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泣かない魔女の絢爛な葬送  作者: 模範的市民
三章:憧れを掴める距離
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66. Star & Stripe

 王都モントーバン邸。今度は縦じゃなくて横に広ェ。

 あー、何だ。言葉知らないからよく分かんねーけど、アレだ。観光地だろココ。「この先が私有地です」って説明されてから10分くらいゴテゴテの馬車に揺られて、ようやくデカい家が見えてきたかと思ったら調度品置き場で、その奥にもっとデカい家が建ってると思ったら四女と五女の仕事場らしく、また更に奥に進んでようやく一番デカい本邸が現れた。


 自分で言ってて訳分からなくなったきたが紛れもなく事実だ。私もラストラリーもずっと白目剥いてた気がする。意味分かんねー。桁違い過ぎるだろ。

 私たちは馬車から降り、広場よりも広そうな庭園の小道を、シャプワの先導のもと4人で歩き始めた。


 ――というか、それより酷いのがこの格好だ。私に用意されたドレスは烏みたいな黒さをしていた。肩までガッツリ見せるタイプで、多少の動きやすさを期待してみたんだが、ベルトで全身を固められたみてぇに関節が曲げづらいわ、馬鹿みたいに高いヒールで走るどころか歩くことすら難しいわで早速脱ぎ捨ててやりたい。


 今からこの格好で豪邸に軟禁されんのか……ボロを着て座敷牢に入ってた方がまだマシだ。精神は強い方だと自負していたが、貴族然とした振る舞いになるよう矯正されるのはまた別の方向でキツいものがある。


「くくくっ……髪型も似合ってるよインヘル。馬子にも何とやら」

「うっせェ! 揶揄ってんだろレイジィ!」

「ハイ口調」

「ッ……お黙りあそばせ!!」


 シャプワの奴は私に対しても意地が悪くなってきやがった。距離が縮まってるのかは知らないが、こんなのは願い下げだ。礼儀作法なんて詰め込み教育で何とかなるモンじゃねぇ。


「うーん、ちょっと違うけど元よりはマシね。あとラストラリーちゃんも『ママ』じゃなくて『お母様』って呼ぶのよ?」

「お、お母様……!? 何かムズムズする……」

「あはは、冗談冗談。普段通りで良いわ。モントーバンの客に『殺す』とか言わない限りは」

「早く帰してくれ。ここに長く居ると間違いなく日常生活に支障が出始める」

「まだ初日じゃないか。ボクはもう順応バッチリ――」

「一人称」

「……ワタクシも、バッチリキッチリベリマッチですわよ」

「何でアナタまでパチモン口調になってるのよ。全員ポンコツねぇ……取り敢えず失礼なことは口走らないようにしてよね?」


 しかし前から気になるのはレイジィとシャプワの距離感だ。とても険悪には見えない。レイジィの奴、勘当されたとか言ってた気がするが、コレが家を追放された奴に対する反応か?

 もっとこう、笑顔で足を踏み付け合うみてぇな殺伐さがあるかと思ったんだが、暫く様子を見ていてもそんな気配は感じられない。むしろ関係は良好に見えた。


「そういやハートショットはどうした? 審問所には居ただろ」

「彼女は復帰治療中よ。視力の方が思ったより酷くてね。游魂院に送り返してやったわ」

「ズリィなぁ。私が無実の罪を着せられてんのに、アイツはお咎め無しか」

「そうはいかないんじゃないかな?」


 私の小言をつぶさに訂正するように、レイジィが口を開く。


「審問に参加していたんだ。多少釘は刺されると思うよ」

「アタシが掻き乱しちゃったからねぇ? 本当はあそこまで事態を大きくする気なんて無かったけど……」

「ふふん」


 何故かレイジィの奴は得意げだった。

 やっぱりコイツか。ラストラリーの能力を漏らしたのは。それで私の刑罰に執行猶予が生まれた……その点については少し癪だが感謝するしかない。

 ただ……楼員たちとパラノイヤに何言われても知らねーぞ。ウチのチームが抱えてるデカい秘密を、騎士団と教会に漏洩させたんだ。最低でもこってり搾られるのは確定だろうな。


「私は連盟に戻れんのかな」

「いっそ騎士にでもなるのはどう? アタシが推薦したげる」

「お前らは私とラストラリーを近くに置いて弄り回したいだけだろ」

「そしたらボクも度々帰省しなきゃならないじゃないか。お姉様たちに会うのは疲れるから嫌だよ」

「まあ酷い。だけどもう呼んじゃったわよ?」


 シャプワがそう言うと、レイジィの表情が引き攣る。その顔だけで呼んだのがおそらくコイツの姉妹たちのことだということが分かった。


「な……! え!? どうして!?」

「そりゃあ久方ぶりの家族の帰省ですもの。レベッカ以外は狂喜乱舞だったわ」

「最悪極まるよ!! そっとしといてくれ! だいたい、殆どは外国に行ってたんだろう!? いいよもう! お仕事頑張ってくれよ!」

「『飛んで帰る』ですって。比喩的にも物理的にも。テラ姉さんもまだ王都に居るでしょうし、今晩はきっと一家勢揃いね。楽しくなるわ」

「(天才姉妹全員集合か。少し興味はあるが……)」


 国外からの移動も苦とせずレイジィの為に集まるなんて、やはりモントーバン姉妹の間に、それほど大きな不和があるようには思えなかった。


「ウルリカも? ハオフェン姉様も? あの2人、忙殺状態だったよね?」

「勿論。意地でも帰ってくるって」

「やだやだやだやだ」

「駄々を捏ねないの。会いたがってたわよ」

「嫌がらせかい?」

「そうよ」

「否定くらいはして欲しかったなぁー」


 長女テラ、次女シャプワ、三女クラウディア、六女レイジィ。

 そしてハオフェン、ウルリカ、レベッカとかいう奴ら……これで七姉妹か。つーかマジで今晩勢揃いなのか? テラとシャプワがコレだからな……どんな奴等なのか想像もつかない。


「見えてきたわね」


 なんて事を考えているうちに、植物のアーチを抜けて視界が開けた。遠目で見てもかなりデカいと分かったが、眼前に迫ったそれはやはり迫力が違う。


「ようこそモントーバン家へ。歓迎するわ……大事なモルモットさん」

「チッ……玻璃(ガラス)の籠には入れねェでくれよ?」


 未知の魔窟、モントーバン。

 待ち構えていた侍女たちが開けた扉が繋ぐのは、果たして悪魔の口の中か。口を尖らせるレイジィと共に、私たちは其処へ足を踏み入れた。


◆  ◆  ◆


 前略。はっきり言って此処は異常だ。

 逆に「身の振り方」を覚えたいのであれば此処は楽園なのかもしれないが、ある程度の息苦しさに狂い惑うことを愉しむことが出来るような人間でなければ、長くは続かないだろう。


 例えるならば理性の海洋である。

 ボクはそこを泳ぐ鯨で、肺から本能を思い切り吐き出し、水底へと沈んでいく。小さな生き物(えいよう)だけを口に含んでは、限界を迎えてから漸く本能の息継ぎをする。その繰り返しだ。


 この家の人は、誰もボクとは目を合わせない。

 ボクは此処には居ない。認識が世界を形作るものだとすれば、モントーバンはボクにとっての未確認外洋である。逆もまた然りなのだろう。


 透き通った、鯨。誰かの温もりに触れることは許されない。しかしボクが許されないのは姉たちのせいではなく、家族でない者だけに許されていない、ということだ。


 すれ違う従者たちはシャプワ姉様とその客人に向かって一礼を向ける。ボクの方には一瞥もくれやしないが、それが強いられるのも、彼らのせいではない。


「……気味が悪ィな」


 ふと、血相の悪いインヘルが溢した。

 その姿は、人間を形作るモノに、美しさの蝋をべったりと塗り固めたような被造物まがいの煌めきを放っていたが、彼女はそれを誇らしいとも思っていないような論調で、姉様に向かって本音だけを口にする。


「誰も彼も、レイジィの事を無視してるみてぇだ」

「……」


 姉様は鉄仮面を被ったまま答えなかった。

 答えられないはずだ。廊下では姉様さえもそう振る舞わなければいけないのだから。誰かが居るという認識の本能に蓋をして、ボクが透明人間になった時と同じように接さなくてはならない。


 インヘルはそんなモントーバンの人々に、異質なまでの拘りと一体感を感じ取ったのか、詳しく言及しようともせずただそれに従い、館の中を進む姉様の背後をついて回った。

 波に身を任せるのと同じだ。彼女は正しい。


 ――やがて館の中でも一際日当たりの悪い、北側に位置する回廊へ到着すると、厳かであった内装が一変する。

 そこは子供の玩具箱をひっくり返したかのような廊だった。


 精緻な石膏像。趣味の悪い金属の壺。大時計にも似た型の、古い棺桶。錆び付いて用途も原型もはっきりとしない棒状のもの。儀式的な装飾が施された匣。

 時代も年代も不明なコレクションらしきそれが、散発的な間隔で転がっている、倉庫よりも倉庫らしい空間だった。


「クラウディアの部屋に近付くにつれて散らかってくのよ。というか、また増えてる……アタシより先に帰ってたのね。居るのかしら?」


 さながらこの場所に放られた品々の位置を全て把握しているかのような口調でお姉様は呟いた。まあ、要するに、多分全て把握しているのだろう。

 ボクは「意外と皆変わってないな」などと考えながら、チームハウスに用意されたボクの部屋の状態と比較して、未だ向こうの方がマシな散らかりようだという確信を抱いた。

 そんな圧倒的な物量を誇る路の奥で、物音を聞きつけたのか、ゆっくりと扉が開かれる気配がした。出入りする場所の前ですらあれほど散らかしているのは危険だろうに。モノが倒れたら閉じ込められてしまう。


「お」


 物が押しのけられている箇所に、まるでパズルのピースを合わせるかのように開かれた扉が嵌まると、部屋の中から顔を覗かせたのは、記憶にある姿から更に背丈が伸びた姉の姿だった。


 この3番目の姉様は、いつも胸元が大胆に開かれた赤と黒のチェック柄のシャツの上に、エイジングの痕跡が柔らかさと光沢に現れた、ブラウンの水牛革のジャケットを羽織っている。

 「ジーンズ」という種類のパンツの、敢えて大きく裂かれているという傷口からは、向かって左手側に青地に白い星、右手側に赤と白のストライプという非対称のタイツを覗かせていた。

 腰元の分厚いベルトは重厚な金のバックルで彩られ、両手もまた、雨具のような分厚いオーバーサイズのレザーグローブを嵌めている。

 曰く、これはカウボーイという牧童の服装を参考に、キャッピーさんがデザインしたものらしい。


 三番目……クラウディア姉様は頭に乗せた土埃色のキャトルマンを被り直すと、歩くたびにキャリンという音が鳴る金具だらけのブーツでタイルを踏み締めながら、ボクたちの方に近付いてきた。


「Hello! 久しぶりねシャップ!」


 おそらくこの世で唯一、シャプワ姉様をあだ名で呼べる人物だろう。

 クラウディア姉様はハットのつばを指で弾き、そのエキゾチックな顔立ちと、癖毛のブロンドと、アンティークゴールドのフープイヤリングを露わにする。

 彼女はいつもこんな感じだ。滅多にドレスを着たがらず、あくまで我を通す強硬な姿勢を貫き、豪快に我が物顔を振りまく。ボクの性格はクラウディア姉様譲りだと言われたけれど、ボクに無いのはこの「豪気さ」だろう。

 それは体格にも現れており、間近で見ると180はあろうかという巨躯は服装の奇天烈さと相まって、インヘルとラストラリーを驚愕させていた。


 シャプワ姉様はそんな彼女に向かって、諦めと感慨の混じったような微笑で他人行儀に挨拶をすると、対するクラウディア姉様は歯を見せる大きな笑顔を向けた。


「Oh! 姉妹なんだから、そう畏まらないでも良いじゃナイ!」

「アタシ、形式だけは意地でも守るの。っと……お客さんに紹介するわね。彼女は1つ下の妹で、名前は――」

「ナチュラルボーン・アメリカン・スピリット! クラウディアよ! 歓迎するわお客サマ!」


 彼女はシャプワ姉様の言葉を遮ると、まるでパーソナルスペースに致命的な欠陥があるかのようにインヘルへと迫り、腰を曲げて豪快にハグをする。

 続けざまにラストラリーと目線を合わせるように屈み、少女の引っ込み思案を振り払うようにしてその小さな手を取り、振り回すような握手を済ませた。


 忙しないファーストコンタクトにに圧倒されていた2人は戸惑うような挨拶しか返せなかったが、クラウディア姉様はそれすら飲み込んでしまうような陽気さで、腕組みをしながらうんうんと頷く。


「この子は昔から重度の合衆国好きでね。ずっとこうなのよ」

「チョット! 人をビョーキみたいに! それと、合衆国じゃなくてUnited States of America! あの場所こそ、渇きと黄金と混沌の地!! アイ・ラヴ・アメーリカー!」


 紹介を取られたシャプワ姉様だったが、彼女のそんな性格にはもはや順応しきっているようで、言葉足らずな妹について捕捉するような口調でそう言った。対するクラウディア姉様は相変わらずの剣幕だ。


「分かったから」

「No! シャップは分かってナイ。あの場所はいずれ、この国を軽く超えるくらいデッカくなるわよ! 何故ならあんなにも人々が誇り高く()()()()()から! それってとてもステキな事よね! お客サマもそう思うデショ!?」

「……国外は行ったことねェな」

「Wow! それは大損! それならワタシが連れてってあげまショー! 経費で!」

「はいはい、またの機会にね〜」


 シャプワ姉様はインヘルにグッと接近して鼻を鳴らす彼女を、興奮する大型犬を宥めるようにして引き剥がす。そして廊下の奥に視線を送り、クラウディア姉様に何かを促した。

 それを見た彼女は、我を取り戻したかのようにハッとした顔付きに変わると、ひとつ咳払いをする。


「そうダッタ! 立ち話も何だし、ワタシの部屋で休憩でもしてってヨ! コーヒーでも飲みながらさ! カップ置くスペースは無いカモだけど!」

「オイオイ知ってんだろ? これから私たち、体を弄り回され――むぐっ!」

「そうね。しばらく滞在するんだし、挨拶がてら一杯貰うわ」


 シャプワ姉様はインヘルが余計な事を言う前に、その口を素早く塞ぐ。


 成程。コレは……ボクに気を遣ってるみたいだね。

 部屋から一歩でも出れば、モントーバンにとってそこは「公の場」だ。到底ボクの話題は出せないし、ボクの存在は路傍の小石程度しか気に留めてはいけない。

 しかし姉妹の私室やプライベートな個室の中であれば、何が起ころうとも不問。小石が勝手に動いて部屋に転がり込むなど、彼女たちにとっては些細なことだ。


「ワタシも、()()()()()()の話は聞いておきたいしィ?」


 ボクは爛漫な微笑みで細められたクラウディア姉様の眼に、しっかりと捉えられているように感じながら、散らかった床に踏む場所を探すようにして、彼女の自室へと上がった。

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