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泣かない魔女の絢爛な葬送  作者: 模範的市民
三章:憧れを掴める距離
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73. Padparadscha

 ヤバい……ヤバいですよ……あの人おかしい!


「はあい、そこまで。全く……外出許可が出ていないのですから、大人しく病室で本でも読んでいて下さいよ」

「うぐぐぐ……何で捕まるんですか……! 全力で逃げてるのに!」

「逃げてるから捕まるのです」


 違います! そうだけど、そういうコトじゃないんです!

 私が「全力で」逃げてるんですよ? いくら目が見えづらくても、時には窓から跳んだり、屋根を伝ったり、壁を登ったり……なのに捕まる! 未来が見えてるとかじゃなきゃ、この人、私並みかそれ以上の身体能力を持ってるとかしか考えられません。


「お、今日も捕まってるねぇ、ハートショットちゃん」

「まあ。私も体が良くなれば、あれくらい元気に動き回れるかしら?」


 すっかり行き交う病人たちの名物みたいにされています……ここの一般病棟で入院してるってことは、貴女たち多分かなり身分の高い人ですよね。大らかだなあ。最初は悲鳴とか上げられたけど。


 ……それにしても、少なくとも医療関係者の身体能力じゃありません。というか絶対にカタギじゃない。確かに視界がぼやけているというハンデはあっても、見た目4〜50歳の人に、まさかここまで手玉に取られるとは……抜け出すにも抜け出せないじゃないですか。


 先日、道化師たち(ジェスターズ)御用達の「小動物便(キティ・レター)」で父さんから荷物が届いているという連絡があり、游魂院の外でこっそり受け取ろうと思ったのに……游魂院の結界セキュリティが突破出来ても、内から抜け出せないんじゃあ受け取れません……!


 全てはこの人……確か、扶翼室の室長、パパラチアさんのせいで!

 父さんごめんなさい……快気祝い、受け取るのはもう少し先になりそうです……ううう。出来れば早く受け取っておきたかった……


「くそぅ……!」

「全く、見境なく縦横無尽に飛び回って……さあ、復帰治療に戻りましょう。点眼薬と飲み薬、それと治癒魔法も併用して視力を戻していきますよ。聖女様も一旦、夕方だけなら戻っていらっしゃるようなので、きっと1週間ほどで退院できますから、それまで我慢ですね」


 今日も今日とて首根っこを掴まれ、床をズルズルと引き摺り回され、病室に連行されました。待っているのは体を鈍らせるのが目的としか思えないような生活です。読書は嫌いなんですよ……頭が痛くなります。馬鹿上等です。

 それに、アーテローヤルでの一件で、武器類のストックをかなり消費してしまったので補充と、余ってる武器の点検もしたいので、尚更1人になりたいんですけど……それもダメそうですね。


「パパラチアさん……貴女、何者なんですか? 走って私に追いつくなんて、常人どころか並の狩人にも出来ない芸当ですよ……」

「忘れてしまいましたか? 扶翼室の室長ですよ。有体に言えばナース長です。それと麻酔科の免許も持ってますから、麻酔科医でもありますわ」

「つくづく論点の合わない人ですね……その運動神経のことを聞いてるんですけど……」

「昔取った杵柄と言いますか」


 どんな杵柄を取ったらこうなるんですか。殺し屋ですか。それともニンジャですか。

 ……何となく誤魔化されたような心地がしますが、そもそも教える義務はありませんよね。私も、それについて詮索する権利は持ち合わせていませんし、大人しく引き下がりましょう。


 悲しいかな、偉そうなことを言っておきながら、今日も捕まって引き回されてる敗北者は私なのですが。


「それはそうと、そろそろ外出許可をくれても……」

「なりません」

「ハイ」


 私の立場は今、とことん微妙な場所に居ます。

 この方たちが人道的な医療集団で助かりました。もっと別の組織に捕まっていたら、インヘル先輩やラストラリーちゃんの情報を、言葉に出すのも憚られる方法で聞き出されていたでしょうから。


 尤も、何をされても喋る気はありませんし、そもそも私自身そこまで情報を得られている訳ではないので、彼らがその方法に至ることはないのでしょうが。

 ましてや此処は王立の最高医療機関。研究者の人数や設備、外部とのコネクション等には困っていないはずです。それだったら、誰かの口を割って喋らせて得た「不確定なモノ」よりも、まだ余裕があるうちに自分たちで調べてしまった方が安全性が高い。

 先輩たちが研究に協力的であるのならば尚更です。事態は私という個人に縋るほど逼迫してはいません。とはいえ、裏付けとして何かを吐かされる可能性は残っているので油断はできないですが。


「(仕方ない……まずは大人しく回復に専念すべき時期ですかね。というか、パパラチアさんがいる限り抜け出すのは無理)」


 そして私は、今日も本と一緒に病床に放り投げられるのでした。畜生。


◆  ◆  ◆


 ……聖女シャプワ・モントーバン。

 彼女のことは游魂院の関係者や患者などから色々と聞きました。とにかく素晴らしい人格者で、聖人君子の類で、信頼に厚く、かといって親しみやすさがあり、医者としての能力も並一通りではない、まさに「聖女」だと。


 ただ、私からしてみればそれはほとほと不気味な評価です。

 普通であれば、他者評価には大なり小なり「差」というものが生まれます。

 人柄の好き嫌い、必要性、噂話で付いた尾鰭など、その差が付くであろう場面は数多あります。しかし聖女様の評価は画一的というか、薄ら寒い意図すら感じてしまうほどに、全員が口を揃えて同じ事を言うのです。


 もはや怖い。


 他人にこう思われるべきだ、という確固たる理想像を持ち、尚且つその理想という名の虚像を創り上げることが出来るだけの才能を持っている……そんな感じでしょうか。


 私は同じような人に会ったことがあります。

 4人目の母さん……御師様です。毛色は違いますが、あの人も常に理想像を演じていました。そして、私に「擬態」の手練手管と重要性を叩き込んでくれた人でもあります。


 彼女は徹底的な合理主義者でした。それでも、側から見れば、母さんは多少の欠点がありそうな、気風の良い人だったのでしょう。そっちの方が都合が良いからです。

 愛嬌があれば、自分の敵となる者は様々な隙を見せてくれ、自分の味方となる者には信頼しやすい土壌を整えてやることになります。要するに相手が勝手にナメてくれます。それでも心と頭脳はいつもクレバーな人物なんて……敵に回したくありません。


 さながら遅効性で、無味無臭で、一見身体に良さそうに見える劇物。鉛が恐ろしいのと同じように、そういう人物ほど本質的には恐ろしい。


「――否定の返事は許可しないわ」


 ほら、人目が無ければこれですよ。

 笑顔で堂々と脅しておいて何が聖女ですか。


「貴女はこちらの事情を知らないから、ピンと来ないかもしれないけど……あの手続きは本来あり得ない。インヘル・カーネイションの処刑に猶予を与えたくない誰かが、騎士や貴族、研究者の中に紛れていることは自明なの」

「それで……私の仕事とは?」

「話が早いわね。アタシはこの一件、ビナー・ハイドランのような『逢魔』なる怪物が絡んでいる可能性も考慮しているの。だから必要なのは、純粋な戦力よ」


 はは、簡潔で良いですね。

 要するに聖女様個人で運用できるような兵隊になれということでしょう。狩人連盟と敵対関係である貴族に肩入れしろ、と……父さん怒るだろうなあ。


「……断ったら?」

「医療ミスが一件起こるわ」


 職権濫用ですか。そうですか。医療従事者の脅しは洒落になりませんね。ストレート過ぎて怖い。

 まあ、私に抵抗する手段が無いのは確定です。詰みってことで、飲むしかないでしょう。それに、彼女たちに協力すればインヘル先輩たちを助けることにも繋がります。


 下手にカッコつけて「断ったら?」なんて言わなきゃ良かったです。脅しに屈した気になってしまいました。まあ、結局私も首を突っ込んだ身ですし、最後まで先輩たちに協力しますよ。

 それに……なんやかんやで先輩たちは良い人たちです。信頼できる良い人たちには死んで欲しくないですからね。これは私のエゴなので、口には出しませんが。


 それにしても無防備じゃありませんか? 元暗殺者の私相手に一対一で話す場を設けるなんて、場合によっては「死にたい」と言っているようなものですよ。


「疑問かしら。何故アタシは、貴女と一対一で話す場を用意しているのか……ってトコ?」


 見透かされました。そういう部分は顔に出ないようにしているはずなのですが、レイジィ先輩には及ばずともそれなりの読心(リーディング)能力は標準装備していると。末恐ろしい人ですね。


「……そんな所です」

「それも簡単よ。もう一つ話したいことがあったの」

「話したいこと?」

「貴女……インヘル・カーネイションとラストラリーのことを、どう思ってるのかしら?」

「………………うぇ?」


 何ですかその質問? 恋バナですか? そりゃ確かに恋バナなら2人きりの方が都合が良いでしょうけど……駄目ですね。真剣な質問なのは理解できるのですが、この人の真意が読めません。思えばレイジィ先輩でも、姉妹たちの真意を覗くのは難しいとか。

 まあ、ここはひとつ正直に言っておきましょう。嘘をつく理由もありませんし。


「……大切な仲間ですよ。今では手放しで信用できる、数少ない人たちです」


 インヘル先輩は信用出来る人です。それは割と最近、確信に変わりました。


 ビナーさんとの殺し合い……あの人は、ラストラリーちゃんを傷付けられ、どうしようもなく怒っていた。

 その瞬間、どういう訳かは分かりませんが、先輩を信じてみようと思えました。誰かの為に怒りを剥き出しにする人は、暗殺者としては失格です。つまりは……とても人間的です。私とは違う。


 少しの羨望がありました。この人みたいに、私もまた、誰かの為に怒りを露わにすることが出来るのかと考えてみました。

 だから、試しに本気で信頼してみたのです。

 ラストラリーちゃんを助けるために、自分の身を捧げてみても構わないと、心から思いました。私は偏屈な人間ですが、あの時だけは自分の気持ちに素直になれた気がします。


 おかしな話ですよね。「死なないための訓練」ばかりしていた私が、命を投げ打つなんて。確かにあの行動は合理的ではありませんでした。

 先輩は……游魂院で目覚めた時、真っ先に私やラストラリーちゃんの心配をしてくれました。焦った顔で病室に飛び込んできて……あの時は揶揄って誤魔化しましたが、実は嬉しかったんですよ。


 私が一度だけ信頼してみたら、それと同じだけの信頼が返ってきてくれた。それは、私のことを仲間だと認めてくれたのだと確信するのに十分でした。


 前の職場は損得勘定と実利ばかりの関係が殆どでしたが、今になって思えば、狩人の暮らしはそれとは全く異なっていました。私はようやく、その一員になれたのだと気付いたのです。


 だから、多分……先輩たちが害されることがあれば、私は本気で怒ることが出来るでしょう。それこそ、利益も正当性も関係なく。それくらいには仲間だと思っていますし、先輩もそう感じてくれていると思います。


「……そう」


 すると、聖女さんは複雑な表情のままそう言って頷きます。

 私が嘘をついていないことを理解しながらも、あまり納得のいっていなさそうな態度でしたが、やがて何かを割り切ったかのように顔を上げました。


「だとしたら腹立たしいわね。ちょっと意地悪したくなっちゃう」

「え? えっ? なんでそうなるんですか? 私、何か気分を害しました?」

「いえ、貴女を邪険にしたい訳じゃないわよ。……まあ、こっちの話」


 彼女の言葉の意味を察するには、私は余りにも無知蒙昧でした。

 本気で疑問に思っていると、彼女はそれを察したのか、努めて表情を明るいものへと変貌させます。


「契約成立ね。暫くはアタシの指示に従ってもらうわよ」

「……仰せのままに」

「それじゃ、今日は晩餐会があるから、後はパパラチアさんの指示に従うように! 明日から本格的に治療を始めるわ」

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