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泣かない魔女の絢爛な葬送  作者: 模範的市民
三章:憧れを掴める距離
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72. Missing Link

 生体サンプルの採取、薬品への反応、シャプワが確認した臓器配列の省察、分類、果ては心理状態の検査に至るまで、インヘルとラストラリーの研究は多岐に渡った。

 しかしやはり、いくら魔法を応用しようと短時間で結論を出せるものではなく、加えて彼女たちの「身体」の難解さは、百戦錬磨の研究者たちをして唸らせる不可解なものだった。


 研究者たちは解散し、被験体2名もメイドによって本邸へ案内され、検査室にはシャプワとウルリカだけが残っている。


「観れば観るほど興味深いですね。お姉様が頭を悩ませる訳です」


 ウルリカは軽食の麦パンと角砂糖を、紅茶と一緒に流し込みながら、左手でペンを走らせていた。メモの内容は高度に暗号化されており、姉であるシャプワも瞬時には解読できない類の文字だ。内容の秘匿性を考えれば当然のことである。


「でしょう? アタシの治癒魔法が掻き乱されるわ、気絶寸前まで魔力は食うわ、別世界の生物を手探りで治すようなモノだったわよ。我ながらベストを尽くしたと思うなー」

「特にラストラリーさんの異形……魔獣に近いというのは、間違っていませんね。ですが……」

「ですが?」


 ウルリカは警戒するように視線だけを向けて周囲を見渡すと、盗聴魔法の類が仕掛けられていないことを確認して恐る恐る口を開く。


「……まあ、その……分類学上の視点では、魔獣に最も近しい生物は『人間』だと推測出来てしまう……ということは、お姉様には話してますよね」

「相変わらず危なっかしい内容ね」

「それで、特筆すべきは腸の短さ。人間は他の生物と比較して、異様に腸が短い……『火』を扱えるからですね。加熱した食事は消化が良く、そのため無駄に長い腸は不要となった。結果として人類は、他の生き物が本来消化にかけている時間を別の時間に充てられるようになり、活動可能な時間が極端に増加し、文明を発展させました。『不足した腸』は文明的生物の証なのです。……魔獣にも、似た形質が見られます」


 モントーバン家四女と五女の研究は、今代で一種の「特異点」に到達すると予測されている。「神を射ち落とす特異点」だ。彼女たちの「科学」は、しばしば危険な思想を引き寄せてしまうような危うい領域に片足を突っ込んでいた。


 故に2人の職場は、特例的に最も安全性の高い場所である本邸の隣に設けられている。彼女の研究の全貌を知っているのは今のところ、モントーバン家の中でもごく一部であった。


「食事が不要とされている魔獣に消化器官が存在することはとんだミッシングリンクですが……或いは短期間で、人間に近い生物が劇的に変質してしまったのが魔獣なのかもしれません。元は私の突飛な妄想だったんですが……ラストラリーさんの登場で、少しばかり話が変わってきました」


 妄想の実現、という割には深刻そうな表情でウルリカが口走る。その証拠に、いよいよ紅茶で流し込むのも忘れ、銀容器に入った角砂糖をボリボリ噛み砕いているという状況だ。独り言に近い感覚で喋っているのかもしれない。或いは、軽々しく一線を超えてしまわないよう、自らを抑制している風にも見える。

 些か健康に問題がありそうな行為だったが、それでいてウルリカは糖分を原動力に頭を働かせるタイプだと理解していたシャプワは咎めなかった。

 むしろ彼女に関しては、こうしなければ頭脳労働に栄養が付いていかない。実際、かつてシャプワに注意されて「白糖断ち」をしたとき、ほぼ同じ食生活を送っているはずの姉妹の中で唯一激痩せしたという実績もある。こうしない方がむしろ不健康なのだろう。

 

「ともするとあの少女は……」

「はい。彼女は人間と魔獣の中間点――失われた環の生き証人なのかもしれません。或いは、インヘルさんの言う『逢魔』とは、そういった種の集合なのではないでしょうか」

「つまり、現段階で最も可能性が高いのは――」


 シャプワは妄想じみた、しかし否定しきれないその結論を一言に纏め上げる。ウルリカは耳を傾けるようにして、ペンを走らせる手と、角砂糖を貪る手を同時に止めた。


「ラストラリーが『逢魔』とやらの一体であるってことでOK?」


 ウルリカは口を尖らせ、無言の肯定を見せながらも、シャプワの反応に対して疑問符を浮かべた。


「……驚かないんですね、お姉様」

「あー……実は意図的に、ウルリカに説明していなかったことがあってね。インヘル・カーネイションとビナー・ハイドランのやり取りなんだけど……同じような内容の話をしたみたいなの。アタシの優しさに絆されたのか、少しばかり話してくれたわ。彼女と逢魔ビナーとのやり取りをね」


 ウルリカは息を呑み、ペンの尻で額を掻いた。自らで導いた妄想の域を出ない考えが、偶然であれば良いと思っていた。


「曰くラストラリーは、ビナー・ハイドランの同族であり、仇敵でもあった……ってね」


 実証していないことは多い。ビナーの同族であるという「逢魔」とラストラリーは同一の生物なのか? そもそも本当に魔獣の近縁種は人間なのか?

 医学生物学において、他国の水準を遥かに上回る発展を成したこの国の総力を以て尚、ラストラリーに根差した謎は深い。ウルリカはすっかり乾いてしまった口に、残りの紅茶を一気に流し込む。


「ああ、そうだわ。インヘル・カーネイションの方はどうだったの? やっぱりラストラリーと同じ感じ? ただ、アタシの魔法で体内を検分しても、ラストラリーみたいな異形も無ければ、普通の人間に見えたけれど……」

「……した」

「え?」

「違いましたよ」


 予想外の回答に、シャプワは目を丸くしながらも、目配せと沈黙でウルリカの言葉の続きを促す。

 次にウルリカが吐いたのは、また別の声だった。それは小声だったが、悩みの種という訳でもなく、ただ「知的好奇心」に突き動かされているかのような雰囲気があった。


「人間じゃないですよ」

「……ってことは逢魔なんじゃないの?」


 その答えに対しても、ウルリカは首を横に振る。


「人間でも魔獣でもありません。近縁種も居なければ……そもそも生物という事すら疑わしい。人間の形をした『何か』です」

「……なにそれ〜、難解〜、度し難し〜!」


 シャプワは両腕を伸ばして、デスクの上に突っ伏した。天才があまり見せてはいけない姿だったが、それを咎めるような人物は此処には居ない。


「本当にもう、あの2人は……うふふ……」


 ウルリカの笑顔を見て、シャプワは少しだけ身構えた。「また仕事が忙しくなる」とぶつくさ文句を垂れ始めるのかと考えたからだ。

 しかしその心配はすぐさま杞憂に終わった。やはり根っからの部分で、彼女はモントーバンだったらしい。


「俄然燃えてきますね。上手く人間にカモフラージュされてますが、インヘルさんの体細胞……的な何かは、どちらかといえば『器械』に近いです。生きてる器械? でしょうか? ですが私もまるっきり、あんな組織は見たことがありません。もっと髪の毛貰っておくんでした。どうせ再生するのなら一旦丸刈りに……或いは腕の1本2本3本に、内臓も丸ごと……」

「(ワオ。血の繋がりを感じるわね)」


 遂に自分と同じかそれ以上のことを口走り始めてしまった妹に強固な血縁を感じながら、シャプワはそんなウルリカの姿に、何処となくレイジィの面影も見た。


「(こういう好奇心も、本質を辿れば負けず嫌いと意地っ張りのせいよねぇ。レイジィとアタシたちで違うのは……モントーバンでの()()()の有無だけ)」


 瞳を爛々と輝かせ、ペンを走らせる速度を更に上げたウルリカの横顔を、シャプワは机に突っ伏したまま見上げ、つくづく呆れ、そして小さく笑みを浮かべる。


「(今はあの子にも、こんな顔が出来る場所があるのね)」


 それは安心だった。

 身勝手と信頼性のある伝承と、そして幾許かの「愛」が、これまでレイジィを苦しめていた。血の繋がった姉妹でありながら追放され、それが今でも尾を引いている。

 この家の中にレイジィの居場所は無い。一族郎党や従者総出の「無視」という慣例が最たる例だ。そのせいか、幼い頃のレイジィ……もといトレイシィが、少しばかり歪んで育ったのは確かである。


 だが家族以外にレイジィの「力」を肯定し、支えてくれる者たちが居た。それ故の安心だ。


「……やり忘れてた仕事があったわ」


 シャプワはインヘルやその仲間たちに恩義を感じていた。嘘偽りだらけの彼女ではあるが、その点に関しては本心だ。

 よって、彼女は「役割」を果たすために立ち上がった。徐に中座しようとする彼女に向かって、ウルリカが首を傾げる。


「集まった研究者たちの監視は良いのですか、お姉様?」

「そっちもいずれ片付けるけど、暫くはウルリカとレイジィに任せるわ。報告だけして頂戴」

「はあ……やり忘れたこと、とは?」


 シャプワは座りっぱなしで固まった身体を伸ばしながら口を開く。


「……今回の一件、おそらくビナー・ハイドランの同族が絡んでるわよね?」

「状況的にはそうでしょうね。となると、狙いはやはりインヘルさんとラストラリーさんでしょうか。高水準の戦闘力に、魔獣を滅ぼす能力……彼女たちは、敵にとっても相当な危険因子ですから」

「って事は戦力増強もしておかないと。アタシもウルリカも、戦闘の方はそれなりって感じじゃない」

「テラ姉様と騎士団だけでは不安ですか?」

「姉さんは人類最強だけど……肩書きとか、役職とか、家の看板とか、ポリシーとか、守るべきものが多すぎてフットワークは激重だからねー。もっと自由度が高い……それでいて強い人に頼まなきゃ」

「……ああ」


 そこまで説明したところで、ウルリカはその「戦力」の正体に気付いた。


「参考人のハートショットさん、でしたっけ。視力の方は回復したんでしょうか?」

「そ。取り敢えずリハビリに付き合わないと。だけど……彼女どうにも……いえ、何でもないわ。即戦力だから手厚くしてあげなきゃ」


 何やらシャプワはハートショットに対して思うところがあるらしいが、それについては言葉を濁しながら、研究室の扉に手をかける。


「気を付けて下さいお姉様。教会か貴族の深奥に、逢魔が紛れている可能性は高いですから」

「わーってるわよ。敵戦力も不明だから慎重にやるわ。それに、彼女と話しておきたいこともあるしね」


 右手をヒラヒラと振りながら背を向けるシャプワに、ウルリカは「話したいこと?」という疑問を抱きながらも、そのまま部屋を出ていく彼女を見送った。

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