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泣かない魔女の絢爛な葬送  作者: 模範的市民
三章:憧れを掴める距離
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67.Lefted Desires

 どこを向いても視界に情報過多が起こるような、そんな部屋だった。

 外の様子を見ても明らかではあったが、それでも、ほんの少しの期待は抱いていた。しかしインヘルはすぐさまそれを容易く裏切られる。

 廊下よりもよほど酷い。何かを踏まずに歩くのが困難だ。家具はしっかりと用意されているように見えたが、その全てが何かに覆われていて、確かな輪郭を奪われたテーブルやベッドだけが、妙な存在感を放っている。


 しかし不思議と不潔ではない。目を凝らすと一つ一つが管理されているもののようで、その事実がいっそう、部屋に足を踏み入れた者に遠慮を促す。

 クラウディアはそんなことを意にも介さずに宝飾品たちを踏み荒らし、時には蹴り飛ばして足場を確保すると、終いには椅子に掛けていたパールのネックレスらしきそれを引っ剥がして、捨てるように床に転がす。クラウディアは客人に向かって「まあ座れ」と促し、手招きをした。


「この散らかしようは……確かにレイジィの血を感じるぜ」

「馬鹿言うな。ボクだってもう少し整頓する」

「う、うわぁ……高そうな指輪とか、いっぱい落ちてるよ?」


「その辺は気にしないで! 妹が友達連れて帰省したって価値に比べれば、遥かに勝らないわっ!」


 勝る気がするという言葉を、来客たちは飲み込んだ。唯一この状態に慣れているであろうシャプワだけが躊躇せず宝石や金製品の上を歩きづらそうなパンプスで難なく荒らしまわると、彼女たちはカナリアの親鳥に追従する。危険物は落ちていないようだ。


 それでもインヘルとラストラリーは、慣れない服装のせいで疲れが溜まっていたのか、一度カウチに腰掛けると、深々と背もたれに体重を預けて大きく息を吐いた。同時にレイジィも隣の丸椅子を跨ぐようにして、上品さとはかけ離れた前のめりの姿勢で脚を休ませた。

 インヘルはそのままぼんやりと部屋の隅を見ると、錠の付いた妙に厳重な扉が目に入った。おそらくはクローゼットか何かだろうが、宝飾品すら床に散らかす性分の持ち主が大事に保管をするモノなど見当もつかず、思わず目を細める。


「テレサ!! 会いたかった!!」

「むぇ」


 そんな大声が聞こえて、インヘルは我に返った。

 見るとレイジィを休ませる事もなく駆け寄ったクラウディアが、その巨体で彼女の痩せた体を存分に抱擁していた。レイジィは握り潰された風船のようになる。


「ふんふんふん……香水に紛れて、古書と革と糊の匂い……相変わらずカタツムリライフを謳歌してるのね!」

「……テレサ?」


 堪らずラストラリーは、諸事情で苗字が変わった人物に興味を向けるかのような、子供らしくも少々むごい好奇心を口にした。それはレイジィの事情に若干の興味が湧いてきたインヘルにとっては好都合であった。


「トレイシィ・モントーバン……ボクの()()()()()()だよ。昔は『テレサ』って呼ばれてた」

「トレイシィ……レイジィ……そういう事なんだ」

「何のシャレだ?」

「ボクにピッタリでしょ」


 インヘルは首を傾げつつも肯定する表情を見せる。

 彼女はようやく熱烈な抱擁から解放されると、乱れたドレスの襟を正しながら、視線だけをクラウディアに向けるようにして、不満げに口を尖らせた。


「言っとくけど、ボクはもう『レイジィ』なんだ。あんまりそっちで呼ばないでよ」

「Umm……戻って来なよテレサ。そりゃ同じように暮らすのは無理カモしれないけど、やりようは幾らでもあるじゃナイ! そうよ! ワタシとアメリカに来なさい! 海外なら口煩く言われな――」

「ボクは今の生き方が好きなんだ。悪いねお姉様」


 彼女にしては珍しく、そんな風に姉の言葉を遮るような強情さを見せると、クラウディアは大きな瞳を更に見開き、驚きの表情を浮かべる。その顔のままシャプワに目線を送ると、彼女はレイジィの気持ちをとっくに知っていたかのように表情を変えなかった。


「そッ……かぁ! なら、戻って来るコトは考えてナイって感じね!」

「うん。戻らないよ。今回は力を貸して欲しかっただけ。代わりに、ボクに出来る事なら何でもする覚悟さ」


 インヘルたちには、表情を読まずともクラウディアの陽気な声色に少しばかりの淋しさが滲んでいるのが分かった。

 自分に血縁者は居らずとも、妹が自分の道を見つけ、自立を始めたことを知った者の気持ちに、インヘルは考えを巡らせる。予想したのは案の定、満足感と心配と、そして僅かばかりの寂寞(せきばく)


 少し長めの沈黙。

 打ち破ったのはレイジィだった。


「そうだ。ここまで来たついでに、お母様にも挨拶に行って来るよ。インヘルたちとシャプワ姉様は先に行っててくれ。どこで合流すれば良い?」

「……」


 シャプワはキョトンと目を丸くした。レイジィの言っていることの意味が分からなかった訳ではないが、どこか言葉を返すのを気まずく感じているような様子で、「母に会いに行く」という彼女に向かってよそよそしい返答をする。インヘルはそんな2人の態度に不自然さを感じた。


「ええ。顔見せてらっしゃい。喜ぶと思うわ。アタシたちはこれからウルリカの部屋に行って、あの子と合流する予定だから。その後は……多分あの子の仕事場に行くと思う」

「ん。じゃあまたそこで」


 レイジィは何かから逃げるように部屋を出て行った。明らかにこの空間の方が、誰からも無視される外よりも居心地が良さそうだというのに、まるで自らの罪を罰するかのように、快適な場所を捨てたのだ。

 入ってきたばかりだというのにまた忙しなく出て行くレイジィの背に、インヘルは十字架を見た。


「……行っちゃった。どうしたんだろう? レイジィさん、様子が変だったね」

「調子が外れてるって感じだったぜ。それに……お前らもな」


 インヘルが視線を向けたのは、レイジィの姉たちの方である。それを言い当てられたことに対し、2人は何ら動揺を見せなかったが、少々暗い顔つきであった。まるで事を急いたとき、後悔してしまうかのように。


「やっちゃったわね」

「Sorry、シャップ。『戻って来い』なんて、気安くあの子に言うべきじゃなかったよ……」

「……お前ら家族の間にゃ何があるんだ。歓迎ムードだってのに、どうしてレイジィの奴は追い出されて、しかも戻ろうとしない?」


 思慮深く詮索すらしなかったインヘルもとうとう耐えかね、あらゆる不自然について尋ねてみることにした。深い事情までは話してくれずとも、随所で感じる「違和感」に決着をつけるための答えを期待しての質問だった。


「……モントーバンでは」


 隠し通すことも逃れることも出来ないことを悟ったシャプワが口を開く。


「天佑が宿るのは五女までという伝承があるの」

「天佑……つまり並外れた才覚か」

「ええ。そして6番目の令嬢は()()()()として忌み嫌われ、一族に厄災をもたらす……とも言われているわ」


 馬鹿馬鹿しい。まずインヘルが抱いたのはそんな「呆れ」だった。

 輝かしく、人並外れた才能を持つ一族が唯一恐れたものが、まさか自分たちの家族であるなど、滑稽である。


「馬鹿みたいでしょう? それは正しい感想よ。所詮は伝承……それでもモントーバンの歴史を知れば知るほど、アタシたちは不可解な一族なの。その辺はクラウディアが専門ね」

「ワタシたちの家系は、遡れば3000年前の『落日期』まで遡りマス」


 ――東の海から「禁忌の使者」が現れた。

 使者が大地を踏み鳴らせば泉と木々は枯れ、空を喰らえば太陽が輝きを失い、三日三晩のうちに世界から色が消えた。


 人類は光と同時に、影を失った。すると彼らは形を失った。それは息絶えるのでもなければ、呑み込まれるのでもなく、ただ全てを失うことと同じだった。


 禁忌の使者は世界をひとしきり撫で回すと、霞のように消え去った。残された人類は僅かである。


 歴史を記した書物はおおかた焼かれ、先人たちが遺した全てを失った人類であるが、彼らは知恵を振り絞り、世界を元の形に戻そうと奔走した。


 やがて星が活力を取り戻すと、国が生まれた。人の営みは噛み合った歯車のように動き始め、人類は再び平穏を取り戻す。


 滅亡の時代を生き抜き、数多の人々を導く役割を果たした13名は、いつしか「十三英傑」と呼ばれ、その1人こそがモントーバンの始祖となったという――


「……ちょっと待て。英傑って言やァ、狩人連盟のトップたち13人がその末裔だろ? お前らあのジジイ共と繋がりでもあんのか?」

「それが最初の不可解な点。……英傑は13の血族から成る。少なくともグリル家、ピッグペン家、サイファー家、モールス家、スキュタレ家、コーデスク家、アプリオリ家の7族は『英傑の末裔』として名前が残っているけれど……残る家名は類推でしかないの。とはいえ連盟の上層部には確定でその7つの血族が君臨しているから……やはりあの13人が英傑の末裔だってのが常識」

「But!」


 クラウディアが前に出て口を挟む。


「シャップとウルリカが最近発見した人間の塩基配列……『DNA』とかいうヤツを鑑定する方法を用いると……ナント! ワタシたちモントーバン家のパターンと、英傑たちの遺骨から検出されたパターンに、偶然でないほどの合致性が!」

「つまりアタシたちは、何処かの時代で英傑の称号を失ったか、或いは首をすげ替えられた可能性が出てきたって事よ。鑑定の確実性はまだそんなに高くないから要検討だけどね」

「……なんか壮大な話になってきやがったな」

「続けマース!」


 ――そんなモントーバンの子にはある法則があった。


 ひとつ。女の魔法使いしか生まれないこと。

 ひとつ。それぞれの女児は、生まれた順に決まった才能を持つこと。長女は武力。次女は医術か哲学。三女は歴史。四女は天文。五女は生物学の方面に、天佑を発揮する。

 ひとつ。年を27数えたところで才能の絶頂期を迎え、徐々に衰えていくこと。

 ひとつ。次女のみが子を残せること。

 ひとつ。六番目の子には恐ろしき悪魔と厄災が宿ること。


 故に六番目の子は、生まれ落ちた直後に荒縄で括り、葬るべし――


「これがワタシたちモントーバンの特徴ね!」

「お前ら7人姉妹じゃなかったか? どうしてそんな伝承があるのに、7人も子供なんざ……」

「下3人が三つ子なの。今までそんな事は起こらなかったんだけどね」


 インヘルは何となく、今のモントーバンが置かれている複雑な状況を理解した。六女レイジィはきっとこの家に存在してはいけない存在であったからこそ、家を追い出されたのだろう。

 しかし肝心の家族の方が、レイジィへの未練を断ち切ることが出来ていない。「六番目の子は縊り殺せ」というような文言が示す通り、本来はそこまでして、六女を歴史から抹消しなくてはならないというのに、家名を剥奪するだけで訪問すら許可してしまうほど、姉たちはレイジィを愛していた。


 しかしまだインヘルには疑問があった。「七番目の子」だ。これはおそらくモントーバン家にとっても前例の無いイレギュラー。

 自分が何者であるかも分からない七女は、いったいどんな人柄で、何を思って生きているのだろう。インヘルはまだ見ぬその者に、ほんの少し自分を重ねてみた。


 そして、それを生んだ母親というのは――


「……私もお前らの母親ってのがどんな奴か気になってきた」

「嫌でも後で会うことになるんじゃない? だけど今はレイジィが行ってるから……その……2人きりにさせてあげて欲しいの」

「随分しおらしいじゃねェか」

「……レイジィは特に、母上に特別な感情があるみたいだからね」

「マミーのことはワタシも大好きよ! だけど……今ワタシたちが行ったところで、何をやっても邪魔になるカラね!」


 インヘルは納得した。レイジィが「母親に会いに行く」と言って、この2人が複雑な顔をしたのは、多分そういった家・血族の事情も相まって、会って欲しい理由と、会って欲しくない理由が混在していたからなのだろう。


「わーったよ。じゃ、コーヒーくれ。もう少しレイジィの話が聞きたい。特にアイツの恥とかな」

「HAHAHA! シャップ! この子目つきだけじゃなくて、性格も結構悪いのね!」

「悪友って感じがして、アタシはそっちの方が好きだけどね。……けど、ちょっと休憩したらまずはウルリカが帰ってるか見に行きましょう。あの子は()()()よ」

「魔獣総研のカイチョーをやってる偉い子なのよ! 若いのにシッカリとお仕事やってて、感心感心!」


 魔獣総研……狩人連盟の研究部門とは異なる機関だ。連盟の研究部はおおかたフィールドワークや生体観察など「如何にして魔獣を倒すか」の研究に特化しているが、魔獣総研は進化形態の推測や解剖に力を入れ、生き物として「魔獣」を解明しようとしている。


 成程、インヘルやラストラリーの異形を調査するにはおあつらえ向きな人材だろう。それにインヘルには、他にも気になるものがあった。


 五女、六女、七女は三つ子……つまりレイジィに顔つきが良く似ている者のうち1人だろう。あの「清潔感」という言葉を知らないレイジィに姿が似ている人物が、公爵家という貴族的な環境で育つとどうなるのか、純粋に興味があった。

 言うなれば「あり得たかもしれないレイジィの姿」だ。


「ラストラリー。どうやら私らはソイツに身体を弄り回されるらしいぜ。挨拶行っとこう」

「挨拶回り……だね!」

「アナタたちが『挨拶』って言うと、何処となくヤクザ者っぽいわね」

「No! 妹に手を出すのは、オネーチャン許さないよ!」


 そう言って揶揄ってくる年長者2人に思わず吹き出すと、インヘルは「確かにカタギじゃなさそうだな」と小さく笑う。ラストラリーは綻んだインヘルの顔を見て僅かに驚いたが、今度はしつこく言及することはなかった。また拗ねられては叶わない。

 思えばインヘルの表情は、以前と比較して相当口達者になった。本人にはまだ自覚が無いのかもしれないが。


 やがてシャプワは十分に休めた脚を動かして立ち上がると、再び財宝を蹴散らすようにしながらクラウディアに一旦の別れを告げる。インヘルたちもそれに続いた。

 対する彼女も、そのハットを軽く押さえながら、もう片手の人差し指と中指を交差させるようなジェスチャーを向ける。後でシャプワに聞いたが、あれは「Good Luck」のハンドサインらしい。


 こうして三女クラウディア・モントーバンとの電撃的な出会いは、一旦の幕切れを迎えた。

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