒葉ちゃんと初めて会ったときから、ずっと気になってて、でも女の子同士だし、それを奈緒葉ちゃんに言ったら嫌われちゃうかもって思うと、どうすればいいのか分からなくて…」
(寧々の奴、ずっと悩んでたんだ…。気づいてあげられなかったの、悪かったな…)
「で、でも、今日のクリスマスこそ、絶対に奈緒葉ちゃんに私の想いを言うぞって思ってたの…」
そういえば、この前に誘われた時といい、今日といい、妙に寧々が積極的になっていると思っていた。
こういうことだったのだ。
「そうだったんだ…。嬉しいよ、寧々」
「…な、奈緒葉ちゃん?!」
後ろから寧々に抱きついてみる。
寧々がそう言ってくれるなら、もう遠慮する必要はないと私は思った。
「ねえ、寧々、今日は一緒に寝たいけど、いいかな?」
「うん…!」
こうして私たちは、二人で共に聖夜を過ごしたのだった。
「奈緒葉ちゃん、私の服、似合ってる…?」
「うん、よく似合ってるよ。やっぱり寧々は可愛いなあ」
寧々の頭を撫でる。
「えへへ……奈緒葉ちゃん、プレゼント、ありがとう」
十二月二十五日、クリスマスの夜。
私と寧々は、もう一度街へ出かけることにした。
昨日、独りで歩いた道を、今日は寧々と一緒に歩いている。
夜が更けていく度に、きらびやかなイルミネーションが街を優しく包み込んでいく。
「ねえ、奈緒葉ちゃん」
「なあに、寧々」
「私、奈緒葉ちゃんと出会えて、本当に良かった」
寧々が言う。
その顔は、幸せに満ち満ちていた。
「私も、寧々と一緒になれてすごく嬉しいよ」
私も言う。
「あなたと一緒に過ごしたクリスマス。きっと、ずっと忘れない」