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泣かない魔女の絢爛な葬送  作者: 模範的市民
三章:憧れを掴める距離
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74.Sister Fight

 身体中を1日で調べ尽くされたインヘルとラストラリーは、ぐったりとしながらも、使用人の案内に従ってドレスルームへと案内された。


「それではお着替えを」

「またかよ……今日何回目だ?」

「お屋敷に来る前と、ケンキューの前と……うん、3回目だね」

「次は何の為のお着替えなのかね〜」

「本日は、当主やお嬢様たちが揃っての晩餐会がありますので」


 そういえば、そんな話をシャプワやクラウディアにされていたことをインヘルたちは思い出す。加えて、モントーバン家の主要人物が一堂に会することなど滅多に無いから、ドレスアップしての参加は必須だ、とも。


 相手の都合などあまり興味のないインヘルであったが、いつものローブ姿で貴族の食事に参加させてもらうことを想像するとアーテローヤルの件を思い出してしまう。彼女は自分が行うべき事を理解すると、観念してお任せでドレスを見繕ってもらった。


「お任せください。キャッピー様より、ご指定のモノが御座います」

「(キャッピー……ああ、アイツか。クラウディアと仲が良いとかいう)」


 図らずも様々な面子にお膳立てをしてもらっていることを知り、インヘルたちは思わず悩み顔をする。それほどまでに自分たちの訪問が特別視されていることを見せ付けられたような気がしたからだ。無論、それが良い意味での特別視とは限らないが。


◆  ◆  ◆


 インヘルに見繕われたのは、やはりと言うべきか、シンプルな黒いドレスだった。サテン生地やカシミヤ生地の光沢の差が巧みに調和し、レースの透け感が大人びた妖艶さを演出するロングフィッシュテール。

 動きやすさという問題は解消されたラフなものであったが、脚の露出は下品だということで、これまた黒いタイツを履いた、統一感のある組み合わせだ。アクセントとして貴族がよく用いる金属であるピュアシルバーの銀糸を使ったベルトを腰の位置で留めている。


「良くお似合いで。キャッピー様の仰っていた通り、ベルトは腰より少し高い位置ではなく、そのまま腰元で正解でしたわね」

「……気ィ抜いたら全部見えるぞコレ」

「それでしたら、気を抜くことの御座いませんよう……ああ、それと、こちらの袖飾りもご使用下さい」

「分かった分かった……常軌を逸した服じゃなきゃ、言いなりにでも着せ替え人形にでもなるよ」


 インヘルがそう言うと、その使用人の女性はニコリと微笑み、小物類を身に付けさせ始めた。力を抜いて任せていれば着替えが終わっている。装飾類の数の割には楽だと思える着替えだ。その手際から、彼女たちもまた険しいメイド道のベテランであることは、察するに余りある。


 一方ラストラリーはというと、インヘルと比較して少しドレスの形状が違えど、ファッションに明るくない彼女たちからしてみればペアルックに等しいコーディネートだった。

 色合いに若干紫がかった輝きのある、足首まで隠れるタイプだ。少女は姿見に映る自分のつむじから爪先までを目を輝かせながら見つめると、その場でぎこちなく一回転した。


 それを見たインヘルは小さく噴き出してしまう。ラストラリーは彼女の態度を敏感に察知し、恥ずかしそうに頬を膨らませながらインヘルを睨み付けた。


「……ママ、笑ったでしょ」

「んな馬鹿な」

「絶対笑ってた! 仕方ないでしょ! もう多分一生着れないんだから!」

「似合ってるぜラストラリー」

「……そんなこと言われても許さないから」


 彼女はインヘルに顔を向けて舌を出し、誰が見ても演技と分かるような不機嫌のフリをしながら、結局耐えられなくなり、クスクスと笑顔を浮かべた。インヘルは「単純な奴」と思いながらも、なかなか見せない少女然としたラストラリーの振る舞いを見て、少しだけ安心した心持ちになった。


「それではお時間まで、休憩できる部屋でお待ち下さい。案内致します」


 指示されたインヘルとラストラリーは我に返り、壮年のメイドたちに向かって肯定の意を示す。


「(あと直接会ってないのは……ハオフェン、レベッカって奴か)」


 もはやインヘルは姉妹たちの姿に想像図を思い浮かべることを諦めていた。元よりモントーバン家はインヘルの予想を悉く裏切ってきたのだ。今更勝手な像を作り上げたところでまた驚かされるのがオチだ。

 ならばフラットな気持ちで、何のバイアスも掛かっていない状態のまま初対面を済ませた方が気疲れも少ないだろう……と考えていた。


 コンコンコン。


 突然部屋の外から上品なノックが響く。

 ラストラリーはその予兆の無さに少しばかり驚き、ビクッと肩を震わせたが、メイドたちは落ち着き払った態度でその来客に対応するために扉を開ける。


「ああ、こちらにいらっしゃったのですね!」


 扉の前に立っていたのは例に漏れずドレスを纏った、見るも可憐な見目をした女子。ラストラリーよりひと回りほど背丈が大きいが、インヘルはその背格好に覚えがあった。ちょうどレイジィがあれくらいだ。


 使用人たちとはまた異質な雰囲気をしたその女性の正体に、あらかたの目星をつけたものの、しかしそれが正しければ随分と話がおかしい。


「まあ、レベッカ様。お帰りなさいませ。……専属のメイドはどちらに? お迎えに上がった筈ですが」

「カペルならお菓子を食べておりますわ!」

「はあ……あの子ったら全く」


 出来の悪い子供に頭を悩ませるように、壮年のメイドたちは深く息を吐き出す。しかしそんな事も気にせず、七女……レイジィの唯一の妹、レベッカ・モントーバンは、インヘルたちの着替えが済んでいるのを確認すると、華やかさすら感じる歩調で2人の前に接近し、丁寧にお辞儀をした。


「レベッカ・モントーバンですわ。お見知り置きを、狩人様!」


 「狩人」という呼び方にインヘルは少しばかり身構えたが、侮蔑的な意味が込められている訳でもなく、むしろ逆のようにも見える。

 しかし、レベッカを間近で見たインヘルたちは、すぐさま態度や本心の事などどうでも良くなる程、また別の考えに囚われた。


「(……んん〜?)」

「(ほんとにレイジィさんの……三つ子の妹?)」


 端的に言えば、全く似ていない。

 そばかすも無ければ、目の下のクマも、癖だらけの髪質も、ため息の延長のような喋り方も、全てが鳴りを潜めている。レイジィに染み付いた「人好きしない要素」をまるっきり洗い流したかのように、容姿に共通項を見出せないほど可憐な姿だった。


 大きく見開かれた瞳。日焼けを知らないベルベットのような白肌。滝のように真っ直ぐ落ちた藍色のロングヘア。老人にも聞き取りやすそうな口調。ぴんと伸びた背筋に、音の立たない仕草。

 レイジィ・フランベルジュに対義語があるとすれば、それはレベッカ・モントーバンなのだと断じることが出来るほど、姉の面影を感じさせない美麗さだ。


 自分含め、誰かの容姿に関してあまり興味の無いインヘルですら「綺麗な人物だ」と認めてしまうほど、本能に訴えかける、洗練された美しさの塊のような人物である。


「あの……何か付いていますか?」

「……ん、ああ、いや、何でもないぜ。よろしくな」

「よ、よよ、よろしくお願いしまふ……!」


 思わず頭のてっぺんから爪先までを観察してしまっていたインヘルは、レベッカのその言葉にハッとして、妙な思考を振り解くように首を横に振る。ラストラリーもそれに続いて慌ただしい様子で深く頭を下げた。


「ま、まさか……」


 2人のそんな態度を受け、レベッカは一歩身を引いて、わなわなと震え出す。インヘルは一瞬、自分の振る舞いに何か勘違いをされたのかと思い、すぐさま頭の中で言い訳を練り始めた。


「観察! 狩人様のお仕事には危険がつきものだとお聞きしましたわ! 身分を明かされようとも、他者と一定の距離を保とうという防衛本能ですのね! 謙虚ですわ! 勉強になりますの!」

「……不快にさせたとしたら悪いな」


 思わぬ勘違いだったが、「ただ見てた」というだけではそれこそ変質者だ。インヘルは勝手に出てきた助け船に無賃乗車することにした。


 同時に、またしてもインヘルは彼女の異質な一端を察する。

 「天才性」を感じさせないのだ。他の姉妹たちは、近寄り難さの溶媒で全身をコーティングしているかのような、思わず畏れたくなる存在だった。底が見えず、何を考えているのかも分からない、胡散臭さの化身だ。

 それがこのレベッカには無かった。いま曝け出しているものが自分の全て、といった印象を受ける。そこには裏表のない、年相応の親しみやすさがあった。


「私に狩人様のお仕事の話をお聞かせ下さいまし! 普段は全く関わりの無い職種ですので、どんな事をなされているのか! 好奇心ですわ! 健全な!」

「い、良いけどよォ……そういうのはレイジィの奴にでも聞けば――」

「あの人に? 有り得ませんわ」


 インヘルたちの皮膚の表面を、冷たい何かがサッと伝う。それはまるで、尻尾を振っていた小型犬が、一瞬野生に戻ったかのような錯覚に似ていた。

 本性とでも言うべきか、おそらくは思わず口をついて出たのであろうその拒絶感は、拭い去れない遺恨を感じさせる。


「あ……いえ……彼女がマトモに仕事をしているとは思えませんでしたので! いけませんわね! 口汚く思われてしまったでしょうか?」

「いいや、仲が良さそうで何よりだ」


 レベッカは皮肉に対して何の否定もせず、ただ首を傾げ、苦笑いを浮かべるのみだった。


「暫くは暇だし、今からでも大丈夫か?」

「……! は、はい!」

「代わりにお前ら姉妹のこと、もう少し教えてくれよ。他の連中からは聞きづらいんだ」

「喜んで!」


 インヘルがメイドたちに目配せすると、彼女たちは会釈し、ホクホク顔のレベッカ共々休憩室へと案内してくれた。

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