65.Unchanged??
「何だコレ」
「何って……アナタはこれからモントーバンの預かりになるんだから、こっちの決まりに染まってもらわなきゃ」
「覚悟しなよインヘル〜。ボクだって好きであんな格好してた訳じゃ無いんだから」
何事においても「高さ」というのは権威の象徴だ。値段、気位、信頼……そして建物の階層に関してもその限りであった。
此処は王都に位置する、モントーバン家が所有する宿舎である。一括りに「宿舎」と言っても、誰もが想像する鮨詰め状態で散らかったようなあれではなく、美麗な外観と手の込んだ造りによって彩られた、もはや豪邸とでも呼ぶべき代物だった。
目隠しをされながら審問所を出て馬車で移送されること数刻。最初に目にしたそれに、インヘルとラストラリーは案内された。その階層、脅威の5階建て。インヘルの中の常識がひとつ音を立てて壊れる。
インヘル、ラストラリー、合流したレイジィ、そしてシャプワは地階の大部屋個室の一角で、数多の従者たちに囲まれながら強制的に身なりを整えられていた。
「ドレスをお選び下さい」
「アタシは火曜日のドレスで」
「ボクはうんと根暗な色合いのヤツが良いなあ」
「アナタたちは?」
「いや、服の事なんざ分かる訳ねェだろ!」
万年古ぼけた黒いローブを着用し続けるインヘルは当惑しながら、「おまかせで」と当たり障りの無い返事をする。つい先程まで作り話だと思っていた薔薇風呂に沈められ、複数人がかりで丸洗いされた者からしてみれば当たり前の返事だろう。
「ん〜……ならキャッピーを呼んで頂戴。服の位置なら把握してるでしょうから」
「あの馬鹿みてぇな量のドレスの場所が分かる奴なんか居んのか」
「増えるのは仕方ないわよ。体格は変わるし、流行は魚が腐るよりも早く廃れるんだもの。その都度新しく作るんだから」
貴族のドレスは全てオートクチュール。
平民にとってのひと財産ほどの値段であろうそれをポンポンと買い替えているのだと考えると、インヘルたち親子は総毛立った。
従者が「キャッピー」という人物を呼びつけに部屋を後にすると、その人物はすぐさま姿を現す。
何というか……前衛的な格好だ。そうとしか言いようがない。
髪の両側を豪快に刈り上げ、その上から独特の幾何学模様が描かれたハットを乗せている。墨流しのような柄のスカーフを首に巻き、スーツには扉のマークが大量に拵えられた、おそらくは女性だ。そうでなければ彼女たちの着替えの場面には入ってこないだろう。
「急で悪いわねキャッピー。2人に合うドレス、適当に選んでくれない?」
「……いや良んだけど、ヤニ休憩の時はそっとしといてよシャプワさん。おたくが王都分煙の条例なんて作ろうとか言うから、こっちは肩縮こませて隅で吸ってんだから」
「煙草なんて百害あって一理無しなんだから止めろって言ったでしょう?」
「そういう病気なのさ」
「治らない病気は無いのよ」
グリーンの入った口紅を厚く塗ったその唇に手を当てながら入室した彼女は、そう言うと下着姿のインヘルとラストラリーを見定めるようにパーソナルスペースに上がり込み、無言で肩や腰などに指を掛ける。
「わぅっ!?」
その動作に、特にラストラリーは鳥肌が立ったようで、全身を強ばらせた。
「……この人、かなァり体格が良いね。テラさんが成人前まで使ってたモノに限られる。胸は無いから苦しくはないだろうさ」
「姉さんはもう使ってないし、勝手に持ち出しちゃいなさい」
「こっちの女の子は……まあ平均的。子供の頃のモノであれば何でも合うんじゃない?」
「じゃあアタシの使ってたやつで。姉さんは良いけど、持ち出すと良い顔しない子も居るから」
「承知したよ」
手の感覚だけで2人の体格を把握したキャッピーは、その妙なハットの角度を整えながら、マナーの教本に書かれているかのような歩き方で服を取りに行く。その後ろからは何人か手伝いがついて行った。
「……変わった奴だな」
「キャッピーは専属のモード商人よ。丁度ドレスの納品があったから滞在中なの」
「モード?」
「簡単に言えば、オートクチュールの針子のこと。独創的でセンセーショナルで、良い服を作るのよ。魔法使いなのに服作ってるから……奇特っていうのは間違っていないのかしら?」
「あの女、魔法使いなのか……」
「で、3番目のお姉様の昔馴染みさ」
「ああ、そういえばクラウディアもちょうど王都に居たっけ。キャッピーと会ったのかしら?」
鬼才姉妹の三女の名はどうやら「クラウディア」というらしい。
確か文化勲章叙勲者という話だ。正直なところ、インヘルらにとってスケールが違いすぎて想像もつかないような人物である。
「三女ねェ……何してる奴なんだ?」
「うーん、旅人かしら?」
「……何だそりゃ」
「違うでしょ。えっと……クラウディア姉様は考古学者だよ。各地の遺跡を巡って遺物を見つけたり、歴史書を編纂する仕事をしてるんだ」
この国には、詳しい歴史が未だ解明されていない「遺跡」が多く存在する。クラウディアの才能はどうやら歴史・文化の方向に目覚めているらしい。
かつてフレデリカが国に対しての不可侵を命じた「禁足地」と呼ばれる場所も、遺跡の一部に数えられている。
そしてモントーバン家の三女と四女は、そこを直接調査することを国に許された数少ない人物でもあった。彼女はレイジィが家族に協力を要請することを決意した大きな要因だ。
――禁足地。
生者を拒むその森林地帯の詳細は、徹底した守秘義務によって強固に守られている。中の様子も、どのように探訪すればフレデリカの逆鱗に触れないのかも、先駆者である数名だけが知っていた。
「レイジィの性格は多分クラウディア譲りよ。違いがあるとすれば、それをちゃんと仕事としてこなしているかどうかってくらいかしら?」
「そりゃ確かに『旅人』だ」
「ボクがまともに仕事をしてないかのような口ぶりだね」
レイジィの言にインヘルたちはため息を吐くばかりで、もはや口を挟むこともしなかった。
そんな事を話しているうちにも時間は経ち、ドレスを取りに向かったキャッピーが他の従者たちと帰還する。彼女は半ば興奮気味に、大量のコスメティックやアクセサリーが詰められた箱を持ち、ドレッサーの前にインヘルを案内する。
最初、インヘルはどうして彼女がここまで気合を入れているのか判らなかったが、その疑問はシャプワの言葉によって解明された。
「アナタ、恐ろしく綺麗な顔立ちしてるんですもの。キャッピーのやる気も上がるわ」
「はあ……」
美しさの基準というものをよく知らないインヘルは生返事のままそう答えたが、キャッピーは聖女のその言葉を肯定するようにこくこくと頷いた。
ぱっちりとした二重瞼と、作り物のような蒼い瞳。絵画のお手本のような小ぶりな鼻筋に、形の整った桃色の唇。髪さえしっかりと手入れすれば、儚げな貴族の風格すら感じられるインヘルの容姿は、キャッピーにとっての至宝だった。
「少し髪に手を入れても?」
「良いけどよォ……多分無理だぜ?」
有無を言わさぬまま鋏を振るいそうなのを抑えるかのような様子の彼女の問いかけに、インヘルは言葉を濁して答えた。何が「無理」なのかは置いといて、許可を得られたキャッピーは、足で踏むのも憚られるような布を鏡の前の床に敷くと、インヘルの前髪の毛先数センチほどの位置に鋏を入れる。
すると彼女の髪は布の上にふわりと舞い、全く同時に、時間を巻き戻したかのように髪が同じ長さまで生え変わってしまった。
インヘルはこれまで何度か、邪魔な髪をもっと短くしてしまおうと試みたことがあったが、全て同じ結果に終わったのだ。それ故の「無理」という言葉であった。
シャプワとキャッピーはその様子を見るや、目を丸くする。
「な?」
「……成程」
「サンプル取り放題じゃない! キャッピー、切りまくって! 丸刈りにして!」
「お、おい。丸刈りは無ェだろ」
「それは誇りが許さないから後で勝手にやって」
「ちぇー」
「(ママが後で丸刈りに……!?)」
「仕方ないからウィッグを使うよ。まだ在庫もある」
ところで、驚きなのはキャッピーの腕や腰回りに幾つか付けられた小さなポーチだ。
鋏やウィッグ、化粧道具など、到底収まりそうもない物量が湧き出してくる。ハートショットと似たような魔法なのだろう。誂えたかのように、彼女の仕事にぴったりな魔法だった。
「酷い髪型。最後の髪結いは誰? 手で毛先を毟り取ったみたいだね」
「分かんねェな。つーか切った覚えもない。伸びねェんだからよ」
シャプワは従者たちに着衣を手伝ってもらいながらレイジィに目線を送ると、彼女はすました顔で頷いた。その応えを受け、シャプワは口を尖らせながら虚空へと視線を戻す。
「(って事は……『再生』というより『状態保存』なのかしら。それなら歳をとらないって可能性も十分あるわ……益々年齢が分からないじゃない)」
「バストサイズに成長の余地が無いなんて可哀想だなあ」
「黙れずんぐりむっくり」
「ボクはいずれ女豹のような危険な色香を習得する予定さ」
姉妹はめいめいの理由によって眉間にしわを寄せながら、元より慣れていた着付けをインヘルたちよりも早めに終わらせ、普段とは異なる華やかな姿へと変貌した。




