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泣かない魔女の絢爛な葬送  作者: 模範的市民
三章:憧れを掴める距離
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63. We Live in

「インヘル・カーネイション、及びラストラリー。端的に言えば、この審問は今後の君たちの処遇を決定するためのものだ。質問は後に受け付ける」


「茶番だな」


 右手側から聞こえてきた言葉の主を、インヘルは確かに目で捉えた。彼女は小さく呼気を吐き出した。

 勇気ある男の名はレブロン・ベネディクト。格式ばったミトラを頭に乗せ、カズラと呼ばれる朱色のポンチョ状の衣服を纏った、教会派閥の司教という立場の人物である。彼はある一定の発言権を有していたが、おそらくその権限を逸脱したタイミングでの言葉だったようだ。

 しかし彼を止める者は居なかった。何故なら彼の言葉は、大抵の教会関係者の代弁であったからだ。


「これは会議ではない。裁きだ。人間社会に溶け込み、悪逆非道を成さんとする怪物がすべきなのは、それを受け入れ、悔い改めることのみ」

「お行儀よくしなさい司教殿。秩序は大切だ」


 グラン長官がそう宥めなければ、おそらく彼はより侮辱的な言葉を羅列していたであろう剣幕であった。彼にこの場を仕切る者の注意に応えるだけの理性があっただけ、まだ感謝すべきなのかもしれない。


「宜しい。そのように焦燥もあるだろうから、まずは教会の提議を聞こうと思う。ロイド枢機卿。彼女たちの処遇は如何にすべきだろう」


 議論はやはりグラン長官を中心に回り始めた。

 彼の言葉を受けた、手違いがなければロイド枢機卿という人物が傍聴席を区切る柵を回り込むようにして越えようと歩みを進めると、教会側の面々は期待以上の団結力をもって道を開けた。


 その後、年齢の割に背筋がしゃんと伸びた彼は、インヘルたちにより近い証言台のような場所に静止すると、高級紙で出来た報告書らしきものを開き、確定した罪状のように告げる。


「教会が提案するのはラストラリーの徹底的な身体解剖と、インヘル・カーネイションへの尋問です。後者に対しては可能であれば魔法的手段を用い、精神や記憶に干渉することで知る限りの情報を引き出します」


 そんな絶望的な宣告がインヘルたちに向けられる。

 可能かどうかは別として、彼女はいつでもこの場を逃げ出す準備を進めていた。インヘルは手首を縛る錠の強度を確認するように、腕に力を込める。

 彼女の破壊的な魔法を行使すれば、少なくともこの檻は破壊することが出来るだろう。


「フム……そうすべきだという根拠は?」

「ラストラリーは人型魔獣である可能性が高いという点です。この事実を民衆が知ることは、彼らの思想に毒を投じるのと同じこと。見分けがつかないほど巧妙に人間に化けた魔獣は、必要の無い疑心暗鬼を引き起こしますでしょう。信徒たちの心の平穏の為にも、そういった存在は見つけ次第、異端として制裁を加えるべきだと判断しました。騎士団と協働し、魔獣を根絶する動きをより一層強めるべきです」

「インヘル・カーネイションの決定については?」

「はい。調査によると、彼女はラストラリーとの関係性が深いことが判明しております。5年ほど前から、子連れの狩人として一部で名が知られていたようです」


 この事実はシャプワどころか、インヘルすらも自覚していなかったことであった。

 そしてこの論理の歪みに気付いた時、インヘルは戦慄する。


 5年前……ラストラリーが普通の子供であるならば、3歳児ほどだ。それが魔獣殲滅の旅をインヘルと続けていた。

 余りに不自然であった。そしてその不自然は、至極当然にインヘルたちへ牙を剥く。


「ラストラリーの外見年齢は8〜9歳。5年前であればもっと幼かったでしょう。狩人の旅は過酷だと聞きます。耐えられるでしょうか」


 ビナーは逢魔のことを「遥か昔に封じられた」と言っていた。

 形はどうあれ、逢魔のような人型魔獣は、おそらく数千年の時を生きている。

 魔獣の不死性に関係しているであろう不老現象がラストラリーの身体にも起きているのだとしたら、おそらくラストラリーには――


「その少女には、年齢相応の身体成長が無いのでは?」


 インヘルの心臓がズクンと跳ねる。

 そうだ。何故こんな簡単なことを見逃していた。否、それはおそらく記憶喪失のせいだ。ともすれば、その歪みはまた別の疑惑を生む。


「(待て、待て待て待て……! レイジィはまだ分かる……アイツがチームに入ったのは3年前だ……)」


「インヘル・カーネイションや、彼女に近しい人物は――」


「(――それなら()()()()()()()()? どうして違和感を持たなかった……!?)」


「ラストラリーに魔術的な記憶操作を受けている可能性があります」


 全身を思い切り打たれるような感覚がした。

 インヘルは信じようとしていた、信じるべきだった少女に、まるで盗み見るかのように恐る恐る顔を向けた。


 少女は俯いていた。それは否定する材料を持ち得ていないからだということを信頼すべきだったが、それでもインヘルは、少女と共に逃げ出そうという策を一旦かなぐり捨ててしまおうかとも考えた。そうせざるを得なかったのだ。


「故に精神干渉による措置が必要であると」

「無論インヘル・カーネイションもその異質さから人型魔獣かその協力者である可能性の方が高いですが……万全を期するにはそうすべきかと」

「騎士団の提議は?」


 茫然自失のような、それでいて縋るような表情で、インヘルは騎士団側の傍聴席に座るハートショットの方に顔を向けた。


 ハートショットはこれほどまでに頼りないインヘルの顔を見たことがなかった。傍観者に出来たのは、ただ何を信じたら良いか分からなくなっているかのような混迷の視線を、囚われた2人に向けるだけ。


 騎士団長のテラが書類を手に立ち上がる。彼女はロイド枢機卿と同じように、席の前に置かれた証言台まで歩みを進めた。その落ち着いた歩幅も、毅然とした振る舞いも、全てがインヘルたちにとっての敵であった。


「教会側の提案についてですが……騎士団の見解は少し異なります」

「と、言うと」

「はい。我々はインヘル・カーネイションも即座に処刑すべきだと考えております」


 もはや一筋の光明すら見出すことのできない口調で、テラは淡々と言い放つ。


「騎士道とは即ち正道です。貫かなければならない。その為に我々は、疑わしきをも罰しましょう」

「有益な情報を彼女から得られる可能性があるとしてもかね?」

「実害が出ているのです。テスタノーム卿はお失せになった。3名の若き騎士が命を散らした。……魔獣は悪です。すなわちその両名もまた悪です。異端者は鉄槌によって砕かれる必要がある。それが例え、何かを握っている者であろうと」


 この提案には、教会側からもどよめきが起こった。

 彼らからしてみればインヘルとラストラリーは、唐突に目の前にふっと現れた「正体不明」である。利益の側面を鑑みれば、尋問というのは至極自然な提案であるはずだ。

 故に教会からしてみれば、そのような騎士団の意見は反自然的であった。言葉を変えれば徹底的過ぎるのだ。中には騎士団が責任逃れの為に早めにインヘルの口を封じようとしているのではないか、という邪推する者も居た。


 しかし大半はそのような意見を抱かなかった。何故ならそれを言ったのが、あのモントーバンの長姉であったからだ。彼女が冗談を言うはずもない。


 その証拠に、テラは生を受けてから、嘘をついた事が一度たりとも無い。嘘とは即ち「誤魔化し」である。誰よりも自分が強いことを信頼している者は、何も偽る必要がない。

 敵が現れようと、自分を貫き通すだけの強靭さで、真っ向から叩き潰す。自らの信じる「正道」に転がるものは、それが例え小さな礫であろうと排除する。テラ・モントーバンとはそういう人間であった。

 故に、誰もが彼女の提案を「責任逃れ」と揶揄することが出来ないのだ。


「……エライザ・バートリーは生真面目でした。常に謙虚で、仲間の気遣いも出来る。テミス・ボーレガードは我の強い奴ですが、同時に信頼すべきと決めたものは必ず守り抜く奴です。そしてラウラ・クリフォードは騎士団で最も若く純粋でした。彼女ほど本気で、誰かの為になる事をしようとしている者は稀でしょう」


 エライザ、テミス、ラウラ。

 ビナー・ハイドランに殺された者の名だ。インヘルは彼女たちのフルネームを初めて聞いた。

 不思議なことに3人の名は、彼女たちにも血が通い、生きていたという事実を鮮烈に浮き彫りにした。人の死の重みなど分かっていたはずのインヘルに、それらは重く乗しかかる。


「本日の教理審問会には、エライザ小隊唯一の生き残りであるアーデルトラウト・マリアシュミッツも参加する予定でしたが、彼女は精神的に極めて衰弱しており……一昨日、精神病棟の拘束から抜け出し、幾つかの医療器具を強引に自分の喉元に突き立てました。今も生死の境を彷徨っています」


 そのさっぱりとした口調が、逆にインヘルの心を深く抉った。


「悪魔を根絶やしにしなくては――私の記憶している、彼女との最後の会話における一言です。無力と責任に苛まれた彼女の姿は酷いものでした。私は二度と、同じような貌を見たくない」


 テラの手にしていた調書はもはや飾りだった。彼女はこんなもの必要ないとでも言いたげに、ぐしゃりと紙束を握り潰すと、射殺すような視線でインヘルを睨み付けた。


「両名が残すであろう心臓は厳重に保管します。一刻も早く魔獣を絶滅させる手段を見つけ出した暁には、狩人連盟が確保しているビナー・ハイドランの心臓と共に、まず真っ先に衆人の面前で葬ります」


 鈍さと鋭さを同居させた、痛みすら感じてしまいそうなテラの黒い視線が2人を穿つ。そんな騎士団長の周囲に立っていた重役の騎士たちもまた、固い意思を持った眼差しでインヘルたちを睨んでいた。


「私は魔獣を滅ぼす方法を見つけることに力を惜しまない。私……テラ・モントーバンには叶います。いつの日か必ず、泰平を勝ち取ってみせましょう」


 彼女がピンと伸ばした背筋を屈め、小さく礼をすると、教会側の者からも賛辞や同意に似た言葉が溢れ出す。各々の言葉は違えど、それらはやがて「化け物2人を殺せ」という大号令にも似た何かに姿を変えた。


 救済は無い。グラン長官が再び審問の秩序のために号令を諌めようとしたが、今度は一度の指示で熱が収まることは無かった。


「やはりすぐさま処刑すべきでは?」

「しかし情報が……」

「モントーバンが『見つける』と言っているんだぞ。処刑しても憂いは無い」

「早々に魔獣を始末しろ!」

「獣はこの場所に相応しくない!」


 騎士団側に立っていたハートショットは唇を噛み、考え無しのまま今にもインヘルたちを拘束から解放しようと、柵を握る指先に力を込めていた。


「あー、静粛に。向こう見ずになってはいけません。……インヘル・カーネイション、ラストラリー。君たちから何か言うべきことは?」

「……」


 目の前で起きていることが現実味を帯びていないようだった。いつものように怒りに任せて罵声を浴びせるようなことも考え付かないまま、喉だけが渇く。

 そういえば喉が渇いたと感じるのはいつ以来だったか。今や彼女の中に小さく萌芽した「人間性」は、第三者によって容易く踏み躙られる寸前であった。


 何という皮肉だろうか。やっと取り戻したと思ったそれは、自らが引き裂かれてしまうような苦痛を与える代物だった。


 悔しい。何が?

 憎らしい。どうして?


 それは終ぞ言葉に直すことが出来ない感情。人間らしさを持って生きることが、こんなにも辛く苦しいものだとは知らなかった。生まれたての赤子のような繊細さに対して、この現実は、余りに受け入れ難い。

 自分以外の人間らしい者も、このような痛みに身を灼かれながら生きているのだとしたら、世界はあまりに残酷だ。


 だとしたらもう、怪物だと言われようが、それで――


「――違うよッ!!」


 天を衝くような叫び。

 インヘルが諦めかけていたそんな「現実」を否定するように声を上げたのは、小さな小さな女の子だった。


「私はッ……バケモノかもしれないよ……! 何も知らない……自分の名前も覚えてない……! それでもひとつだけ覚えてるのは……ママが誰よりも、人間であろうとしていること。たとえ血が流れなくっても……人であろうとしてる限り、ママはちゃんと人間だよ。私の大切なママを……悪く言わないで……!」


 その場に居た誰もが怯んだ。ハートショットも、シャプワも、テラでさえも目を大きく見開いた。

 他の者は檻に飛びついた猛獣を連想したのか、そこには若干の恐怖の感情が滲んでいるようにも見えるが、それだけではない。

 論理的な過程が存在しないはずのラストラリーの絶叫は、しかしそこに「可能性」を感じざるを得なかった。


 インヘルはラストラリーの()()姿に息を呑んだ。そして正面へ向き直り、小さく俯き、僅かに体を震わせてから、また凛とした様子で前を見据える。


「……私は怪物じゃない。人間だ。ラストラリーも……私の……大事な家族だ。人間の家族は、いつだって人間の筈だろ」


 2人はもはや、後ろめたいことがあるかのようにお互いの表情を窺ったりはしなかった。ただ、前を見ていた。


「少しでもお前を疑った自分が恥ずかしいぜ。何で私を信じてくれるのかって理由はもう聞かねェ。家族だからな。それが当たり前の事だった……目が覚めたような気分だ」


 下手な言い訳はしなかった。

 インヘルは普段通り、歯に衣着せぬ物言いで、思いの丈を正面から振り絞った。


「そ……それが何だというのだ!」

「貴様らが化け物なのに変わりはないッ……!」


 教会側からの指摘は痛かった。

 だがこの痛みも、苦しみも、憤りも、悲しみも、全てを乗り越えてこそ初めて自分が人間だと言い張ることが出来る。インヘルは受け止めなくてはならない。


「ふふッ……あ、いや、すいませーん……」


 あまりにも突然、インヘルがいつも通りの姿勢を見せたことに、ハートショットは軽く吹き出してしまったが、彼女は緩みそうな表情を辛うじて繋ぎ止める。同時に彼女の覚悟も決まった。

 それは判決がインヘルたちにとって都合の悪いものであったとき、共に逃亡者の名を背負う覚悟である。


 結論を言い渡す役目を負ったグラン長官は相変わらず表情を変えなかったが、彼は静かに、ずっと離さなかった筆ペンを卓上に置いた。


「……あの〜、良いかしら?」


 そして流れが収束を見せ始めたとき、発言を求める者が現れた。それは教会側に立ち、これまで審問を乱さないよう苦心していた聖女、シャプワ・モントーバンであった。


◇  ◇  ◇


「――これは言ってしまえば『火薬庫』だ」


 報ずるの部屋でシャプワとのゲームを終えたレイジィは、猫背をぐっと伸ばし終えると唐突に口を開いた。


「騎士団、教会、貴族……何処にも漏れていない情報がある」

「……へぇ?」

「ボクたちのチームと狩人連盟がひた隠しにしてきたものでね。お姉様の口利きだけでインヘルたちを助けられる状況になるのが理想的だけど……ボクの予想だとそうはいかない。それでも、この切り札を使うかどうかはお姉様の判断に任せる」


 妹の只事ではない面持ちに、シャプワは少し身構えながらも続きを促す。結局、彼女はその話を聞いた直後、覚悟が少し足りなかったと後悔することになった。


◇  ◇  ◇


「(今ので確信したわ。アナタたちになら――賭けてもいい)」

「どうぞ、シャプワ枢機卿?」

「(レイジィ……この手札、やっぱり切らせてもらうわね。パラノイヤって人には菓子折り贈ってやらなきゃ)」


 指名を受けたシャプワは傍聴席を隔てる柵を乗り越えると証言台に立ち、彼女にしては珍しく、心を落ち着かせるために深く呼吸をした。


「ラストラリーについてです」


 最後のゲーム。コインは裏を向いていた。


「極秘の情報によると……彼女には魔獣を絶滅させる力があります」

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