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地獄に行った男

作者: あるまじろう

男はある日、死刑判決を受けて死んだ。男は生前多くの人物を殺めた。それは老若男女問わず、その行いを平等と言ってもいいほどであった。

 男は世間から恐ろしい人と言われ、前代未聞の悪人とも言われた。男自身もそうだと思った、自分は悪人である。だが男は人を殺しても感情の高ぶりはなかった。

 男は幼いときに、ふとした興味で猫を一匹殺めた。そこで男は気付いたのである。自分自身のもつ殺めることへの才能である。

 そこから男は自分の得意分野を生かすがごとくまず幼い人物から殺め、次に老婆を殺め、そうして徐々に、確実に多くの人物を殺めるのであった。悪いことをしているという自覚はあった。抱えきれないほどの罪悪感を覚えていたので、男は常時鬱の状態であった。

 苦しい、助けてほしい。男は常にそう思いながら人を殺めるのであった。男は人を見たときに人をどう殺すのか分かってしまい、そうすると飯を食うがごとく排泄をするがごとく人を殺めるのであった。

 そんな男であったから死刑の判決が出ることに男はなにも間違ってないと思った。その時男は七〇を超えていて、殺めた人物の数はもう数えることはできなかった。

 死刑の判決を受けて、男は高台に上り、首を吊って死んだ。その瞬間に男は気付いたのである。


 自分は助かった。


 そうして男が死んだ後に行ったのは、地獄と呼ばれる場所であった。悲鳴が常に飛び交い、人ではない形相のものたちが常に人に向かって暴力をふるっていた。男もまた暴力を振るわれるものの一人であった。

 身体を多種多様な方法でバラバラにされ、ふと気が付くとまた元の身体に戻り、またバラバラにされる。男はそうして自分が殺められるときに気付くのであった。そうか俺が殺してきた人物はこんな気持ちだったのか。

 男は共感した。男にとってこの地獄と呼ばれる場所は、苦しみを味わいそして苦しみを理解する場所であった。

 時のない世界で常に痛みと苦しみが襲い掛かる。死にたいと幾度も思ったが死ぬことはできない。男はそうした生活を長い、長い年月を過ごしたのである。

 ある日男の元に、一人の美しい女がやって来た。

「あなたは十分に罪を償いました。もうあなたは罪を背負うことはありません。天の国に連れていきましょう。」

 そうして男は女に手を握られた。女が飛び上がるとそのまま宙に浮き、天の国へと向かった。

 そこは久しく見ていなかった青空があり、緑が豊かな草原が広がっていた。ここは極楽と呼ばれるところであろうか、男はそう思った。

 女と男が薄い衣を身にまとい、河原で足を浸して遊んでいた。あるものは木の果実をもぎ取り頬張っていた。男もマネをしてその果実を頬張った。

 地上で食べたどの果実よりも味がよく潤いがあった。男はその果実を美味しいと思った。だがしかし心は満たされなかった。

 男はその国にいる間自然と下を向くようになった。穴を見つけると覗くようになった。湖に行くと奥深くまで潜るようになった。

 ある日女が男に声をかけた。

「どうしてあなたは下を向いているのですか?下には地獄しかありませんよ。」


その言葉に男は気付いた。

「私を地獄に返してください。」


 女は驚いた表情と戸惑いの表情を両方浮かべた。

「どうしてですか、ここは素晴らしいところではありませんか。」

「ええ、そうです。素晴らしいところです。しかしここは私の行きたい場所ではありません。私が行きたいのはこの下にある地獄なのです。」

 女は首を横に振った。

「私にはわかりません。どうしても行きたいというならばそこにある土を掘っていけば時期地獄に行くでしょう。」

 女はそう適当に答えて男から逃げるようにして去っていった。


 そこから男は、女に言われた通り土を掘った。長い、長い穴を掘った。


 幸いにも体が崩れてもすぐに再生する。男にとって穴を掘ることもまた地獄であった。

 男は幸せを感じた。そうして長い間穴を掘るとようやく地獄が見えた。男はそうして地獄に落ちていった。天の国には長い穴が一つ出来上がった。

 地獄にいるものに男はこういった。

 「私はまだ罪を償い切れていません。どうか私を罰してください。」

 男はそうしてまた体をバラバラにされた。男にとってそれこそが人と繋がれる瞬間であり、共感ができる唯一の方法であったのである。

 男はそこでようやく幸せを手にした。

 そうして男はまだ、地獄にいる。


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