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泣かない魔女の絢爛な葬送  作者: 模範的市民
三章:憧れを掴める距離
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75.YORSHKA

「まあ! それでは、記憶が消えた原因をお探しに?」

「お前ら姉妹の研究とやらに協力すれば、何か掴めると思ってよ。それ以外に選択肢が無かったのも事実だが」

「それは……申し訳ありませんわ。何かと言葉足らずなお姉様たちですから、少々強引にも思えてしまうでしょう」

「だけど、実際スゲーよアイツら。私とは違う次元で物事を考えてるんだなって分かる」


 椅子に足を開いて座り、膝を机代わりに頬杖をつきながら語るインヘルの言葉に、レベッカは困り眉を顔に浮かべながらも、どこか誇らしげな様子で微笑んだ。それだけで姉たちを尊敬していることが伝わってくるほど、透き通った微笑だった。


「ところで、記憶探しは順調ですの?」


 両脚を揃え、背筋をしゃんと伸ばして腰掛けるレベッカは、おずおずと申し訳なさそうにそう尋ねる。インヘルは答えに迷いながら、徐に口を開く。


「手がかりは点々と見つかってるんだがな……まだそれが線で繋がらねぇ」

「手がかり……と言いますと? 非才の身ではありますが、是非私も一助になれればと思いますわ」


 「非才の身」という発言は一見謙遜のように思えたが、彼女の口調にはどこか自分と姉たちを比較しているような様子があった。インヘルはそんな態度に疑問を覚えながらも、あのレイジィの妹ということで、何か知っているかもしれないという淡い期待を胸に言葉を紡ぐ。


「……フレデリカ・グラヤノ・フルボディって知ってるか?」


 レベッカはその名に目を丸くさせた。どうやらレイジィと同じで心当たりがあるようだ。


「あの魔法使いの情報が欲しいな。私とラストラリーの全貌を知ってるみたいでよ……あ、お前の姉貴たちに伝えんの忘れてた」

「遊星のフレデリカ様――彼女についてはクラウディアお姉様か、ハオフェンお姉様が詳しいですわね。禁足地に立ち入ることが出来る数少ない人たちですから」

「禁足地?」


 構って欲しそうに膝に乗ろうとしてくるラストラリーを宥めながら、彼女は初めて聞く「禁足地」という単語に首を傾げる。そんな態度を見兼ねたレベッカは、その場所の説明を始めた。


 禁足地とは、曰く領土内にある森林地帯であり、その一帯が「遺跡」として認定されている場所であるということ。

 国王、宰相、そしてそこを領地に持つ大貴族の「濃い血縁者」数名の許可を得、更に御璽(ぎょし)付きの書状を所有して初めて立ち入りが許される魔境ということ。

 そして、そこには「フレデリカにとって重要な何か」があり、森の中で起こった出来事は、たとえ親兄弟に迫られても口外してはならないということ。


「そこに入ると、一定の規律(ルール)を守らなくてはいけませんの。『石の一欠片とて持ち出してはならない』『膝をついて転んではならない』『見た文字を口に出してはならない』『そこで落としたものは森の所有物となる』……他にも『魔力を用いてはならない』『祈ってはならない』『出血してはならない』などがあります」


 レベッカは「これでも規律のほんの一部」と付け足しながら、次に憶測も含めて禁足地の中にあるものについて、言葉をひとつひとつ選びながら話す。


「噂の端々から推測するに、フレデリカ様の研究成果……それもおそらく天文に関するものが眠っているのではないかと」

「……フレデリカは大昔の天文学者ってところか」

「そこに由来しているのか、彼女の魔力は宇宙の理を自在に操作するものだと言われております」

「そりゃ確かに、人間の線引きを越えてんな」


 レイジィが言っていた「生物というより現象に近い」という言葉が、より輪郭を帯びたような気がした。それが本当だとしたら、フレデリカは超物理の権化のような存在だ。


 同時に、余計に疑問だった。

 それならばインヘルが経験している「現状」など、フレデリカにとってそよ風で大樹の葉が一枚揺れる程度の事態であるはずだ。だというのに、対面したあの超常的魔法使いは、魔獣のことやインヘルの扱いに困窮し果てているように見えた。


 短絡的に考えるとすれば、単にフレデリカが「魔獣を殲滅して」「インヘルたちの正体を本人に教える」だけで全てが丸く収まりそうである。

 そうしないということは、インヘルに出来てフレデリカに出来ないことがあるという事だ。


「(んなモンあるわけねェ! 宇宙を操るような奴だぞ!? 何でも出来んだろ!?)」


 益々分からない。何故フレデリカはインヘルの目の前に現れたのか。何故インヘルにわざわざ自身の過去を探らせようとしているのか。手段も目的も、その全てが不明瞭だ。


 流石のインヘルも頭を抱えた。

 しかし、手詰まり感満載の空気を変えようとしたレベッカの次の一言で、彼女は一瞬にして目の色を変えることとなる。


「ですが、そんなフレデリカ様にも匹敵する魔法使いが存在したという話もありますわよ」

「……!」


 あの魔王に対抗出来る奴が居た?

 些か眉唾ものの話ではあったが、そこにインヘルの嗅覚は働いた。


「かつて『黄金姫』と呼ばれた魔法使い……ヨルシカ・モントーバン。家名の通り、私たちの遠い先祖にあたり――英傑の血筋から抹消されたとされる御方ですの」


 刹那、激しい頭痛と同時にインヘルの視界が歪む。

 瞳の奥が灼けるように熱い。彼女は自分の眼球を押し潰してしまいそうなほど強く押さえつけた。


 それでも尚、痛みは止まない。むしろ苛烈さを増し、意識を完全に食い潰されてしまいそうだ。


「……ママ?」

「インヘル様!? だ、大丈夫ですの!?」


 間近で叫ばれているというのに、レベッカとラストラリーの声がどんどん遠のいていく。やがて、闇か光かすらも解らない色合いが、インヘルの眼前に広がった。


◇  ◆  ◇


「予想よりもお早い再会だ」


 案の定と言うべきか、さも当然のように、インヘルは()()が佇む幻覚の中に巻き込まれていた。或いはこちらが現実で、本当は長い夢を見ているのではないかと錯覚してしまいそうなほど存在感のあるような景色に、もはや何の疑問も感じない。


 まるで覚えのない、アンティーク調の家具が立ち並ぶ部屋。

 屍体のように動かない身体。


 ただひとつ、前回と異なるのは、目の前に居るあまりに恐ろしい均整さを孕んだ輪郭が、ぼやけることなく確かに「線」となっていることである。


「改めて自己紹介をしよう。私の名はヨルシカ・モントーバン。貴様の()()()()だ。そして同時に……貴様に再生能力を与えた者でもある」


 黄金姫ヨルシカ・モントーバン。

 気の遠くなる程の過去、彼女は他の追随を許さぬ傑物だった。

 「人間」を捨てずして唯一、魔王フレデリカに明確な敵として認識されていた、魔法使いの頂点である。


 この幻覚は、言わば彼女自身の薄らいだ記憶から滲み出た、残滓のようなもの。マボロシは自分が知らない言葉を吐き出してはくれない。ヨルシカに掛けられていた発言の制約の正体とはそれであった。


 そして今、インヘルは黄金姫を思い出した。

 もはや制約は消えている。インヘルが見るこの景色は、彼女自身が作り上げたものであり、何かの託宣のように感じられても、それは「思い出す」というごく当たり前のプロセスがそうさせているに過ぎない。


「……正直、貴様が私を思い出したことが、正しい事なのか自信が無い。今や私も、フレデリカも、多くに忘れ去られた過去の偶像。我々はもう……貴様が肌で感じているであろうこの地獄を、取り返すことも能わない」


 ヨルシカは既に死んでいる。

 彼女の死因は老衰だった。結局彼女は、最後まで人間を捨て去ることが出来なかった。どこまでもひたむきで、愚直で、過ちを冒すことはなく、「完璧」にしかなれなかった女。


 誰からも羨まれるであろう、その華麗な人生は、言葉を換えればただ「下書きをなぞる」のと同じことである。

 決められた角度で、決められた曲率で、決められた構成(デザイン)で、決められた色調で、決められた陰影で、決められた素材で、決められた鋳型で、決められた展示場で、決められた額縁で、決められた時間で……彩られ、成形され、観覧され、それに携わった全ての人間から「百点満点」と評価されることが既に確定しているだけの人間。


 見る者からすれば空虚だ。余りにも寂しい。

 その虚ろさすらも満点である。


「ただ――」


 そんな完璧の権化は、そんな空虚だけを映し取ったインヘルの胸元を指差した。


「私に辿り着いたのならば、もうすぐ奴とも会えるかもしれないな」


 人間のように振る舞うだけだったインヘルの心臓が、その時だけは確かに痛んだ。それまで彼女を縛り付けていた楔が、音を立てて軋むような気がした。動かなかった指先が、微かにピクリと動き出した直後――見慣れた暗転が視界いっぱいに広がった。


 寸前、インヘルの脳裏には、ヨルシカとはまた違う自分とよく似た他人(だれか)が、巧みな細工の椅子に腰掛け、全てに絶望しているかのような表情で、呆然と涙を流している光景が焼き付けられていた。


◇  ◆  ◇


「おっ! オハヨー新人類! いい夢見れた?」


 喧しい声に対してぼうっとした意識を向けると、インヘルはようやく自分が目を覚ましたことに気が付いた。彼女は何の気なしに頬を拭うと、そういえば自分には涙が流れなかったのだということを思い出す。

 不思議な気分だった。確かに自分は涙を流したという実感がありながら、身体がそれに追いついていないような心持ちだ。


 周囲を見渡すと、そこはレベッカと談笑をしていた部屋だった。自分がカウチに寝かされていたことも自覚した。そして、喧しい声の源は聖女シャプワであることも判った。

 彼女の隣では、突然倒れたインヘルに心配な目を向けるレベッカとラストラリー。もっともラストラリーは似たような場面に遭遇したことがあるのだが、それでもやはり、母と慕う者が唐突に意識を失う光景は、心臓に負担がかかるらしい。


「最高の夢だったぜ。もう少し眠らせといてくれよな」

「こりゃ失礼。ラストラリーちゃんが色々教えてくれてね。記憶を取り戻した時に、よくぶっ倒れるんですって? 何を思い出したのよ」

「……ヨルシカって奴に会った」


 その名前を聞いたシャプワとレベッカがきょとんとした表情を浮かべ、互いに顔を合わせる。


「アタシたちの御先祖様に?」

「金髪で……なんつーか、人間離れした神々しい奴だよ」

「顔なんて分かるわけ無いじゃない。何千年も昔の人なのよ」


 そう言うとシャプワは鼻の下に手を当てて、何やらぶつぶつと幾つかの自問自答を繰り広げると、再びインヘルの方に向き直る。


「シャプワ・ケルン・エルジェーベト・ヨルシカ・モントーバン……アタシのフルネームよ。次期当主に必ず与えられるミドルネームがヨルシカ。……貴女、まさかウチの関係者?」

「分かんねェよ。ただ、私に再生能力を与えて名前を付けたのがソイツだ」

「ウソ……だとすると貴女ってばいったい何歳よ? ヨルシカの生きた時代は確か……4000年前くらいだから、少なくとも4000歳?」


 その推測は正しいように思えた。

 落日期の到来により写し絵の一つすら残っていない人間の生きていた姿が明確に記憶に焼き付いているということは、インヘルはあの人類退廃時代を生き残り、英傑の居た時代も駆け抜け、今に至るということになる。


 4000年……口にするのは簡単だが、気の遠くなる年月だ。文明が崩壊し、再度発展するのにも十分な時間を生きてきた。


「まるで貴女自身が生きた遺物じゃない。或いは、落日期以前の人間の体構造はみんなそんな感じだったのかしら? 何しろもう記録すら残っていない……研究にクラウディアも引っ張り出す必要があるわね」

「えと、お姉さま! あ、あの、そろそろ時間になってしまいますわよ!」

「ん? ああ、食事会! ヤバッ、遅刻すると母上が超怒る!」

「インヘル様たちも招待されているのですが、そのお身体では……」

「……いや、行くよ。別に命に関わる訳でもねーし。ラストラリーも来るよな」

「う、うん。ママについてく」


 返事を聞くと、インヘルは軽快にカウチから飛び起きて、姉妹の間を通るようにして部屋の扉の前へと向かった。シャプワとレベッカはまたしても顔を見合わせ、シャプワが肩を竦めるのを合図に、2人を追従する。

 すると、インヘルの真後ろで止まったレベッカが彼女の髪をふわりと撫でた。インヘルはいまウィッグを付けて髪型を整えているため少し鈍感であったが、後ろから無防備に触れられたこともあって、一瞬だけ体を硬直させた。


「……な、何だよ?」

「眠っておりましたので、御髪が乱れておりますわ。付焼き刃程度ですが、整えさせて下さいまし」

「レベッカは気が利くわね〜。末っ子とは思えないわぁ」

「もう、お姉様ったら。いつまでも私を子供扱いして。淑女(レディー)として、こういう事には気を配るべきですのよ。お仕事から帰ってきて疲れてますの?」

「手厳しいじゃない」


 2人は背後から専属お嬢様にぴったりと付かれ、毛先の一本に至るまで弄り倒されながら、怪物姉妹が勢揃いの晩餐会へと足を運んだ。

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